メビウス?な、川と山
「そういえば、この川って下って行ったらどこに着くんだ?」
「上」
「はい?」
聞き返したクロに、黄魚は右手のほう――川上を手で示す。
「上に行ったら、下――」
川下に向かって泳いでいくと気がつけば上流にいて、上流に向かって行ったのに気がつけば下にいるのだと。
「ゆっくり泳いでも、全力で泳いでも、人型でも、鮎の姿でも一緒。いつもぐるぐる回ってる」
「なにそれ?メビウスの輪になってるのか?」
「メビウスの輪?」
首を傾げる黄魚に、クロは傍にあったススキの葉をちぎって輪にして見せる。
「ほら……こうやって普通に輪っかにしたら、裏表があるだろ?でもこうやって、一回ひねって繋げると……」
「おおっ!」
メビウスの輪にされたススキの葉を見て、黄魚は目を丸くする。
「裏と表が繋がった!裏表がない!凄い、凄い!」
絶賛する黄魚に、クロは苦笑いする。
「どっか他所の国の人間が発見したんだってよ。うちの家の子が、なんか宿題で調べてるの見てたんだ――」
代が変わって、もうその時の子供はいないけれど……。
クロはメビウスの輪を、自分が知ることになった子供のことを思い出す。
「あの子は俺のこと見えないけど、気配はなんとなく感じてたんだよなぁ……」
だからクロの方も何かと気にかけて、子供が家にいるときはできる限り側について、色々うまくいくように力を使った。
子供の方も代々の言い伝えを聞いているから、そうと悟って、ことあるごとに座敷童に感謝し、それだけでなく本人も怠けなかった。
自分が他家の人間より運がついていることに気がついてはいたが、それに甘えることなく勉強し――。
その結果、その子供は大人になってからは数種の新薬を完成させ、医薬博士として名を馳せ、家業の製薬会社は大きく発展した。
今のあの家の豊かさは、座敷童の幸運を呼ぶ力と、それに甘えすぎない代々の家の者の努力の賜物だ。
なのに――。
「今の家の子は、あいつの玄孫になるんだっけ……」
「その子のこと、ものすごーく、気に入ってた?」
思い出にはまりかけたクロの思考を、黄魚の声が引き戻す。
「……うーん、そうだな。結構気に入ってたかなぁ。俺に気がついてたし、家族思いで家族に感謝をしてた」
「おお!それ、大事。とっても大事!あたいたち、座敷童なんだから」
「うん、それにすっげー頑張り屋な子供だった」
「うんうん、頑張り屋さんな人間、いいよね!見ててね、嬉しくなるの。力を、もっと、もっと!って、あげたくなるの」
「なんだよなー」
座敷童は家を護る精霊。その糧は家に暮らす者の『良』の気。
特に家の者が、その家の者を大切に気遣い、感謝する心は座敷童の力となる。
そして、人間が大好きで、特に頑張る人間を見ると嬉しくなる――それが、座敷童。
「今はダメだけどな……」
身勝手で、家族のことなんか考えず、自分のことばかり優先させようとして、クロの力はどんどん削られていた。
努力もせずに、成功する者を羨むばかり――。
「仕方ない。人間はどんどん変わる」
「なんだよなぁ……」
クロと黄魚は互いに苦笑いし、川面に目をそらした。
「そういや、あの里山の向こうはどうなってんの?」
「こっち」
「は?」
「里山の向こうはこっち」
「……まさか」
黄魚は頷く。
「川と一緒」
「マジか……」
山の頂上を一歩超えると、こちら側を向いているという。
「メビウスどころか、空間がゆがんでる?」
「さぁ?でも、キノコあるし、ゼンマイ、ワラビ、こごみ、山ブドウ……木苺もあった。摘んでいくと、白波が喜ぶ」
「白波、そんなの食うの?」
「食べ物大事」
「……そっか、一応人間なんだっけ?」
「……」
無言が返る。
「そういや、山に精霊いた?」
「いる。川にもいる。でも力が弱い子ばっかりで、一緒には遊べない」
「そっか……」
精霊がいるなら、山の恵みも期待できる。
「逃げてきたんだって。あたい達と一緒。だからいじめちゃダメ!」
「いや、イジメんよっ!」
勝手に誤解というか、思い込みでふくれっ面をした黄魚の言葉を、あわてて否定する。
「畑で気配があったから、こっちはどうかなぁ……って思っただけだよ。形は変わっても仲間だろーが、イジメたりしねーよ!」
「なら、いい」
「てか、逃げてきた?」
「そう」
今の人の世に、精霊が心地よく過ごせる場は少ない。
少ない中にもいるにはいるが、居場所を無くし苦しむ精霊も多くいる。
大概の精霊はそうなるとやがて消えていくのだが、運よくこの界に辿りつけるものもいるということ。
「あたい達も、多分、運が良かった」
「そうだな……」
黄魚の言葉にクロは頷く。
力を放出しすぎて本来の姿を失った時、クロは我を失い暴走しかかった。
そんなクロに近くにいた風の精霊が気がついて、ここの門前まで導いてくれたのだ。
守護家は座敷童が守護すると同時に、座敷童のことも護っているのだが、その時のクロは家の子を護ろうとして門から出ていた。
もしあのとき暴走を起こしていたら、自分の身だけではなく守護家をも巻き込んで、何か災いを引き起こしていただろう――。
座敷童なのに、守護する家を守護できず、逆に災いをもたらしたとしたら――消滅ならいい方で、悪鬼になってもおかしくはない。
「運が、良かったな――俺」
しみじみ言ったクロに、黄魚は重々しく頷いた。
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