黄魚の見たもの。1
アオの部屋で遊んだ後、黄魚は自室に戻らずに井戸の横に立っていた。
黄魚が井戸を覗いたのは、ここに初めて来たときだ。
スズメに己が罪に向き合え――と言われて、深く考えもせずただ覗いて……。
そして、気を失って倒れた――。
自分の罪に向き合いきれなかったのだ。
河童から座敷童になり、ただただ大好きな家を護る日々は、黄魚にとってとても幸せな日々だった。
河童の身で気ままに暮らすのも楽しかったが、家を護って、人と共に暮らすのは楽しいだけではない充実感をくれた。
何よりも大切な家、座敷童の黄魚がいるだけでその家には幸運が訪れ、家族は幸せで毎日毎日ニコニコしながら暮らしていた。
代替わりするときはもちろん悲しいこともあるが、同時に子が生まれ、血が連綿と受け継がれていく人の不思議――。
飽きることない時間……。
いつまでも、永遠に護り続けると思っていたのに……。
そいつらが現れたのはいつだったか……。
川と寄り添い、川からの恵みで裕福に暮らしていた黄魚の守護家――。
そこに横やりを入れる者たちが現れた。
家は川の占有権を広く所有していたのだが、それを譲れと言ってきたのだ。
代々川の恵みで暮らしていた家は、当然のようにその申し出を断った。
長い時の中では、何度もそう言った申し入れはあったし、邪魔もあった。
ただその度に黄魚が介入したり、運が守護家側について、その手のたくらみは阻止し続けていた。
その時もそうなるはずだったのだが……。
(こい、つら…しつこい……!)
どう見ても状況は守護家に味方しているのに、その連中は諦めなかった。
何度も家に押し掛けてくるし、家の子の学校にまで口を出したり、仕事先に圧力を掛けることも始めたらしい。
らしいというのは、黄魚は直接目にしたり聞いたりしたわけではなく、守護家の者たちの会話から察していたからだ。
(なんと…か、しなくては……)
特に腹立たしかったのは、子供の学友たちに働きかけ、イジメを仕掛けていると知った時だ。
びしょ濡れになり、軽いケガをして帰ってきたときは、怒りで頭が沸騰するかと思った。
「土手の上から川に突き落とされたんだ……。川にしがみついて生きるいじましい漁師の子供なんか、道歩かずに、川泳いで帰れって……。道はちゃんとした人間の歩くところなんだって……」
黄魚が守護する家の子だから、大怪我にならず軽いケガで済んでいたが、そういう問題ではない。
状況から察するに、普通なら死に至るほどの大怪我になってもおかしくなかった。
やらかした連中は、家の子が川に落ちた音を聞いた途端、やりすぎに気がついて慌てて逃げて行ったという。救助を誰かに求めることもなく、川に落ちた子を見捨ててだ……。
当然抗議をしたが、やらかしたことを見ればとても危険なことだとハッキリしているのに、実際としてはかすり傷で済んでいたため、結局うやむやにされてしまった。
(許…せ、ないっ!)
黄魚は激怒した。
大事な守護家の中でも、その子はなんとなくだが黄魚の気配を感じることが出来る、特にお気に入りの子供だったのだ。
人の営みに人ならぬ座敷童が手を出し過ぎるのは、世の中の均衡を不安定にするので、いけないことだとわかってはいた。
だが、お気に入りの子が危ない目にあわされ、家の仕事も邪魔をされ、しつこくしつこく何度も権利を譲れと言ってくる……。
しかも家の大人たちが話しているところによると、その連中のせいで川が汚染され、川の生き物がたくさん死んでいるという。
座敷童として、元河童として、この連中には大きな制裁を下すべきだと黄魚は思った。
守護家に今後一切手を出させないように、叩き潰してくれるわっ!
そう思い、黄魚は河童だったころの仲間――自分を長と慕う河童たちに自分の力の一端を与え――。
川を暴れさせた。
黄魚の力を得た河童たちは、大きな雨雲を呼び、川の水を増水させ、そしてあちこちの堤や土手を決壊させた。
(あたいの…大、切なもの…を傷つける…連中!屋敷ごと…押し流してやる!)
連中の屋敷はとても大きく、川の横に広大な敷地を持っていて、沢山の人が出入りしていると黄魚は聞いていた。
また、こっそり隠すように排水パイプを川に向け設置していて、しょっちゅう嫌な臭いの水を流しているのだと、河童仲間たちは言っていた。そして、その水のせいで魚やカニ、エビが死ぬのだと――。
そう…黄魚が屋敷と思っていたのは、実は工場――。
工場を所持している企業が、大っぴらに工業廃水を川に流し捨てたいがために、守護家の持つ川の占有権を欲しがったのだ。
川の漁を本業とし、川の恵みで富を得る黄魚の守護家が、首を縦に振らないのは当然のこと。
だが巨大な資本を持つ企業と、裕福とはいえ、主に漁をすることで生活をしてきた黄魚の守護家――どちらが強いかは、普通に考えればわかる。
そして、ほとんど押し切られかけていた時に起こった大災害――。
大氾濫した川は、工場(黄魚は嫌がらせをしてくる連中の屋敷と思っていたが)だけでなく、川の周囲に暮らしていた人々の暮らしも全て押し流してしまった……。
やがて氾濫が収まったとき、ポツンと川の中州のように黄魚の守護家だけが残ったが――。
(ふん!ざまーみ…ろっ!)
直後は、やってやったぞ!と鼻高々な黄魚だったが、その後は悲惨な事態になった。
当然だ。
仲が良くとも、悪くとも、人は人同士寄りあうことで、その生活は維持される。
川の中州にぽつんと一軒だけ無事でも、そのままそこで生き続けていくことなどできはしない。
気がつけば、家の人間はバラバラに散っていた。
川は安全に漁が出来るところではなくなり、生活の中心となっていたものが奪われ、家は家として形が保てなくなってしまった。
(な、んで……)
ふと気がつけば、流されたなくなったはずの嫌な連中の屋敷が、川の氾濫で出来た空き地にいくつも立ち並んでいくのを見て、黄魚は自分がとんでもない失敗をしたことを知った。
(あ…あ………)
皆大切で、だからこそ、ばらばらになって行く家族の誰にもついていくこともできず……。
川の傍でただうずくまっていた黄魚は、人が入れ替わり、川がコンクリートで固められ、河童も皆いなくなっていくのをただ何もなすすべなく見送り……。
(そう、か…暴れる…川は、コンク…リートで、固められるんだ……)
ぼんやりそんなことを思い、川の流れに入り、流されて――。
どうしようもないまま、流れ流れて……海で泡になる予定だったのだが……。
「己が罪、向き合え」
座敷童療養所に連れてこられて、スズメに井戸を覗かされた。
そこで見たものは、氾濫する川に押し流されていく家、屋敷、家財、動物、人――。
水に溺れて、命がいくつも消えていった。
もう悲劇が起こらないようにと、川は土手や堤防をコンクリートで固められ、土の息が出来なくなって、そこに生きていた命もどんどん根こそぎ消えていく。
生き物が棲まなくなった川は力を失い、川から力を得ていた河童たちもその存在を、一匹、一匹……。
「消、えた……」
護っていたはずなのに、護るためにしたことなのに……。
そのせいで、何もかも、失っていた――。
「全然ー、帰って来ないからー、見に行ったらー、倒れてたのー!びっくりさせないでよーっ!」
倒れていた黄魚を見つけた紅には、ものすごく文句を言われたが、あの光景を見て意識を保てと言う方が無理だと黄魚は思う。
自分の心は、もう座敷童として動くことなんか、もうきっと無いと思っていた。
なのに……。
「気に、なる……」
黄魚は一歩々井戸へと、近づいていった。
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