出来が悪い以前の問題。
「つまんない!」
水連が美しく咲く池に向かって華子は怒鳴る。
そこはパーティ会場になっている広間からは離れた奥庭で、東屋の有る日本庭園。
ひょうたん型の池があって木製の橋が架けられていて、母屋に対し池の対岸にある東屋にはその橋で渡る形になっている。
華子はその橋の真ん中に立っていた。
薬種問屋だったことも有るという八真名家は、お屋敷が大きく立派であると有名だが、それ以上に庭や池、温室に多くの珍しい植物を植えていることで有名だった。
華子が怒鳴り声を聞かせている池も、専門家によって色々な植物が植えられている。
水連だけでなくホテイアオイなども浮いているし、菖蒲や半夏生の葉も見える、水中を良く見ればジュンサイなども見つけられ、当然珍しい水棲生物だって……。
人によっては歓声を上げるだろう池。
――華子はそのことにまったく価値を見出していないが……。
「腹立つわーっ!せーっかく早起きして、こんなにおしゃれしたのにさ。なによ、兄貴ばっかし!」
耳にするのは兄大樹への誉め言葉ばかり。
某ブランドのドレスパンツスーツは、背が高めでスタイルのいい華子を、その名の通り華やかに美しく見せていた。
朝早くから美容院にも行って、ヘアも顔もしっかりメイクした。
見かけだけなら、とても良いお嬢さんに出来上がっている。
なのに、誰も華子に『イイ言葉』をくれない。
大樹の功績をお披露目し祝うパーティーなのだから、大樹に賛辞が贈られるのは当たり前。
とはいえ、普通ならその家族にも、それなりの言葉はあるものなのだが――。
華子がいわゆる出来が悪い娘だというのは、今回の祝いの席にくるような、八真名家と縁が深い家々では有名なこと。
しかも、ただ出来が悪いってだけならまだ良いのだが、華子は小ズルく他人を利用するところがあった。
見かけが良いことも有り、うっかり変に気を使って誉めそやしたり、名刺を渡したりすると、名前を勝手に利用されてしまうのだ。
内容としては、一見さんお断りの店に勝手に名前を使って押し掛けるとか、入手困難なコンサートや劇場チケットを強請り取る等のショボいものだが、勝手に許可なく名を使われる方は信用問題にかかってくるし、何より不愉快だ。
判明した時点で八真名の家に抗議して、二度としないよう注意はしてもらうが、何人かが同じような目に遭ったというので、華子はいわゆるブラックリストに入っている。
要するに、華子がイイ言葉をもらえないのは自業自得。
本人にその自覚がないだけのことなのだ。
「だから家でするのなんてイヤだっていったのにさ!」
来客の数を制限すると、どうしても八真名家に近い筋になる。
で、近い筋の人たちは、自分に対して理不尽に厳しい評価を下すところが多い――。
そんな風に華子は思っていた。
「友達に自慢もできないし……。イイことちっともありゃしない!」
華子が有名ホテルでの開催を希望したのは、来客を多く――つまりは分母を多くすることで、自分に好意的な人間に出会う可能性を広げたかったのと、有名ホテルでパーティーをしたというステイタスゲットの為。
自宅で盛大なパーティーをできることの方が、大概の人は「凄い!」と驚くのだが、それは華子が欲しいと思うステイタスではない。
家や兄ではなく、自分が目立って自慢したいのだ。
その点、今回は母の真理が上手いことやったなぁ……と、妬ましく思っていた。
真理は華道師範として、近々個展を催す予定がある。
頭が良い彼女は、今回のパーティーで得た人脈を駆使し、きっと個展を成功させるだろう。
個展を成功させ、多くの人にちやほやされる母の姿を想像して、華子は羨ましさに顔をゆがませる。
「兄貴が家でしたいなんて言うから!」
祖母も言っていたが、真理の成功はこの家でさりげなく自分の作品を披露できたからだ。
もし有名ホテルで開催し、向こうの装飾に割り込むような形になっていたら、バランスが崩れ、今日みたいに多くの人から称賛されることはなかっただろう。
「お祖母ちゃんは、色んな人に座敷童自慢できてご機嫌だったし。お父さんは兄貴褒められて、超嬉しそうだったし……。あたしだけ、めっちゃ損してる!」
損も何も、華子が失ったものなど何もない。
本人が努力したと自負している見た目に関しても、華子がしたのは早起きのみで、衣装代も美容室代も支払っているのは父親の冬也だ。
褒めてもらえないのは、今までの行いのせい……。
「だいたい、悪いのはあれよね!」
わが身を振り返ることのできない華子は、庭の奥に見える黒い瓦屋根を睨む。
今いる東屋からは庭木に遮られ、てっぺんだけが見えている重厚な黒瓦。
それは屋根の角に兎建が上げられた、八真名家自慢の白壁の土蔵の屋根だ。
一般的に土蔵とは、大切な金品を保管する場所だが、八真名家の場合は違う。
八真名家を守護する座敷童の部屋とされていた。
蔵の中は六畳程の広さで畳敷き。
壁はとても分厚く、蔵の周囲は庭木で囲われていて、その庭木も職人たちによって良く手入れされている。
なので、エアコン等はつけていないのに、夏涼しく、冬は暖かい理想的な空調環境を備えた空間だ。
部屋の真ん中には贅沢な座布団と黒檀の二月堂机が置かれていて、祖母のカナが二月堂の上に毎日おかしを供えていた。
カナは朝五時に起きて蔵の中もその周囲も掃除して、仕上げにお菓子を備えて、何もない座布団に向かって伏し拝むことを日課としている。
物心つく前は、お祖母ちゃんと言うものは、皆そういうものだと思っていた華子だが、ある程度物事がわかり出したころ、祖母の行動がかなり極端な部類に入ると知った。
祖母はいつも華子にも、大樹にも言い聞かす。
「蔵の王様は、八真名の家の者を護って下さいます。決して感謝を忘れないように。困ったときには必ず助けてくださいます!」
そう言い切るのは、自分の経験あってのこと。
女中であったカナは雇い主の息子である清司に恋し、叶わぬものと思いながらも思いきることができず、自身の婚期を逃しても八真名家の女中として働き続け、主人に従って座敷童に供え物をし、その住居である蔵を一生懸命掃除し、拝んだ――。
離れて清司の姿を見つめることを、己の心の支えとして……。
そうやって日々を過ごしていたら、いつしか女主人に気に入られ、清司の妻となっていた。
その背景には、清司が仕事に熱心になりすぎてうっかり婚期を逃したことや、八真名家に取り入ろうとする周囲の女に碌でもないのが多く、クロがどうしても気に入らなかったこと。
座敷童に対して少々度が過ぎる面はあるが、カナが清司を本当に好きで大切に思っていることを、クロが察してそれとなく清司に教えていたり。
また清司の方も、あまり人付き合いの良くない自分を慕ってくれるカナを憎からず思っていたとか――。
等々、一つではない理由があったのだが、そのことを当のカナは知らない。
そのため、女中の自分が名家の嫁となれたのは、座敷童を信奉したからだと思い込んだのも、仕方がないことだろう。
(実際、座敷童が理由となってる部分もあるし……)
「なーにが、困ったときは必ず助けてくれるよ。落ちたじゃない!」
憤懣やるかたない華子の主張は身勝手極まりないのだが、本人はそんなこと欠片も自覚がない。
兄が一生懸命受験勉強していたのは知っている。
その兄に勉強するようにも諭された。
が、自分は座敷童の付く家の娘なのだから、高校受験程度、勉強しなくたって合格できると思っていたのだ。
兄は首席で合格したと聞いたが、そんなに成績優秀でなくて良かった。
自分はそこまで優秀とされなくてもいいから、取り敢えず良い学校に通いたかった。
勉強は好きではない――というか嫌いだが、あんまり格のない高校に行くのは恰好悪いから、聞き覚えが良く、見栄えのいい高校に行きたいと思ったのだ。
そう――入れれば、びりっけつでもなんでも良かった。
ただ、それだけ――。
そんな程度の希望だったのに、座敷童は叶えてくれなかった。
「使えないわー」
本人以外からしたら、超絶に身勝手な上、色々認識不足が多すぎる。
八真名家の出来の悪い娘は、実は出来が悪い以前の問題だった。
出来るも出来ないも、何もやろうとしていないのだから――。
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