郷愁
クロは窓枠に肘を掛け、腕に顎を乗せてぼんやりと外を眺めていた。
風が柔らかく吹いてきて、撫でるようにクロの前髪を揺らす。
銀河はしばらく前に出て行った。
「一人だ……」
声に出す気はなかったが、気がつけばつぶやいていた。
「タロは、もういないんだよな……」
窓の外にある山を見つめる。
昔々、自分が産まれた所。
暮らしていた所。
タロと出会ったところ――。
自分で自分に気がついた時にはすでに山童で、山に吹く風と追いかけっこしたり、土手で転げたり、湧き水をぱちゃぱちゃかき回したりして、毎日一人で遊んでいた。
楽しかった……と、思う。
「これって、六合目辺りの峰だよなぁ……」
峰を見下ろす感じの視界だから、外から見たこの窓の位置は中空に浮いている形になるだろう。
緑花は窓の位置を見失わなければ戻って来れると言っていたが、もしここから外に出たとして、この窓があの峰から見えるとは思えない。
峰から中空に窓が見えたりしたら、不気味でしょうがないだろう。
それはきっと、あの竹林でも同じこと。緑花の言葉に乗せられて外に出なくて良かったと、心底思う。
「ここもうちょっと登って、這い松が出てくるあたりで右の谷側にそれたら、カタクリの群生地があったんだよな。タロとよく掘ったっけ……」
タロは、クロが座敷童になるきっかけとなった人間。
初めて見かけたのは、母親の咳を鎮めるための薬草が欲しいと、幼い身で一生懸命薬草を探していた姿。
山神様に祈願しながら、必死に山道を行く姿に絆され、こっそり獣道を開いてカタクリの群生地に導いてやった。
カタクリを見つけたとき、タロは大喜びで山神様に感謝の言葉を述べその根を掘ったが、全て掘り出すことはせず、自分の持つ小ぶりな腰籠に入る分だけを持って帰ったのだった。
「欲のないヤツ~!」
せっかく沢山生えているところに案内してやったのに、もっと持って帰れよ!と、その時は思ったが……。
その後、他者の堀跡で、根こそぎすべて持ち去られた後の無残さを見て、タロへの認識を変えた。
そこにあるすべてを人間に採取されてしまったら、その植物は復活するのにものすごく長い時間がかかるのだ。
ものによっては、元に戻らないこともままある。
けれど、必要以上に採取しなかったタロの後は、しばらくすると元通りになっていた。
山の精霊の一種である山童なら、山の幸をガンガン採っても、大きな山の恩恵ですぐ元通りになるのだが、人間の場合はそうはならない。
クロはタロを見ていて初めてそのことを知った。
「もしかして、あいつめっちゃくちゃ頭がいい?」
山の幸を探して収穫するのが、その辺りに暮らす者たちの暮らしの基本だ。
なので、タロはほとんど毎日山にくる。
クロは気がつけば、タロが山にくる度に後を付け回すようになっていた。
「なんか、良いなぁ…あいつ――」
そう思い出したのは、いつからだったのだろう。
カタクリの時と同じように、山ブドウやアケビ等のある場所に何度も誘導したが、けっしてタロは取りすぎない。
いつも収穫を山神様に感謝し、節度をもって収穫する。
そして収穫したもののほとんどを家族のために使い、残ったものは売って、またそれを家族のために使っていた。
「いつも一人で来るのが、ちょっと褒めれんけどな……」
今はクロがこっそり護っているから、大きなケガとかしていないが、本来山は子供が一人で入っていい場所では無い。しかもタロが入っているのは、結構山の深い場所だった。
タロが暮らしていたのは、山の実りをあてにして、いつの間にかできていた山裾の小さな村。
そこで生活する猟師の孫だ。
猟師の娘は他村に嫁に行っていたのだけれど、戦禍に巻き込まれて夫が死亡したため、一人息子のタロを連れて戻ってきたのだった。
祖父は村の他の人々からあてにされる猟師だし、その娘であるタロの母はそこで生まれた子。
だが、タロは他村で生まれた子――。
どうしても家族以外の村人たちとは微妙に距離があったし、五歳になるタロが村に来た頃には、すでに子供同士の固まりは出来上がっていて、そこに入り込むことができなかった。
故に一人で行動することになっていたのだけれど、クロは知らぬこと――。
でも、猟師の祖父から山の歩き方を教わり、体も丈夫なタロは、自分を不幸だとは思ってなかったし、祖父と母二人とは言え、家族から大切にされていることもわかっていた。だからタロも家族を大切にする気持ちが強くて――。
家族と共に生きるために、幼い身でできること――それを全力で頑張る子供。
その存在は、家族なんていないクロにとって、とても不思議で心地良かった。
気がつけば、タロのことが大好きになっていた。
※※※※※
「なんなんだろうなぁ…ここ。なんで、こんなの見せるんだ?」
クロはぼやく。
人に寿命があるのはわかっていた。
だから、タロといつまでも一緒にいられない事なんてわかっていた。
別れるときに、悲しい思いを――辛い思いをすることになることだって、ちゃんとわかっていた。
わかった上で、タロの家を護る座敷童となった――。
そのことは今も後悔はしていない。
「今さら、どうしようって言うんだよ?どうすれば、いいんだよ?」
タロにまた会いたい。
一緒に、薬草や山ブドウを探したい――。
できないことに胸を焦がして、クロは窓枠に額を押し付けた……。
※※※※※
煮詰まって、気持ちを持て余したクロは階下に降りることにした。
銀河曰く、自室はその主を癒してくれる場所だそうだが、むしろ戸惑いを増やされて癒しの気配なんて感じない。
「かと言って、嫌な場所ってわけでもないんだよな……」
憧れるのに手が届かないという、焦がれの思いに焼かれて苦しいが、いつまでも見つめていたい、そこに居たいという気持ちもあるのだ。
「……」
階段を下りながらため息を吐く。
正直なところ、今の家に大いに不満はあれども、タロのことをここまで思い出すことはなかった。
長い時間の間に、置き忘れていた気がする――。
「俺って、実はすっげえ冷たいヤツなんだろうか?」
つぶやくクロに答えてくれる声はなかった。
カタクリの根っこは片栗粉の元で、葛湯に用いられます。
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