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白波は水無月製作中

 階下に降りたクロには確かめたいことがあった。

 台所に入ったときに、紅と銀河から聞いた勝手口のことだ。


 彼らは勝手口から出ると井戸と畑があって、井戸の脇を抜けていけば川があり、川の向こうには里山があると言っていた。


 クロの生まれた山は里山と呼ぶには険しく深いが、タロが暮らしていたような、人が身を寄せ合う村がいくつかその麓にはあった。

 人によっては、あの山を里山と呼ぶかもしれない……。


「まあ、違うだろうけどな……」


 自分の部屋から見える山、あれがこの屋敷の裏にあるとはさすがに思えない。

 思えないが、山があるというのなら、一応確認しておくのが元山童として当然のこと――。

と、自分で自分に言い訳を心中でしているが……。


 単純に『山』が気になるだけだ――。


 台所の戸に手をかけようとして、中に人の気配があることに気がついた。

 座敷童として自分が守護する家の中でなら、そんなことなど気にせず気ままにうろついていたが、この屋敷は違う。

 コツコツコツと、軽くノックをしてから戸を開けた。

 開けた途端、小豆を甘く煮るいい香りが鼻をくすぐる。

 戸を開けてすぐの板間の場には誰もおらず、土間のコンロの前に白波の背が見えた。


 白波の前には、大鍋に乗せられた蒸し器と鍋があり、白波は鍋の中の煮え具合を確認しているようだ。

 甘い匂いは、その鍋から来ている。


「白波……さん」


 呼びかけてから何と呼ぶか迷って、思いついたように『さん』づけにする。

 クロの声に振り返った白波は、苦笑いを浮かべていた。


「僕に敬称はいらないですよ。ただの管理人ですから」


 どこが()()()管理人だよ!っと、クロは心の中で指摘する。

 口には出さない。


「たぶん君の力が元に戻るのは時間がかかると思うし、堅苦しいのは疲れるでしょ?僕もクロって呼びますから、敬称抜きの白波でお願いします」


 そういう白波の言葉は丁寧で、それこそ相手によっては堅苦しいと言われそうだが、今のクロとの関係なら丁度よいのかもしれない。


「……わかった」


 と、クロは素直に頷いておく。


「で、クロ。悪いけど、そっちのテーブルの上にある片口取ってくれます?」

「え…っと、これ?」

「うん、それ」


 早速名を呼ばれ、(てい)よくつかわれることに少々戸惑いながらも、クロは白波の指示した片口を手に取る。


 テーブルの上にあったのは、木地塗(きじぬ)りの素朴な片口で、中には白いとろりとした液体が入っていた。


「何これ?」


 片口を白波に運びながら聞く。


「外郎餅の生地。今、おやつ用に水無月(みなつき)製作中です」


 そう言うと、蒸し器の中に置かれた流し缶に、片口の中身を軽くかき混ぜてから注ぐ。

 

 流し缶の中には、小豆が乗せられた完成途中の外郎が入っていた。

 今、後入れした外郎生地は、先に作られていた外郎に小豆を定着させるものだ。


「これで良しっと!あとは十五分ほど強火で蒸して、冷まして切ったら出来上がりです」


 白波はそう言って、コンロの火力を上げている。


「水無月かぁ。六月の末に食べる厄除けまじないの菓子だよね」


 もくもくでる湯気を見ながら、クロは言う。


「そうそう、元は宮中行事で、氷室の節句に宮中の貴族たちが氷を食べる病除けの祈願でした」


 旧暦の六月末は今の歴では七月半ばだ。

 梅月雨が明けて本格的な夏に向かう七月は、まだ暑さに体が慣れなくて、どうしても体は暑さに負けてだるく、しんどくなる。

 そんなときに氷を口にできれば、スッ!として暑気を吹き飛ばす心地を得られるだろうが、昔々は冬以外の氷なんて超高級品、庶民が口にできるようなものではない。

 けれども、暑気あたりからくる病の類は怖い。

 せめて高貴な人々の魔よけの知識にすがりたいと、考え出したのが氷に見立てた透明度のある外郎を食すことだった。


夏越(なご)しの(はらい)とも言ったっけ――」


 懐かしいなぁ……と、クロは言う。


「うちはこの時期、かき入れ時だったんだ……」


 クロは遠くを見るようにそう言った。


「へぇ?」

「薬屋だったから葛粉あつかっててさ。商売だろ?水無月の時期は外郎の材料全般を売ってたよ。最近は法律があるとかで、なんでもかんでもできないみたいだけど、昔は本当にうちの奴らは頑張って商売してたんだ。薬草を主に取り扱ってたけど、それ以外も求められるのなら、走り回って商いしてた」


 山で薬草を採って人に分けていた(売ってもいたが)タロの影響で、タロの血筋はいつしか薬を商う家となり、現在は製薬会社となっていた。


「そういえば菓子の外郎とは違うが、薬の外郎もあるんだぞ」

「ほー!」


 (ちなみに薬の外郎は丸薬で、お菓子の外郎とはまったく別物です)


「僕は都からかなり離れたところで暮らしていたんで、水無月の風習なんて知らなくて、ここに来てから童に教えてもらったんですけどね」


 白波は、蒸し器の湯気を見送りながら言う。


「元になった宮中行事の氷より、葛や砂糖、小豆で作った水無月を食べる方が、きっと体には良いと思います」

「あー、それは言えてるかなー」


 うんうんとクロは頷く。

 氷は口にすれば確かに心地よく、その一瞬はすっとするし涼しさも感じるがそれだけだ。

 薬にも用いられる葛や、小豆を食するほうが身になるだろう。

 小豆はマメなので『魔滅(まめつ)』に通じ、祓いにもなる。


「ということは、今作っているのは葛入りなんだ?」

「ええ……。外郎は配合が色々あると知ってはいますが、僕は葛入りにした方が口当たりがいいように思うんですよ」

「小麦粉は?」

「入ってます。というか小麦粉多めで、米粉と葛粉はその四分の一ほどで同量、砂糖は黒糖です」


 外郎は小麦粉多めのほうがもっちりして美味しい気がする――と、白波は言った。


 と、ふとクロは気づいて白波に問う。


「あれ?さっきの片口の中身白くなかった?黒糖使ったんなら、黒っぽくなるよね?」

「あれは本体の外郎の生地とは別に作ったんですよ。氷を模してるんだから、白く無いと変でしょ?だから上部の外郎には、白砂糖を使ってます」

「なるほどね。でも、だったら最初っから全部白砂糖の生地で作れば良いのでは?」


 首を傾げるクロに、白波は笑って言う。


「黒糖のほうが味にコクがでるし、スズメが黒糖好きなんですよ……。座敷童のための療養所なのに、お手伝いの好みを優先させてすみません」

「ああ、なるほど……」


 わらび餅を黒蜜に浮かべるようにして食べていたスズメの姿を思い出す。

 というか、スズメをただのお手伝いと思う者はいないだろう。


「ま、白砂糖より、黒糖のほうがミネラル分入ってて体に良いっていうし、いいんじゃないかな?」


 それに、白波にの言う通り美味しいと思う――そう言ってクロは笑った。

ぐらごんが知り合いに教えてもらった水無月の作り方(白砂糖バージョンです)


 葛粉大匙30g もち米粉30g(白玉粉や米粉でも良い) 小麦粉120g 

 砂糖120g 水230cc 甘納豆適量

 

甘納豆以外をよく混ぜて漉し網で濾す。

50ccほど残して流し缶に入れ、10分ほど強火で蒸す。

表面が固まっていたら甘納豆を散らし、残しておいた生地で甘納豆を覆う。

15分ほど強火で蒸して、冷まして、切り分けたら出来上がり。


ちなみにぐらごんは甘納豆の乗っていない普通の外郎の方が好きです(;^_^A


お読みいただきありがとうございます。

(月)(金)を目安に更新しております。

よろしければ、また続きを読みに来てくださいm(__)m

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