くるみ餅の『くるみ』は胡桃じゃない。
「今日のおやつはくるみ餅です」
ある日、そう言って白波に出された皿を見て、クロはしばし固まる。
(え?これは…かき氷じゃね?)
そうとしか思えないモノが自分の目の前にあった。
こんもりとした白い氷の山。
もこもこふわふわしていて、口の中に入れた途端、すっ!と溶けてしまうだろうと確信できるその姿形――。
「中に白玉が入ってるんだよー」
「…甘い、餡もある」
スプーンを持ったまま動きを止めていたクロに、紅と黄魚が言う。
「えーっと…それって、白玉入り金時っていうんでは?」
抹茶をかければ、白玉入り宇治金時だ――と、定番のかき氷を思うクロ。
が、銀河が首を振った。
「違うぞ。食ってみろ、わかるから」
「氷と中の餡を混ぜるんだぞ。氷だけだと味は無いからな」
「う、うん……」
銀河とスズメに口々に言われる。
まぁ、白波が童に害になるものを出すとはチリほども思わないし、何より自分以外の童とスズメはご機嫌でスプーン(スズメはくちばし)を動かしている。
言われるまま白い氷を崩して、中にある餡と混ぜる。
「あれ、白餡?でも、ちょっと緑っぽいかな?……胡桃餡の色って、こんなのだっけ?」
中に入っていたのは緑がわずかにかかったクリーム色の餡だった。
定番の小豆餡でも、緑色の鶯餡でもない。
首を傾げながら餡と氷をシャカシャカ混ぜると、牛乳の様な白色に変わる。
「なんか、変わった餡だな……」
首を傾げながら口に運ぶ。
冷たさの後口中に広がるのは、ミルクのようなやんわりした優しい甘みと、かすかな香ばしさ。
後味はすっきりしていていくらでも食べれそうだ。
「あ、美味いこれ……。ってか、胡桃の味しないぞ?」
とりあえず、胡桃の味がしないのはすぐにわかったが、何の味かはわからない。
知っている気はするのだけど、『これ』というのが出てこない。
「美味いのは、美味いけど……胡桃餡のくせに、これ胡桃が入ってなくないか?」
クロが首を傾げながら言うと、白波が笑う。
「胡桃餡とは一言も言ってませんよ。くるみ餅です。くるみ餅のくるみは木の実の胡桃じゃなくって、お餅を包むのくるみです」
「包む?」
「そう、今日は氷を乗せたのでわかりにくかったと思いますが、お餅を餡で包んでいるのでくるみ餅って言うんだそうですよ」
「へー」
氷をスプーンで避けてその下を見れば、確かに餡に包まれた餅がある。
「お餅も一緒に食べると、もーっと美味しいよー」
紅に言われて、氷、餡、餅を一緒に口に入れる。
冷たさと、優しい甘さを味わいながら溶かし、餅を噛むと、口の中で混ざりあってとても美味い。
「うん、うん。美味い!」
「餡は大豆なんだよー。黄な粉と一緒よ、不思議よねー」
「え、大豆?」
「ええ、乾燥大豆から作った大豆餡です」
紅と白波から種明かしがされる。
クロにとって大豆と言えば、まず出てくるのが五目豆などの煮豆。後はサラダやスープなど――言ってみれば食事の食材のイメージだ。
加工品も味噌や醤油などが有名だし、黄な粉はさておき、おやつになる甘い餡なんて……。
「青大豆を使ったずんだ餡と言うのもあるぞ。知らんか?」
「あ、それは知ってる。食ったことがある。東北地方の菓子だよな?家のお供えにあったぞ」
銀河の言葉に、クロは思い出して言う。
「家の者が百貨店の物産展で買ってきたって、言ってた。ああ、そういえばあの時も、酒の肴が餡になるなんて――とか思ったなぁ……」
青大豆も、乾燥大豆も、元は一緒の豆だと思えば有りなんだろう。
というか、実際にあるのだし……。
「青大豆と違って、いつでも手に入る乾燥大豆のほうが、餡の材料として優勢になってもおかしくないと思うんですけど、手間がねぇ……」
乾燥大豆は年中手に入るものだが、調理するには事前に手間が必要だ。
「だよねー。それに今はー、季節なんてあってないようなもんだからぁ」
「今の人間は、真夏に氷も作るんだからなぁ……」
昔、青大豆は夏限定だった。
枝豆とビールと言えば、夏の風物詩だったはず。
けれど今は冷凍できるので、枝豆だって真冬に食べることができるのだ。
「乾燥大豆は一晩水に漬けて戻して、そのあとコトコト柔らかくなるまで煮ないといけませんから、確かに青大豆に比べると手間も時間がかかりますね。青大豆なら戻す時間が要りませんし、煮る時間もさほどかかりませんから――」
「ふーん……。これって、どうやって作ってんの?」
「えっとですね……」
白波のくるみ餅の作り方――
乾燥大豆を一晩たっぷりの水に漬けて戻す。
⇒指で潰れるほどに柔らかく煮る。(分厚い鍋を使ってだいたい1時間強)
⇒煮汁から上げ、軽く潰してから裏ごしする。(潰す前に薄皮を取り除いておくと裏ごしが少し楽)
⇒裏ごししたものにその半量の重さの砂糖を何回かに分けて加える。
⇒焦げないように弱火で加熱しながら砂糖を溶かす。
(固くならないように、水分が少ないようなら様子を見て足しながらへらで混ぜる)
⇒砂糖が溶けて馴染んだら火から下ろす。
出来た餡を冷まして白玉を包んだら、くるみ餅の出来上がり!
上に氷を乗せるのは、その時々の季節のお好みで――。
「裏ごし、面倒……」
白波の餡の作り方を聞いていた黄魚がぽそりと言う。
「あたしたちが作ることないじゃないー?」
紅が言うが、
「作ってるとこ、思うと、しんどい……」
顔をしかめる黄魚。
クロもその気持ちはわかる気がする。
「確かに…。面倒そうだよなぁ……」
「うーん……でも、ずんだ餡は青大豆の風味も楽しむ為にわざと荒く潰しますが、大豆餡は粒を残すとクセが出ますからねぇ……」
乾燥大豆はおかずの材料に良く使われる。
そのため口がその触感を覚えていて、大豆の口当たりを残すとおかずの味を連想してしまうのだ。
だから裏ごしは大事ですと、白波は言う。
「あーなる……」
クロはなるほどと思う。
甘いお菓子を食べているのに、頭の中に浮かぶのが五目豆――というのは嫌かもしれない。
「こっちの分はしっかり裏ごししたのが良いが、味音痴な童のは手を抜いてやってもよいぞ?」
スズメがからかうように、ちょっと意地悪を言う。
「なによー、スズメ。そういう事言うー?」
「言われたくなければ、大事に食え。美味いものは、美味い。作ってくれたものと、糧になってくれたものに感謝して食えばそれでいい」
「それは、当たり前で……」
「あっ……!」
紅がスズメのお小言に言い返そうとしたとき、黄魚がふいに声を上げた。
「黄魚、どうした?」
クロが問うと、空になった皿をそっと置いて立ち上がる。
そして、立ち上がった途端――。
「え?えええっ?」
そこに立っていたのは、五才位の幼女――座敷童本来の姿になった黄魚だった。
くるみ餅は大阪府堺市が有名です。
最初はぐらごんも胡桃餅だと思ってました(;^_^A
だって胡桃の入った胡桃餅もありますからねぇ……。
大豆餡の元になる大豆ペーストはフードプロセッサーにかければ楽に作れます。
あと薄皮は取らない方が栄養素は豊富ですが、その分大豆臭が強めに残るので作るときはお好みで――。
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