老いた座敷童
「だからー!あんなに止めたのにぃーーーっ!」
囲炉裏部屋に紅の声が響く。
「紅、うる…さい…」
黄魚が顔をしかめて紅に言う。
黄魚の言う通り、紅の声は確かにけたたましくうるさいが、クロは紅を諭す気にはなれなかった。
「叫びたくなる気持ちはわかる……」
紅が連れて戻ってきたアオは、そうと教えられていなければ、恐らくクロにはわからなかった――。
クロがここに来た時に会った、幼い姿で元気はつらつとした、パワーあふれる座敷童の姿は片鱗すら残っていない。
そこにいたのは痩せた顔色の悪い五〇才位の中年男。
見た目年齢だけなら、六〇くらいに見える銀河より若干若いが、くたびれ具合は年齢で言い表せないほど進んでいた。
白髪交じりの髪に艶はなくパサパサで、肌にも張りがなく小じわがいくつも出来ている。
身に着けているのは色の褪せて毛場だった水色のポロシャツと、裾が擦り切れたストーンウォッシュのストレートジーンズ。
靴下は黒で、かろうじて穴が開いていないが、指のところが薄く透けている。
座敷童たちが服として身に纏っているのは物質ではない。
彼らの力が、その身に合わせて出現させている。
つまり――。
「ずいぶんと、くたびれたもんだな……」
銀河が言う。
――つまりそういう事。
「うん……」
アオは誤魔化さずただそう頷くと、黒文字でおはぎを突いて口に運ぶ。
「あ、うまい……」
小さくつぶやくと、口に入れたものを味わうように上を向く。
このとき少し髪の艶が戻ったように見えて、見守っていたクロは白波のお菓子の威力に驚くと同時にホッとする。
「まーだ精々一ヶ月ほどしかたってないのにー、どーしてこんなになるのー?」
アオの横に座り、つんつんとその髪を引っ張る紅は不機嫌を隠さない。
「いったいー、何やったのよーっ!」
「……うん」
「『うん』だけじゃー、わかんないでしょーっ!」
キーっ!となってアオを責めている紅だが、アオはおはぎを味わうばかりで、紅の質問に答える様子はない。
「えーと……これってやっぱり普通じゃないんだよな?」
療養所に来たのが今回初のクロは、初めて会った時のアオと、今のアオの落差にただ戸惑っていた。
「年、取るのは……無い、わけじゃ…ない…。でも……」
紅とアオの様子をじっと見ていた黄魚が困ったように首を傾げている。
「ここまで老けちゃうのがありってこと?!」
「そう…かも?」
「なんで疑問形なんだよ!」
「ここには、ワシや紫鏡がおるからなぁ……」
クロと黄魚の会話に、苦笑いの銀河が混じる。
「あ、う…そっか……」
アオのくたびれ具合は尋常ではないが、老い状態は銀河のほうが進んでいる。紫鏡にいたっては寝たきり老人なのだから、言わずもがな……。
クロに問われた黄魚にすれば、力を取り戻しているときのアオの姿と今の姿を比べて、尋常ではない――と思いはしても、それ以上に老けた童も知ることから、大変なことだ!と言い切るのには迷いが出るのだろう。
「アオはしっかりと力を取り戻しておった。それがここまで力を失うのは普通じゃないぞ……」
ため息と共に吐き出された銀河の言葉に、やっぱりそうかとクロは納得する。
「だがな……。一ヶ月……早いと言えば早いが、力なんぞ使い果たすときは一瞬で使い果たせる――」
銀河にそう言われ、クロはそうだったと頷く。
クロ自身も力を失い、この姿になったのは一瞬のことだった。
「アオはここを出て行くまでに、何度も井戸を覗いて考えていたからな……。こんなに早く帰って来てしまったのは残念なことだが……」
一ヶ月早々と言うのは、やはり早すぎると残念がる銀河。
だが、クロが気になったのはそこではない。
「あの井戸を、何度も?」
自分が見せられた光景を思い出しクロは眉をしかめる。
「そうだ、あの井戸はワシらが向かい合うべきものを見せる。座敷童として人の世に戻りたいなら、たまには覗かねば家のことも知ることが出来んぞ?」
「う……」
座敷童にとって大切なのは家。それこそ、座敷童が向かい合うべきものだ。
つまりあの井戸はトラウマなものを見せるだけではなく、繋がりたい家のことも見せてくれるのだろう。
「で、でも……それでも、アオはダメだったってことなんだな……」
「そういうことだな……」
「……」
銀河も黄魚も頷いてため息をつく。
アオはもくもくとおはぎを食べ続けていて、紅はその横に張り付いて、ブツブツ文句を言いながら世話をしている。
白波はスズメを肩に乗せ、部屋の隅で座敷童たちを黙って見ていた。
「アオが力を取り戻すには、今回は前より時間がかかるかも知れんな……」
銀河がつぶやくように言う。
「なんでだよ?」
「ワシがこんなにも力を失ったのは、自分の本体を砕いたからで、紫鏡は人一人の命を、引き留め続けるようなことをしたからだ。つまりあれほど老いたアオの姿は、それに匹敵するようなとんでも無いことをしたか、巻き込まれたのかしたということになる」
「え?」
さらっと言われた内容にクロはぎょっとする。
「本体を…砕いた?!」
「ああ…」
「銀河、岩の…精霊…」
「元だ。あと、ただの岩じゃないぞ。山のような大岩――巨石だ」
黄魚の言葉に銀河は自分でフォローをいれた。
「え、そういう問題じゃないよな?本体を砕いたって、そんなことしたら……」
存在が消えるだろ?
言いかけた言葉をクロは飲み込む。
普通で考えたら、精霊の本体を砕いたり壊したりしたら存在が消える。
だが銀河は力を失ったとはいえここに居る――。
「消えてもいいと思った――。家を護るため…残すためなら、ワシの存在なんぞ消えてしまっても構わなかったんだがな……」
銀河はふんと自嘲するように笑った。
「座敷童になっていたから、残ってしまった……」
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