居るか、居ないか、さてどっち?
「ん?」
橋の上でブツブツ文句を言った後、そろそろパーティ会場へ戻ろうかと顔を母屋に向けた華子は、自分のいる奥庭に他の人間が入ってきたのを見咎めた。
「ちょっと、そこの人!こっちに入って来ないで!外の人が入って良いのは、パーティー会場になってる広間と、その前にある外庭だけよ。こっちは家族専用なの!」
しつけ悪いわねぇ……と、普段の自分を棚に上げて言う。
大声を上げられた相手は、驚いた顔で立ちすくんだ。
色目の落ち着いた上品なワンピースを身に纏い、髪のサイドをハーフアップにして、キラキラした髪飾りを付けた、華子と同じくらいに見える少女だ。
「えっと……妹さん?」
「はぁ?」
恐る恐るという感じで声をかけた相手に、華子はいかにも気に入らないという風情で声を上げる。
「なによ、あんた。私は八真名華子、妹さんなんて名前じゃないわ!」
「あ、そ、そうですね……ごめんなさい。私は寺宮立夏です」
自己紹介して、ぺこりと頭を下げる相手に華子は憤る。
「だーれが、自己紹介してなんて言ったのよ!」
「そちら様が先に名乗られましたので……」
「それはそっちが、私のことを妹さんとか、ふざけた呼び方するからでしょ!」
「すみません……」
「だから、すみませんじゃなーくーてーっ!こっちはうちの家のプライベートスペースなの。勝手に入ってこないでって、言ってるの!」
とっとと出ていけ――という華子だが、立夏は落ち着いて言い返す。
「お家の方に許可はいただいてます」
「はぁ?家の方って誰よ?」
「八真名冬也様と真理様です」
「え、なんでよ?」
まさかの両親の名である。
「私が座敷童に興味があると申し上げたら、ぜひ蔵を見て行ってくれと……。蔵が座敷童の部屋になっているんですってね?素敵だわ……」
この庭から木立の中の小道へ入り、そこを抜けたら蔵に着くと教わった――と、立夏は言った。
「お屋敷の中からも行けるそうですが、お屋敷の中はそれこそお家の方のプライベートスペースですから、お庭から回らせていただく方が良いかと思ったんです」
眉をハの字にしてそう言う立夏は、本当に華子に対して申し訳なさそうだ。
「ず、ずいぶん変わってるのね?座敷童に興味があるなんて……。たまに、民族学の研究家が話を聞きに来たりするけど、あなたもそういうのなの?」
華子の言葉に立夏は首を振る。
「いいえ。ただ座敷童が好きなだけです。だって、ただ家に居てくれるだけで、幸運を運んでくれるんですよ?すごいじゃないですか!」
「そうかしら?別に大したことないんじゃない?」
華子はふんと鼻で笑う。
「だいたいさぁ、うちに居るって言われてて、あの蔵が座敷童の部屋とは言われているけど、姿を見た人なんていないのよ?居るって言われてるだけで、居ないんじゃない?」
兄の大樹は座敷童の気配がわかるというし、亡くなった祖父も同じようなことは言っていた。
が、華子にはわからないし、何より高校受験を成功させてくれなかった。
自分の得にならないものなんて、居ないのと一緒だ。
「居ない?華子さんはそう思うんですか?」
立夏の問いに、華子はさあね?と言う感じで肩をすくめる。
「私は絶対居ると思います!」
「何でよ?」
見えもしない座敷童を居ると言い切る相手に、華子は苛立たしさを感じる。
「だって、八真名家の発展の歴史を考えても、今回の大樹さんの功績を考えても、このお家には普通ではありえないほどの、沢山の幸運がやってきてるじゃないですか」
「は?馬っ鹿じゃないの?兄貴は元から頭が良いいのよ。あの人が特別製なの!座敷童なんか関係ない!座敷童の幸運なんかじゃなくて、兄貴が頑張ったの。だいたいさー、ちょっと考えてみたらわかるじゃない?座敷童がどーやって新薬開発するっていうのよ?」
非科学的すぎるでしょ!と、華子が言うと、立夏は頷く。
「それは…もちろんです。昔から八真名の血筋の方は勤勉な人が多く、良く働くので、成功者が多いんだって知られていますよね」
どうやら座敷童フリークな立夏は、八真名の家にも詳しいようだ。
「なによ、知ってるんなら……」
「でも、成功って、それだけじゃダメなんですよ。運だって必要なんです」
言葉を途中で遮られ、むっとした顔の華子に立夏はきっぱりと言う。
「私、中学生の時の修学旅行で、食中毒に遭ったんです」
「え、何?なんの話?」
いきなりの話題転換に、華子はポカンとする。
「私だけでなく、そのホテルに止まってた人のほとんどが、被害にあったんですけどね……」
結構な有名なホテルだったんで、ニュースにもなったんですよーと立夏は言う。
「それがどうしたっていうのよ?」
「わかりませんか?中学生の卒業旅行ですよ?一大イベントじゃないですか!皆、すっごく楽しみにしてたのに、食中毒に当たって、全員病院送りですよ。それもうちの学校だけじゃなくって、そのとき一緒のホテルに泊まってた他の中学校の人たちもです。人数が多かったから、送られた病院もバラバラで……予定していた楽しいことなんて全部吹っ飛んで、なーんにもなくなっちゃったんです。運が悪いと思いません?でも、ほとんど全員が当たって苦しんでたのに、運よくならなかった人もいたそうなんです」
そこまで言われて、華子は「ああ…」と思い出す。
「そういえば、中学生のときそんなことあったわね……。私以外は生徒も先生もみんなお腹壊して、熱も出て、吐き気も有るって…みんな病院に運び込まれちゃったこと――。たまたま私の食べた分には、その原因になった食材が入ってなかったから、私だけが無事だったのよね……」
「ええ、それです。違う学校でしたけど、あの時ホテルで……たった一人だけ、被害に遭わなかった生徒がいるって聞いて、なんて運のいい人がいるんだろうって思いました」
「そんなのたまたまじゃない。座敷童は関係ないわよ」
華子は肩をすくめていう。
そんな華子を見つめた後、立夏は話を続ける。
「あと、私、小学生の頃はピアニストになりたかったんですよね……」
「はい?」
「でも、両親がなかなか賛成してくれなくって、そのとき通ってたピアノ教室の発表会で、優秀賞もらえたら考えてあげるって、やっと妥協案もらえたのに……」
「ピアノ教室の発表会――?」
「ええ」
なんとなく引っかかりを感じる言葉に、華子はおぼろげな記憶を辿る、その様子を見て立夏は軽く笑む。
「その時期、タチの悪いインフルエンザがすっごく流行って、私が通ってた学校も学校閉鎖になるほどの流行だったの。御多分にもれず私もかかっちゃって、結局発表会に出れずじまい……。優秀賞は、生徒のほとんどがインフルエンザに倒れる中、唯一元気に通ってきてた子がもらったって聞いたわ」
「……」
すでに飽きてやめてしまったが、華子は小学生の一時期ピアノを習っていたことがある。
で、大した腕前でもないのに、「健康管理に気を配るのも、ピアノを志す者の心得だ」という、あまり一般的でない理由で、ピアノ発表会の優秀賞をもらっていた。
「とっても、運がいい人がいるんだなぁって、そのときも思ってたわ」
「……だから、何よ?」
「何よ?とは?」
腹立たし気に言う華子に、立夏は首を傾げる。
「座敷童の付いた家の者はズルいとでも言いたいの?」
「いいえ。羨ましいとは思うけど、ズルいとは思ってないわ」
「じゃあ、何よ!」
けんか腰になった華子に、立夏は笑って見せる。
「私も、座敷童の居る家の人間になりたいの」
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