幸運VS不運
「当たり~」と言った後、アオは天に顔を向けると、泣きそうに顔をくちゃっと一瞬歪ませるが、涙は見せず何かを飲み込むようにグッとした様子を見せると、話しを続けた。
「弟さー、通ってるクラブに、たまたまやってきた偉い人――昔、有名選手だったって人にアドバイスもらったら、その途端にタイムが良くなったんだ、それもさ秒単位で!
フォームの修正がどうとかって言ってさぁ……。ほんの一言程度のアドバイスで、世界レベルに届きそうって言われてる奴に、もうちょっとで届くってくらいのタイムが出たんだってさ」
その後はとんとん拍子に話が転がって、その有名選手がコーチにつくことになり、そこで特待生の話が出てきた。
「ずっと伸びなかった成績が、ちょっとしたことでいきなり急成長して、そんなところに無茶苦茶美味しそうなニンジンを、目の真ん前に下げられたんだぞ。どう思う?自分自身もそうだけど、応援してくれた人や、アドバイスくれた人に応えたい!って、思うの当たり前だろ?」
「いや、だがなアオ。その少年の気持ちはわかるが……」
言いかけた銀河の言葉をアオは視線で止める。
「いや……やったのは、あいつじゃないんだ。姉のほうさ」
「あー……」
なんとも言えない雰囲気が周囲に落ちる。
姉弟二人。
互いが互いの、唯一の家族――。
その相手がチャンスを掴み、本人も必死だと知れば、何を犠牲にしてもそのチャンスをものにしてやりたいと思うだろう。
それこそ、自分の人生をかけてもいいと思うほどに――。
「その競技会に、例の世界レベルの奴も出るって決まってたんだ。弟は絶対勝ってやるっ!ってめっちゃ気合入って、トレーニングも頑張って、タイムの方も順調に伸びだした……」
恐らく上の方ではこの二人が競い合うことで、先に知られていた世界レベルと言われてる少年に、より良い成績が出ることを期待したのだろう。
一人が突出しているだけでは、そのうち伸び悩みが出てくるものだ。
けれど切磋琢磨する相手がいれば、相手を見ることで、自分自身を振り返る切っ掛けになるし、時には本人が思ってもいなかった力が出せたりするものだ。
そして観客を入れる競技としてみれば、見所はたくさんある方が良いに決まってる。
力の近いライバル同士が競り合う姿は、さぞかし見ごたえがあるだろう。
「姉さぁ…ホント、弟のことしか見えてなかったんだよな……。家族として、弟だけが大事だったんだ……」
何もしなくて良かった。
何もせず、見守っているだけで、弟はより良い場所に行ける環境になっていたのに……。
「何やったんだ?」
クロはまっすぐに問いかける。
「世界レベルって、言われてる奴――。そいつの自転車のブレーキワイヤーを切った」
「はあっ?!」
「ほら、まだ学生だからさ、主な移動手段って自転車なんだよ。で、その自転車のブレーキワイヤー切ったんだ」
「危ないだろっ!」
「だからだろっ!危ないからやったんだよ!」
思わず叫んだクロにアオも怒鳴り返す。
「なん、で…そんな、ことしたの?」
「……相手に怪我をさせて、競技会を棄権させるためだ」
黄魚の問いにアオは憮然と答える。
「なんて馬鹿なことを……。場合によっては命に係わるぞ?」
「死にはー、しなかったーみたいよー?」
ゆっくりと紅が言う。
「……死にはしなかった?」
紅の言葉を聞いて、クロが問う。
それは死ぬまでには至らなかったが、それに近い状態を指す言い回しだ。
「泳げなくなっちまった……」
アオの言葉に場が凍る。
「なんかわからんけど、幸運と不運が混ざりあっちまったみたいでさ……」
やるせない息をアオがつく。
「姉のヤツさ、相手の子がトレーニング後に毎回寄ってるコンビニを突き止めたんだ。で、競技会の前日、そいつが店内に入っている間に、自転車のブレーキワイヤーにペンチを入れた……」
「なんてことをっ!」
「うん、でもな……」
弟と違い、特に鍛えるような運動をしていない姉は非力だったため、ペンチは入れたもののワイヤーの切断に至らず、その時は何事もなく相手の少年は自転車に乗って無事に帰宅したのだという。
で、次の日の競技会でその少年と弟とのデットヒートが繰り広げられ、競技会は大盛り上がりで大成功。
レース結果は相手が優勝、弟は二位となったのだった。
「なに、それ……?」
「ほう、事故回避できたのか……」
「え?イヤ、でも、さっき……。アオ、どういうことだ?」
先ほどアオは、相手が泳げなくなったと確かに言ったはずだ。
「ここまではさ、運が良かったんだよ。ワイヤー切ったときの姉は、切れることを期待して切ってるから残念だっただろうけど、一日たって頭が冷えて、自分が何したかよくよく考えてすっげえ反省できた。何事も起きなくて良かったって、泣いて神様に謝って、感謝してた……」
「弟の学校の件は?」
「二位とは言え、タイムは良かったから、特待生待遇で転校が決まった」
「良かったじゃないか!」
「ああ…」
「で、も……?」
「ああ、でも…なんだ……」
ペンチが入れられてすぐは切れなかったワイヤー。
だが、確かにペンチは入れられていて、まったく切れていないわけではなかった。
ワイヤーを保護しているビニールチューブはしっかり切れていたし、中の金属ワイヤーも半分以上切れていた。
――そう、もし坂道などで力いっぱいブレーキをかけたら、その負荷に耐えられず切れてしまうほどにはなっていたのだ。
「相手の奴の学校、ちょっとした丘の上に建っててさ……」
「おい、それは……」
「学校帰りの下り坂でブレーキワイヤーが切れて、周囲の生徒巻き込んでの大惨事だとさ――」
アオは大きく息を吐く。
「脊髄損傷して、車いす使わなきゃ移動できない体になったそうだ……」
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