表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/379

お出迎え

管理人による座敷童のお出迎えです。

 出来上がったわらび餅を深さのある小皿に小分けし、氷を敷いた桶に並べる。

 水に浸した布巾をキュッ!と固く絞って、ホコリ避けに桶にかぶせておく。

 こうしておけば、ちょうどよい触感と温度をしばらく保つことができるのだ。


「うん。涼しげな感じがいいね」


 出来上がりに満足しつつ、囲炉裏(火は入っていない)のある部屋のちゃぶ台に、黄な粉と黒蜜を準備する。


 と――。


 パサッ!と軽い羽音が縁側でする。

 顔を向けると、藤色の羽根をした金色の目の小鳥がいた。


「白波」


 小鳥が少年の名を呼ぶ。


「スズメ――。何かあった?」


 よくいる街鳥の雀ではなく、名がスズメだ。

 

「新入りが門前で立ち往生してる。行ってやれ。あと、こっちにもわらび餅」

「わかった」


 白波は素直にそう返事をすると、スズメのための皿をちゃぶ台に出し、門へと向かった。



 ※※※※※



「何してるんだろう?」


 白波が向かうと、門のすぐ前で目的の相手が、所在なさげにたたずんでいるのが見えた。

 身長は白波より少し高く見える。おそらく一六〇を少し超えるくらいだろう。

 長袖の黒のパーカーと、ブラックデニムのパンツ姿。

 足元はスニーカーで、こちらも色は黒。

 相手の姿を、白波は少し足を止めて観察する。 


 門を境に界が違っているので、彼から見えているのは門とその向こうにある野っぱらのはず。

 一歩踏み出して門の中に入れば、黒瓦の屋敷と白波が見えるのだが――。


「んー。完全な初来所かぁ。何があったのやら……」


 ここは座敷童療養所。

 つまり、ここに来るのは座敷童のみ。


「十六くらいかな?結構、力使ったみたいだね……」


 可哀そうに――。

 声に出さず、心でつぶやく。


 座敷童の本来の姿は、四.五歳の幼児だ。

 彼らは己が気に入った家に付き、その家の者たちから良気を得ることで、家を護り、幸運を招く。

 だが、その身を保つための十分な良気を得られないまま、家のために無理に力を使うと、姿を保てず年を取る――。

 それが彼らのお約束。


 今、門の前にいる座敷童は、人で言うと高校生くらいの少年に見える。

 それはすなわち、彼が護ると決めた家から、粗末に扱われたということ――。


「そうか……。だから、入りにくいんだね」


 門の前でたたずむ相手のためらいに、白波は気が付く。

 最近は座敷童自体の数が減っていて、この療養所に新規で来る童は久しぶりのこと。

 だからすっかり忘れていた――。


 姿が変わるほど力を使ったということは、自分が護る人間に、それだけの危機があったということ。

 すなわち、座敷童としての力が足りなかった――ともいえるのだ。

 おそらく自分の至らなさを恥じて、足がすくんでいるのだろう。


「君が悪いわけじゃないんだよ……」


 小さくつぶやいて、白波は門から外にでた。



 ※※※※※



「いらっしゃい。どうぞ、中に――」


 白波が門から出て声をかけると、少年は目に見えてぎょっとした。


「……な、ど、どこから現れた!?」

「門からだよ」

「え?」


 あわてて視線を門に向けている。

 白波も門を振り返るが、そこに見えるのはただ一面の野っぱら。

 少年にもそう見えているはずなので、きっと白波がいきなり現れたように見えただろう。


「ここで界が変わるんだよ。だから、この先はここからじゃ見えないんだ」

「え?」

「門の中へ入いれば、僕の言っていることがわかるから」

「あ、でも……」

「でも?」

「いや……」


 逡巡する少年を、白波は黙ってしばらく見つめる。

 ややあって、また口を開いた。


「僕は白波。この療養所の管理人。君は?」


 名を問う。


「クロ」

「黒?」

「違う、クロ。タロが、自分の弟分だって、つけてくれたんだ……」

「最初の、人?」

「ああ……」

「なるほど……」


 座敷童は、最初から座敷童として存在するわけでない。

 元は精霊だったり、人の魂だったり、物だったり色々だ。

 何かのきっかけで人と関わり、その魂に絆されて、その血脈を護ろうとしたときに、座敷童となるという。

 そのきっかけに『名づけ』は多い。


「まぁ、タロの子孫は、なんでか『蔵の王』とか言ってたけど……」


 俺はクロなのに――と、クロはつぶやく。


「ふーん、蔵?商家か金貸しの家だったの?」

「いや、薬屋だよ。あれ?俺の部屋ってことになってたのは、そういや蔵だったな……。そっか、だから蔵の王なのか――」


 どうやら本人は、自分がなぜ蔵の王と呼ばれていたのか、今、気が付いたらしい。

 蔵があるとは、かなりの金持ちの家で、なおかつ旧家だったようだ。


「風が、ここに行けって――」

「うん」

「家の妹娘、助けるのに力使ったら、こんなんなって――」

「……うん」

「あんなかわいげのない娘、ほっときゃ良かった!」


 自分の手のひらを見つめ、怒ったようにつぶやく。


「座敷童なんだから、家の者を護ろうとするのは当たり前のことだよ?」

「でも!……」


 悲しみ、悔しさ、怒り……、そう言ったものすべてに、今は翻弄されているようだ。


「さ、取り敢えず、中に入ろ。それから話しをしよう?」


 無理に手は引かず、ただ促して先に立つ。

 視線を向けると、のろのろと後をついてくる。


 こうして、蔵の王ことクロは、座敷童療養所のご新規となった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ