そして、事故は起こった。
「やめて!やめてくださいっ!」
呆然として声も出なかった大樹の横で、立夏が大声を上げた。
「どうしてそんな酷いことをするんですかっ!」
声を張り上げながら一歩前に出る。
そんな立夏の行動に大樹はハッとする。
兄の目から見ても華子は我儘で感情の起伏が激しい。
最近はなくなったが、幼いころは気に入らない相手に対して手が出ることもあった。
保育園や幼稚園に、何度母が謝りに行ったことか……。
かばわなくては――。
そう思った大樹が立夏の前に出る前に華子が叫んだ。
「これは私の花壇なのっ!どうしようと私の勝手よ!なんなのよあんた!よそ者のあんたなんかに、どうこう言われる筋合いはないのよっ!」
そのセリフにプツリと切れたのは大樹だった。
「お前の花壇じゃない!」
そう叫ぶ。
「え?」
怪訝な顔になるのは立夏。何しろつい先ほど、華子にどや顔で自慢されたばかりなのだから。
華子は花壇の一番上でスクーターに跨ったまま、大樹に怒りの籠った視線を向けた。
兄の今のセリフに不満があるのを隠さない。
「私のために作られたんだから、私のでしょ!」
ちなみに…華子はノーヘルだ。
公道であれば違法だが、私有地内ならば法には引っかからない――引っかからなきゃ、良いってものでもないけれど……。
「おまえは単にきっかけになっただけだっ!」
そう、ハーブの花壇が造られたきっかけは、華子がポプリに興味を持ったことだった。
小学校のクラスでポプリを手作りすることが流行り、当然のように華子もその流れに乗ったのだ。
それだけなら微笑ましい子供の趣味で済むのだが、その頃からすでに我儘が悪目立ちし、やたらと他人にマウントを取りたがるようになっていた華子は、入手困難な高級なハーブを欲しがった。
だがそれはその頃の八真名の庭にも無かったハーブで、そうと知った華子は、なんとよそ様の植物園の花壇からそのハーブを毟ろうとしたのだ。
植物園の職員に見つかり、幸い未遂には終わったが――。
そのハーブは確かにポプリの材料とするには高級だが、乾燥処理されたものが専門店で販売されていた(華子のお小遣いなら買えないほどではなかった)のに、「生から自分で乾燥させなくっちゃ、ハーブ作りの意味がないじゃない!」「本格的にやるなら、生から乾燥した奴じゃなきゃダメなの!」などと小学生の身に不相応なこだわりをのたまって、周囲に散々迷惑をかけたというのに全く反省の色無し。
このまま放置すれば、また同じようなことをやらかすに違いない!
そう危惧され――つまりは華子がよそ様にご迷惑をかけないようにと、作ることが決まったハーブ花壇。
いきさつだけを考えれば、確かに本人の主張通り、華子の花壇と言えなくもない。
けれど花壇が計画されたとき、最初はごく普通の花壇になる予定だった。
場所も座敷童の蔵の前ではなく、庭の手入れをする人間の目に付きやすい温室のそばが考えられていた。――この時から華子が花壇の手入れをすることなんて、はなっから期待されていない……。
それを、テーブル珊瑚を模した形にし、蔵の前に作るように頼んだのは大樹。
(蔵の王があんなに喜んでくれたのに!)
そう……きっかけは確かに華子だったが、花壇自体は大樹が蔵の王を喜ばせたくてここに造ったのだ。
大樹が海をテーマにしたテレビのドキュメンタリーを見ていたときに、側にいた蔵の王から憧れのような気持ちを感じたのがその理由。
海の中を映す映像にワクワクしている蔵の王の感情の波を感じとったとき、大樹は蔵の王がこの家から出ることの無い座敷童なのだということにふと思い至った。
八真名家の守り神として崇められたりしているが、その実態はこの狭い(人の住む家としては広いが……)エリアから出ることが出来ない存在。
座敷童にはそんな不憫な面もあるのだと――そう、気がついた。
(本物の海なんて、きっと見たことないんだろうな……)
そう思った。
だから少しでも蔵の王の無聊を慰めてやりたいと、計画されていたハーブ花壇に口出しをし、出来上がったのが件の花壇だ。
海に連れて行ってはあげられないけど、少しでも海気分が味わえるように、テーブル珊瑚に似せて造ってもらった――と、蔵の王に知らせた時、大喜びする気配がその場に満ちた。
(うおおっ!めっちゃ喜んでくれた!)
自分が計画したことで、蔵の王が大喜びしてくれたことが、大樹はとても嬉しかった。
その花壇が、破壊されている――。
「お前は今まで一度でも水をやったことがあるか?雑草を引いたことがあるか?一度だってないだろう!これはお前の花壇じゃないっ!」
花壇はプロの庭師に作ってもらい、主な手入れもしてもらっている。
だが、大樹も雑草を抜いたり、茂りすぎた葉を間引いたり、水をやったり、教えてもらって出来ることはマメにやっていた。それが作ってもらった者の責任だと思っていた。
それに引き換え華子は、できた最初の頃は大威張りで採取していたが、一ヶ月もしないうちにブームは去り、飽きたと言って、花壇を見に来ることすらなくなっていた……。
大樹にすれば、華子のMy花壇発言なんてちゃんちゃらオカシイ!としか言いようがない。
「だいたいお前のものだったところで、壊していいものじゃ無いだろ!植物は生きているんだ。それを気分のままに踏みにじるなんて……。人として恥ずかしいと思えっ!」
大樹の本気の怒声に、華子は青ざめる。
普段の大樹は穏やかで冷静な人柄だ。怒りを表すことなんて滅多にない。
しかも華子は「兄貴は私に甘い!」と、思っていた……。
それが、本気で怒っている――。
大樹の本気の怒りに触れて、華子が思ったことは……。
(これ、ヤバイっ!逃げなくちゃ!)
逃げてどうするんだ?と、冷静な第三者が見ていたら思うだろうが、この場にいる人間はみな冷静ではなかったし、その中でも一番冷静と言う言葉からほど遠かったのが華子だ。
逃げようとした華子はアクセルをふかし、その音を聞いた大樹はさっ!と顔色を変え、立夏を護るようにその前に手を広げて立った。
どんな鈍い者にだって見ればわかる行動。
好意を持つ女性を、害意をもつ相手から身をもって守ろうとしている――。
この場合、立夏に対してスクーターで突っ込んできそうな華子から、大樹が体を張って護ろうとした――そういう情景。
実際は逃げようとした華子がアクセルをふかしたのを、大樹が勘違いして立夏の前に立ったという事だが、そんなことこの際はどうでもいい……。
カナも含めたこの場の四人が察した情景は、『華子VS大樹&立夏』。
どう考えたって、華子一人がヒール。
「……わぁぁぁぁぁっっっ!」
状況を察した華子は、その場からアクセルを開けてスクーターで逃走し――。
そして、事故が起こった……。
※※※※※
窓辺にもたれ、懐かしいお山の風に吹かれながら、クロは八真名家のことを思う……。
「あの後、どうなったかな……。仲直りできたかな?」
家から離れてしまっても、座敷童として気になるのは家のこと……。
懐かしい風は何も教えてはくれず、ただ優しくクロを撫でるように吹いていた。
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