黄魚の見たもの 2
黄魚は意気揚々と井戸に近づいたわけではない。
以前、井戸に見せられた罪の衝撃は、今もしっかり黄魚の中に残っている。
勝手口から出入りすると、どうしても井戸の横を通ることになるが、その際出来るだけ井戸が視界に入らないようにする程度には、この井戸のことを黄魚は怖がっていた。
だけど――。
「揺れ、てる……」
アオの話を聞いてから、ずっと黄魚の心がうずうずしていた。
何かを追わなくてはいけない――そんな気分。
「この、感じ、知ってる…」
心が揺れる、落ち着かない心地……。
そんな気分を、以前にも感じたことがあった。
それは黄魚が座敷童となる前の河童だったころのこと……。
気にかけていた漁師一家の末の娘――特に黄魚のお気に入りだったその子が嫁に行き、婚家で散々いびられ返されてきた。
しかもただ返されただけでなく、産んだばかりの子を取り上げられてだ。
娘が嫁にと望まれたのは結構大きな武家の家で、一介の漁師の家の子が嫁入りするには分不相応な先ではあった。
よくよく考えれば不自然な話だったのだが、娘は男ばかりの所帯の中でたった一人の女子で、さすがに貴族の家のように蝶よ花よとまではいかないが、漁師の家としてはかなり大事にしていた。
実際、見た目は決して悪くなく、里でも指折りの美形(身内の者にしたら里で一番)でもあった。
いわゆる身内の欲目が、世間知らずな悪い方向に傾いていた。
ウチのかわいい娘を見初めた武家の若人がいたんだろう…と、家の者たちは呑気にそう思ってしまった。
自分たちが大切に育てていた娘だから、粗末に扱うものがいるとは思いもしなかったのだ。
だから武家側から、目立つことはしたくない、ただ身一つで嫁に来て欲しいと言われた時も、質実剛健の武家というのはそういうものなんだろうとしか思っていなかった。
自分たちが周囲から男系の一族と噂されていて、女子より男子が産まれやすい血筋と有名だなんて知らずにいた……。
娘が嫁したその武家の家は、後継ぎの男子が欲しいのになかなか男子が授からずにいた。
家は男子が継ぐものと決められていた為、どうしても男子が欲しいのに――。
で、目を付けたのが漁師一家の娘だ。
漁師の一族は、男女の比が9:1ほど。
驚くほどに男子ばかりが産まれていた。男系一族と噂されるのも当然のこと。
この家の娘を嫁にし子をなせば、きっと男子が生まれるだろう――。
誰もがそう思うほどの男子率。
だがその武家の家の者たちは、川で生きる漁師を下賤な者としてさげすんでいた、男子は欲しいが下賤な者を家には入れたくない……。
とりあえず、自分たちの血を受け継いだ子であれば我慢できるが、そうでない者は受け入れがたい。
なので、漁師の娘を目立たぬよう、周囲にバレぬようにこっそりと嫁にとり、企み通りに男子を得たら、嫁取りのうわさが周囲に広がる前に娘を追い出した――。
二度と武家の家の敷居を跨ぎたくないほどに、しっかりとイジメぬいてから……。
返された娘に親や兄弟たちは、生きて帰ってきただけでも良かったと言った。
子を取り上げる為に、殺される可能性だって無かったわけではないからだ。
理不尽な仕打ちに対し、漁師一家は何もしなかった――というか、出来なかった。
何しろ相手は、武力に秀でた武家の一族。
父も兄弟も、漁師としてはとても腕が良かったが、いくら娘が酷い目にあったからと言って、歯向かえる相手ではなかった。
でも……望まれて嫁入りし、新しい道を歩むはずが、夫のみならず婚家の人間すべてに裏切られ、身を分け産んだ我が子は奪われて――。
泣かずにいられるわけはない。
黄魚が河童から座敷童になったのは、その娘が毎日河原で泣いていたからだ。
娘が幼いころ、楽しそうに川で泳ぐ姿を見ていた。
兄たちに連れられ釣りをしていた時に、篭にこっそり水晶なんかを入れたやったら、大きな目をさらに丸くして兄たちに嬉しそうに報告し、大きな声で川に向かって礼を言ってくれた。
川の深みで足がつり、溺れかけたのを見つけた時は、慌てさせぬよう、そっと背を押して岸に上げてやった。
この時は、あとで親が川に捧げものを持ってきた――。
娘の涙が川に落ちた時、黄魚の心がグワンっと揺れた。
涙をぬぐう様子を目にして、心の底にうろうろするような変な感触を感じた。
河原にうずくまる娘の姿に、うずうずする心地が止められなくて……。
河原から家に帰る娘を追いかけて、共に家に入ったとき、黄魚は自分が座敷童になったと知ったのだった。
「あの、ときの……うずうずに…似、てる……」
そう思ったから、怖かったけれど井戸に向かった。
この井戸は座敷童たちが向き合うべきものを見せるのだと、スズメに教えられていた。
向き合うべきものというのは、必ずしも罪だけではない。
座敷童として人の世に戻りたいと望むのならば、座敷童として向き合うモノ――つまり家を、見せてくれるのだと……。
ただし、見せられたからと言って、その家に行かなければいけないという事でもなく、行きたいという気持ちにならないのであれば、あえて行かなくてもいいと聞いた。
「何か、見え…るかも、しれない……」
黄魚はそう思い、そして見たのは――。
「だれ……?」
今まで会った事のない人間たちが、井戸の底に見えた。
お読みいただき大変ありがとうございますm(__)m
(月)(金)を目安に更新しております。
よろしければぜひまた続きを読みに来てください(o_ _)o))




