心が揺れた
(あれ、れ?)
黄魚がそれに気がついたのは、アオの部屋(百貨店の屋上風だが…)で話を聞いていた時だった。
(揺れ…た?)
自分の心がふわんっと揺れた気がした。
そのときアオは、守護家の子が泳ぐのが速くなったので、トクタイセイとやらになったというようなことを話していた。
そのトクタイセイというのはとても良いもので、それになるには他人よりも速く泳げないといけないのだという。
(速…く、泳ぐだけ…で、いいの?!)
ちょっと驚いた。
河童だったころ、黄魚は毎日川で仲間と遊んでいた。早泳ぎの競争も何度もしていて、いつも黄魚が一番だった。
河童にとって、泳ぐことは人が息をするのと変わりないことで、なおかつ楽しみでもある。
そして長と呼ばれていたほど黄魚の力は強く、黄魚より速く泳げる河童は居なかった。(座敷童になってしまった関係で、今は度を超すと溺れることも有るにはあるが……)
泳ぐなんて、黄魚にとっては当たり前のこと。でも人の身だったなら、速く泳げることでなにかいいことがあるらしい――。
(いいなぁ……)
そう思った。
自分にとって極々普通のことが、とても良いものになるなんて羨ましい……。
ふわっと揺れた思いは、なんだか嫉妬に似ているようだ。
だけれど、河童は泳ぎに早い遅いがあったとしても、それでどうこうってことはない。
競争したときには、勝った負けたと騒ぎはするがそれだけだ。
楽しく泳いで、楽しく競争して、楽しく騒ぐ――。
けれど人はそうではないらしい。
(もった、いない……)
アオの話を聞いている限り、アオの守護家の子も、そのライバルと言う子も、楽しく泳いでいるようには感じられない。
なんてもったい無いことをしているのだろう!
泳ぐのはとっても楽しいのに、なぜ楽しまないんだろう?
いっそ自分がこっそり行って、泳ぐのが楽しいって教えてやりたい――。
そんな風に思っていたら、アオがとんでも無いことを言い出した。
アオの守護家の娘が、一生懸命に泳いでいた子を泳げなくしたという。
そしてアオはその娘の罪を隠蔽したことで、力を失ったから戻ってきたのだと……。
紅がアオを馬鹿だ、馬鹿だと叱っていたが、黄魚も心底そう思った。
井戸を見ていたアオが座敷童として行く気になるほど、その家の子たちは良い気を持った人間のはず。
そんな人間が罪を犯して、名乗り出ることもかなわず、このまま生きていくなんて……きっと長生きできるはずがない。
心の傷は、近いうちにその身を蝕んでいくに違いない。
で――。
きっとアオもそれをわかっているから、だからこそ戻ってきたのだろう――。
特に力を使わずとも、座敷童はその家に居座るだけで幸運を呼び寄せる。年老いて姿が変わったアオでもそこのところは変わらない。
見た目が年老いても、本質は変わらない。座敷童は座敷童なのだ。
だから戻ってきた。
罪を犯した娘に、これ以上幸運がつかないように。
うっかり運を呼びこんで、長生きさせてしまっては、返って本人が辛いだけだから――。
とはいえ――。
勝手気ままに運を与え、そのことで人の道を外させてしまう結果になったのに、何の後始末もせずに帰ってきたという事。
まぁ、せずにというか、できないのだけど……。
運のことだって、座敷童がいる家に勝手についてくるだけで、座敷童がそうと望んでもたらしているわけではない。
そういうものなのだ。人の言葉で言えば『自然現象』――。
(残、酷……)
アオの守護家のことに関して、黄魚がかかわるすべはないし、必要も権利も無い。
よその家だ。
せっかくつかんだ運を失ったのは、たとえ家族を護ろうとする気持ちからであっても、その本人の身勝手のせいだから……。
可哀そうだと思いもするが、どうしようもない。
(あれ?あた、い…怒ってる、気がする……)
嫉妬?と思った心の揺れだが、だんだん怒りの色も感じてきた。
(なん…で、揺れてるかなぁ?)
ずっと固まっていた心が揺れ出して、戸惑う黄魚はその原因を考える。
最初はふわっとした「揺れ?」と感じる程度だったのが、今はゆらりゆらりとはっきり揺らぎを感じ出していた。
嫉妬。怒り。戸惑い。呆れ……。
憧れ――。
(色々……全部?)
カチコチに固まってしまって、もう動くことなんてないと思っていた自分の心。
それが動いたのはアオの話が切っ掛けなのか、それともそういう時期が来たのか……。
(わか…んない……)
しばらく考えた後、黄魚はアオに遊具で遊ぶためのコインを頼んだ。
でも、そのときいつも乗っていた亀ではなく、パンダにしようと思ったのは――。
(あ、れ……?もしか…して、変わりたい……のかな?あたい……)
自分で自分にびっくりした黄魚だった。
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