壊される花壇
「こ、これ……座敷童、なんですか!?」
震える声で、立夏が大樹に聞く。
「そうだよ、うちの座敷童の蔵の王。よろしくね」
「は、はい……。はい!」
ぶんぶんと音がしそうなほど、立夏は頷く。
「わ、私…見えません。見えない、けど……見えないけど!ここに居るってわかります。嘘ぉ……」
半泣きでそう言う立夏に、大樹は優しく言う。
「僕にも見えないよ。気配がわかるってだけ。あ、それ以外に、ちょっと感情みたいなのがわかるかな?」
「感情…?あの……。今、もしかしたら…ものすごく喜んでくださっているかも……?」
恐る恐るそう言った立夏に大樹が頷く。
「むっちゃくちゃ喜んでるね」
そう、クロはこの時大歓喜していた。
清司が亡くなってから、クロの存在を感じ取れるのが大樹だけになり、後の家族は感じ取れないどころか家族としての意識自体が希薄な者ばかり……。
タロの血筋だから、またそのうち好ましい者も生まれるだろうが、結構な時間を待たなくてはならないだろう。
人より長い時間を持ち、待つことになれてはいる、が…待つのが好きなわけではない。
うんざりした気分にだってなりもする。
それが、大樹が見合いをすると知り、面白がって見に来てみれば、その相手が自分の存在を察せられる者だとは!
喜ばずにいられるわけがない。
それでつい喜びすぎて、このとき家の中に起こりつつある異変を感じ取れなかったのだけど――。
八真名家の守り神扱いされてはいても、その実態は、神ならぬ座敷童の身のクロ……。
人が引き起こす不慮の事態すべてに対処するのは無理なのだ。
「感激です!私、ずっと、ずっと憧れていたんです。まさか、まさか本当に座敷童に会えるなんて……」
そう言う立夏は、感激しすぎてボロボロ涙を流している。
見えてはないので『会う』という言葉をあてて良いのか、大樹的には迷うところだが、立夏が蔵の王の存在だけでなく、感情の動きも感知出来ているのは間違いない。
それもかなり繊細に感じ取っているように大樹は感じた。
(これは……もう決まりって言うか、逃がせないよなぁ……)
今日が初対面だが、さてどうしたものかと、若干二一歳にして悩むことになる大樹。
八真名の家系の中で、蔵の王の存在を感じ取れる者はそれなりの頻度で現れるが、その感情まで察知できるものは実は稀なのだ。
見ることが出来たり、話すことができたものなんて、片手の指の数より少ない――。
また感情が察知できる者も、その察知具合は人により感度が違う。
おおざっぱだったり、繊細にわかったり色々だ。
近いところだと、祖父の清司より、大樹の方が蔵の王の感情の動きを細かに感知していたように思う。
立夏は大樹と同程度、蔵の王の感情を察せられているようだ。
「喜んでもらえて僕も嬉しいんだけど……。そろそろ涙は引っ込められるかな?その顔をもし君の親御さんに見られたら、なんと言われるか……」
苦笑交じりで言う大樹に、立夏はハッとして自分の顔を触る。
「え?ええええっ?濡れてる……これ、涙?え?私、泣いてました??」
「かなりの号泣だと思うけど、自覚なかった?」
そう問いかけながら、大樹は立夏にハンカチを渡す。
素直にハンカチを受け取って、涙を押さえるように拭く立夏は不思議顔で頷いている。
「……気づいてませんでした……。目、赤いですか?」
言われて見れば、立夏の目は少し赤くなり、瞼も腫れぼったくなっている。
「うーん……ちょっと赤いかな?戻る前に、顔を洗った方がいいね……」
お見合いとは言え、蔵の中で男女二人きり――。
その女性側の目が潤んで赤くなっているなんて、誰かに見られたらエライことだ。
パーティーはすでに終わってほとんどの人は帰路についているが、有名ホテルのケータリングを利用したので、その従業員が片づけのためにまだたくさんいるし、招待客の中には何かの理由でまだ残っている人がいる可能性もある。
「そう…ですね……。私は良いけど、先輩にご迷惑をかけたら大変です!…て、え?」
『私は良いけど』って――それは?と、これはいい切っ掛けになると、突っ込もうとした大樹だが、急に立夏がびっくり顔で目をパチクリさせる。
するとほんの数秒で目の赤みはなくなり、少しはれぼったくなっていた瞼も、スッキリと元の肌色を取り戻す――。
「あー、蔵の王?ははっ!凄いねこれは……。君のこと、ずいぶん気に入ったらしい。直接力を振るう場面なんて、見たの初めてだよ!」
覗き込むように立夏の顔を見る大樹に、立夏も驚いたと言う。
「び、びっくりしました!瞼に優しく触れられた感じがしたら、スーっと熱が籠っていたのが退いて行くのがわかって……」
「そっか……」
少し間があり、互いに目を見かわす。
「「あの……」」
声を上げたのは同時だった。
「えっと……」
「あははははっ!」
気まずそうに俯く立夏だが、大樹は勢いよく笑う。
「よし!あんまり、身構えるのはやめよう。変に泥沼しそうな気がする!」
「え?あの……?」
戸惑う立夏だが、大樹は吹っ切れた顔になっている。
「お見合いだからね。元々そのための顔合わせなんだから良いよね?お互いに気に入ったんなら、問題なし!後は経験豊富な大人たちに投げちまおうっ!」
そう言って、立夏に「ね?」とにっこり笑いかける。
一瞬戸惑うが、お見合いを申し入れた側の立夏は当然否応もない。
「はい!お願いします!」
元気にそう言って、大樹に全開の笑顔を向けた。
互いに合意し、明るい未来を見た気がした二人――。
まさか蔵の扉を開けた途端、その未来をぶち壊す景色を見せられるとは思いもせず……。
「え?」
「な、なにが……」
外に出ようと蔵の扉を開けた途端、聞こえたのは破壊音と、それを止めようとしている人の声。
辺り一面に広がる、踏みにじられた草の、鼻腔を刺すようなキツイ香り――。
出てきた二人はただあっけにとられた。
そこで繰り広げられているのは、ついさっきまで周囲に芳香を漂わせていたハーブの花壇が、スクーターに散々に踏みにじられている光景。
何度も踏みつけられたのだろう、ハーブはその形を残すことなくぐちゃぐちゃで、花も葉も茎もどこがどこやらわからないほどになっている。
刺すように強い香りは、まるでハーブの悲鳴のようだ。
花壇の枠はバリバリに砕け散り、吊り台は倒されて何本かは真っ二つに折れている。植木鉢の欠片が辺りに飛び散っていた。
テーブル珊瑚状の花壇は広さはかなりのものだが、その高さはそうでも無い。
段々になっているその段と段の高さも、植物同士が混ざらない程度で高低差はさほどない。
だからスクーターで乗りこんで、その上で走り回ることも不可能ではなかったのだろう……ただ、普通はそんなことをしようなんて、誰も考えない――。
「華子!やめなさいっ!」
花壇の上を走るスクーターを止めようとしているのは、祖母のカナだ。
そして、スクーターで花壇を荒らしているのは華子――。
側にお菓子が散らばっているので、カナは蔵の王のお供えを持ってきたところで華子の所業に出くわしたのだろう。
必死な表情で華子に呼び掛けているが、動き回るスクーターが怖くて近寄れず、花壇からはかなり離れたところにいる。
「いったい、何が起こっているんだ……?」
花壇が壊される音を聞きながら、大樹は呆然とつぶやいた。
たぶん、華子自身も自分が何をやっているのかわかってない。
思春期のヒステリーってそういうもんだと思う……。
で、大人になったときに黒歴史として思い出し、恥ずかしさでのたうち回ることになる――。
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