お見合いは蔵。
華子が広間に戻るとすでにパーティーは終わっていて、従業員たちが片づけ作業にかかっていた。
「あれ?終わるの早くない?」
思わずつぶやく華子だが、主役の大樹がまだ学生ということと、その妹の華子が未成年だからという理由で、最初から昼食を兼ねた日中開催と決まっていた。
華子もそのことをちゃんと伝えられているのだが、すっかり忘れているだけだ。
招待客も、重責を担う各方面の代表者が多く皆忙しい、のんきにパーティーに入り浸っている暇はない。
「あら、華子……戻ってきてたのね。まったく!最後の挨拶の時に離席しているなんて、ご招待した方達に失礼じゃないの!どこに行ってたのよ」
片づけの陣頭指揮を執っていた真理が華子に気がついて叱ってきた。
「庭にいただけよ。てか、こんなに早く終わるなんて思ってなかったんだもん」
叱られてふくれっ面をする様子に、反省の色はない。
真理はあきれ顔をしたが、それ以上咎めの言葉を出すことはなかった。
「どーせ主役は兄貴なんだから、兄貴さえいればいいんでしょー」
言わずもがななことを口にする華子。
確かに実質としてはそうだが、招待側のマナーとしては問題がある。
もっとも華子の場合は、自分が会場からいなくなることで、その存在に誰か気づくのではないか――という心づもりもあったのだけど……。
真理はそういった華子の浅はかな思いに、気がついていてばっさりと言う。
「ええ、まぁ、そうよね。あなたが居ないことも気がついていない――というか、気にしない人がほとんどだったわ。皆さん立場のあるお忙しい方々ですもの」
「ふ、ふん。そんなとこでしょうよ!」
言われなくても、わかりきっているという態度をとる華子だが、その姿はどう見ても強がりだ。
そのことを自分でも気がついた華子は、誤魔化すように真理に問いただす。
「お父さんとお祖母ちゃんは?あと……兄貴、どこ行ったのよ?」
華子の問いに、真理は少し考えるそぶりを見せる。
「冬也さんはお客様をご案内して温室に行ってるわ。先月ちょっと珍しい蘭が入ったんだけど、その話をしたら『ぜひ見たい!』って方が何人かいらしたの」
「へー!わざわざ蘭なんか見に行ったの?お忙しいはずの人たちなのに、中には暇人もいるのね」
「あら、何言ってるの。うちにしたらちょっと珍しい――で済むけど、ちゃんとした温室で無きゃ保護できない蘭だから、他所ではそうそう栽培できない品種なのよ。蘭好き……というか、園芸好きな方なら目の色変えて飛びつく品種よ」
蘭栽培は高尚な趣味の一つとされている。
八真名家の娘として、ある程度は知識を持っておくように――と華子に言うが、華子は真理の言葉を理解できないというように肩をすくめる。
「たかが花で必死になるなんて、馬っ鹿みたい!」
「こういうのが理解できない方が……」
馬鹿だと言いかけて真理はやめる。
言ってわかる相手になら話す価値もあるが、自分の娘――華子は出来が悪すぎて、いくら言っても自分の言うことを聞こうとしない。
聞こうとしない相手に、何かを教えようとするのは無駄だ……そう真理は思うようになっていた。
そんな母の諦めに、華子は気がつかない。
「お祖母ちゃんは?」
「お部屋よ、お疲れなんですって。お休みになる前に仕事着に着替えて、蔵の王様のお供えの準備をするとはおっしゃってたけど」
「ふーん……」
祖母の優先順位はいつも変わりがない。
たとえどんなに疲れていても、まずは座敷童だ。
わざわざ一度部屋に帰って仕事着に着替えるのは、蔵の王より豪華な衣装を着るのが不遜だと思っているから――と、家族は皆何度も耳にしている。
「疲れてるんなら、そのまま休めばいいのに……。で、兄貴は?」
「蔵よ」
「は?」
真理の返答に華子は目を見開く。
華子が知りたかった本命は、大樹の居所。
先ほどあった寺宮立夏のことを、それとなく探ろうと思っていたのだ。
「え?蔵のお供えは、いつも通りお祖母ちゃんがするんでしょ?なんで兄貴が蔵に行くの?」
驚いた声を上げる華子に、真理はそれこそ驚いた顔をする。
「お義母様のことと大樹は別でしょ?大樹は自分を祝う会が終わったから、その報告よ。というか、あの子はしょっちゅう蔵に入り浸っているじゃないの。今さら何なの?」
座敷童のために、この家でパーティーをすることを選んだのは大樹だ。
だから、その報告――というか、話をするために蔵に行くというのは不思議でも何でもない。八真名の家の者として普通のこと。
大樹は座敷童の気配がわかると幼い頃から言っていて、そのことを家族に隠したことはない。
座敷童が喜ぶからと、祖父の清司が生きている頃は二人で囲碁や将棋を蔵でしていたし、清司が亡くなってからは冬也を誘っている。
気持ちが落ち着いて集中できるからと、蔵で勉強していることもよくある。
幼いころ、怖い映画を見て怖くて一人で眠れないと、こっそり枕を蔵に持ち込んで寝ていたこともあった。(これは兄の尊厳の為、妹の華子には教えていないが……)
なので、大樹が蔵に行くのは、ちっとも珍しいことではない。『なんで?』と聞かれることがむしろなんで?だ。
今さらなにを言っているのかと、真理が華子を見やると――。
「寺宮って子!お母さんたちが、蔵に行くように言ったんでしょ?兄貴にお見合い申し込んでるって言ってたわ!」
焦りと怒りがないまぜになった顔で、華子は真理を責めるように言った。
それを聞いて、真理は軽く目をみはる。
「あらやだ、会っちゃったの?」
「むこうが勝手に奥庭に入り込んできたのよ!」
「ああ、あなた奥庭にいたのね……」
それを知っていたら、屋敷の中を通るように言ったのだけど―――と、肩をすくめてつぶやく。
華子はその様子を見て、母は華子が屋敷の中にいると思って、立夏に庭を抜けて蔵に行く道順を教えたのだと悟る。
「なにそれ…私、ハブられたってこと?」
低い声で母を咎める華子。
「やーねぇ…そういうわけじゃ無いわ」
だが、真理は軽い感じで華子の言葉を否定した。
「ハブ……仲間外れにしたわけじゃないの。ただ、立夏さんはとても優秀だから、彼女のことを知ったらあなたが気にするんじゃないかと思って、気を使っただけよ」
「だから、それがハブってるってことじゃない!なんなのよ、気をつかったって!」
華子はいきり立つが、真理はそんな華子の様子を一瞬迷惑そうな顔で見てから、ふいっと目をそらす。それから、ため息を吐き出すように言った。
「だって彼女、あなたが落っこちちゃった、大樹の行ってたあの高校に首席合格してるんだもの――」
「は?首席?……な、なによ、そんなの今さらどうでもイイじゃないのっ!」
どうでもイイと言いながら、その声は震えている。
座敷童の加護で合格する気満々でいたのに、結局はすべって掻いた恥は、今も頭を掻きむしりたいほど恥ずかしくて悔しくて、心にパックリ傷を開いてくる。
勉強しなかった方が悪いと言われても、今まで常に運に守られ生きてきて、今さらちゃんと勉強しないから駄目だったんだと言われても、華子には納得できなかった。
物事には運、不運がつきもので、八真名家の人間はよくよく運がついてくる。かと言って、世の中運だけで、すべてがうまくいくわけではないのだが――。
華子はそこのところがわかっていない。基本性格が我儘で自己中なせいだろう、わかろうとしていないのだ。
なまじ優秀な兄が身近にいて、本人も幸運に見舞われることが多いというのも、恐らく仇になっている。
可哀そうなものを見る目で、真理は自分の娘を見た。
元は他家の出である真理は、生まれつき八真名の家の子である華子の運の良さは、そうで無い者から見れば理不尽でしかないと知っている。
「立夏さんは今も学内の定期試験ごとに上位に入っていて、成績優秀者として有名なんだそうよ。あなた、この話聞いてどう思う?傷ついたんじゃない?」
「……」
自分の母親に、自分は立夏より格下だと見られている――実際そうなのだけど……。
そのことが悔しくて、でもどう言い返せばいいかわからず、華子は俯いてしまう。
「ちなみに立夏さんは、お見合いのために蔵に行ったんじゃないわ。彼女は彼女の言葉通り、座敷童の蔵が見たくて行ったのよ」
「は?」
「お見合いの申し入れは寺宮の方からだけど、あちらは後日、ちゃんと場を整えてする心づもりだったんだもの」
「じゃあ……」
大樹と立夏の行先が、たまたま二人とも蔵なのは、お見合いというわけではなかったのか――と、思った華子だったが……。
「大樹が、当分忙しくてお見合いなんてやってる暇はない。どうしてもやれって言うなら、このままの流れでやるって言って、立夏さんを追いかけて蔵に向かったのよ」
「追いかけ――。え、それ、どういう……」
お見合いを申し込んできたのは寺宮――立夏側からだが、今現在進行形で行われようとしている(もしかして、始まってる?)お見合い自体は、大樹発案ということ――。
「私としては、ちゃんとした形のお見合いも捨てがたかったんだけど……。まだ若い二人だし、今回みたいな成り行き任せのお見合いのほうが、案外上手くいくかもしれないわよねぇ……」
ふふっと笑う真理を見て、逆に表情を無くした華子は、ただ黙って広間から出て行った――。
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