座敷童の罪と罰
「馬鹿者!」
「うわっ!」
叱る声と共に、額にバシッと衝撃を受けてクロは尻もちをついた。
「な、何が……。あ、華子っ!」
すぐに跳ねるように起きあがり、また井戸に手をかけようとしたクロの目の前にスズメが羽ばたく。
「スズメ、どいてっ!」
「どかぬ。しっかりせい!思い出せ。お前はなぜここに来た?」
「華子がトラックの前に飛び出したから、それを――。ああ、そうだ……」
スズメの言葉に動きを止めて一瞬考える様子を見せた後、ガクンと力を抜いたクロは、ぐったりと井戸にもたれて座り込んだ。
「今のは……」
「お前のせいで起きなかった過去だ」
「そっか……起きなかった、過去……。そうだった…華子は、助けたんだった――」
つぶやきながら自分の手を見る。
あの時、クロは守護家の門内にいた。
座敷童の力は、自分の守護家内において最大に発揮される。
守護家から一歩出たら、その辺に落ちている石を転がすくらいが、無理なくできる精々のこと。
言ってみれば、門から出るのは無力となるのと同義だ。
そしてあの時、スクーターに乗った華子が、ガレージから猛スピードで飛び出していくのをクロは見た。
そんな華子の進路には、トラックが正面から走って来ていた――。
すべて、門の外でのこと。
トラックを止めることなんて出来ない。
スクーターだって、止められない。
双方の軌道を力ずくで変えて、事故の回避――なんて当然出来ない。
人の傷を直接治す力なんて、座敷童は持っていない。
そして命が失われたら、それを取り戻すなんてこと…絶対出来るわけがない――。
無い。無い。出来ない事だらけ……。
出来ないと知っていた、知っていたから――。
門の中から、起きていく事故をただ見ているだけなんてできなかった。
だから、門から出た。
無理やりになら出来る――と、判断したことに力を使った――。
頭上を飛んでいたカラスに小石をぶつけて失神させ、トラックの運転手の視界に落とした。
道に落ちていた空き缶やペットボトルを、華子のスクーターの前輪に風で寄せ、乗り上げさせて転倒させた――。
その結果、カラスに驚いたトラックの運転手はブレーキを踏み、トラックは減速。
トラックの減速とスクーターの転倒により、華子がトラックに衝突することは避けることができた。
スクーターが転倒したショックで、華子は路肩へと飛ばされていたが……。
ヘルメットをかぶっていなかったし、スクーターはかなりの速度が出ていたので、トラックにはねられ無かったとはいえ、それなりの大怪我はしただろう。
だが、確かに命は助かっていた。
そのことは、あの家の座敷童としてわかったから――。
「俺は、助けた……」
つぶやくクロ。
だが――。
「井戸には、あたいたちの罪…が、映るんだって」
「え?」
黄魚の言葉にクロは驚く。
「罪?なんで?」
助けたのに?
確かに大怪我はしただろう、だが命は助かった。
「今、お前が見たのは起こるはずだった過去だ。お前はあれを変えた」
スズメが教えるようにいう。
「うん」
落ち着いて思い出せばわかることなので、クロも素直に頷く。
「それが罪だ」
「え?」
「本来起こり得ぬことを、理を曲げて起こした。起こるはずだったことを、阻止してしまった――」
「でも、あのままだったら、華子が死んじまったじゃないか!」
憤るクロに、スズメは冷めた目を向ける。
「それは座敷童の理由」
「俺は、座敷童だ!」
「そうだ、だから罰を受ける程度で済んでいる」
「ば、罰……?」
戸惑うクロのそばに、黄魚が寄ってきてクロの指をつつく。
「力、失って、童の姿保てない」
「あ、ああ……そうか……。これ、罰なのか――」
節だった指を見つめる。
「お前が石をぶつけたカラスはどうなった?」
スズメの言葉に、クロはぎくりとする。
クロの石はカラスを失神させただけだが、気を失ったままトラックの前に落ちて、その命が無事だったとは思えない。
「お、俺……」
「座敷童は、己が家が一番大事だ。それが本能故、仕方がないこともある。だが、許されないこともある……」
座敷童は守護家に幸運を呼ぶ。
だが、それが他所の不幸に寄って得たものは許されない。
守護家から出たら、十全に力を使えないというのはそういうことだ。
座敷童のついた家が繁栄することで、その余波を受けて没落する家も中にはあるが、それは禁忌には当たらない。順番が違う。
童付きの家に負けぬよう、他の家も頑張れば良いだけのこと。
「じゃあ華子は、死んだ方が良かったって言うのか……?」
「さあな?」
井戸にもたれ、じっと地面を睨むクロの肩にスズメが止まる。
「良い悪いだけで、決められるとは限らんだろう?ただ、理からは外れた――そういうことだ」
「おやつ、食べに、行こう?」
クロの前にしゃがんだ黄魚が、クロの顔を覗き込むようにそう言った。
「……そう、だな――」
罪も罰もわかったところで、今さらどうしようもない。
黄魚とスズメに促され、クロは体を起こして勝手口へと足を向けた。
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