My room
クロは銀河と共に廊下に出た。
「何か、わしに聞きたいことはあるか?」
銀河が問うが、クロは首を横に振った。
「聞きたいことが、わからない……」
「まぁ、そうだろうな……」
ぼりぼり頭をかきながら、銀河はクロの返事に頷く。
「来たばかりだ。これから自分がどうしたいか、ゆっくり力を取り戻しながら決めるがいい」
ちなみに、白波の作るお菓子は座敷童達たちの力の糧になってはくれるが、たくさん食べたからと言ってその分取り戻せるわけではないとのこと。
「あの菓子を食べたほうが早く取り戻せはするが……。食べずとも、ここで暮らしていれば少しずつ戻ってくる」
「……家がないのに?」
銀河の言葉に、クロは疑問を持つ。
座敷童たちの力の元になるのは、自分の護る家に暮らす人が家族に向ける『良い思い』だ。
幸せであって欲しい、共に生きて欲しい、笑ってほしい――そんな、相手を思いやる気持ち。それが座敷童たちの糧になる。
「どうやっているかは知らんが、この界は、人界でこぼれたそういう思いや気持ちを呼び寄せ、溶け込ませているらしい」
だからここにいるだけで、力だけなら戻ってくる。
「へぇ……?」
皮肉な笑いが思わず浮かぶ。
護る家に幸運があるように、座敷童として尽くしていた。
神でない身では、目に見えた栄光や財を与えることはできない。
けれど、座敷童がいない家よりもずっと幸運に恵まれていたはずだ。
座敷童は人にそうと気づかれずとも、ちゃんと幸運をつかめるように力を貸しているのだから。
なのに、家の者たちは自分たちの幸運に気付かず、他家を羨み、家族をないがしろにした。
幸運を幸運と察することが出来なかった。
だから、こんな場所が出来たのに――。
「それって、俺たちが力を貸してないのに、異界に力が流れつくほど、溢れるほどに家族を思いやる心を持つ人がいるってことか?」
自嘲するクロの言葉に、銀河は苦笑する。
「そうとも言える……。だが、見方を変えれば、溢れるほどに家族を思いやる気持ちを持てる者には、わしらの力なんぞ必要ないということだろう?」
「……」
考え込むように黙ってしまったクロに、銀河は好きな襖を開けるように促す。
「お前の部屋だ。お前が開けねば、開かんぞ」
「あ…。ああ……」
銀河の言葉にハッとして、クロは少しためらう。
緑花、紫鏡、銀河――三者の部屋を見てきて、自分の部屋……。
いったい、どんな部屋になっているのか、早く見たい気持ちがあるが同時に怖くもある。
「クロ」
「う、うん……」
表情から、銀河に自分の怯えを読まれていることに気がついて、恥ずかしさを感じたクロは、思い切るように襖を開けた。
※※※※※
「蔵か!」
クロとともに襖から一歩入った銀河が、感嘆した声を上げた。
「なんか、狭い……」
ぶっすりと、クロはつぶやく。
畳敷きで、周囲の壁は分厚さを感じる白い土壁、広さは八畳くらいだろう。
蔵の広さとすれば、ごく普通の広さだが、先の三者の部屋の広さと比べると、ずいぶんと狭く感じる。
負けてる感がしてちょっと悔しくて、残念だった。
部屋の隅に行灯があり、天井からはランプらしきものがつられていて、室内を照らしている。
「ふっ……。ずいぶんと上等な座布団が置いてあるな」
にやりと笑って、銀河が指摘してきた。
部屋の真ん中には、一目で上等とわかるどっしりした座布団。
色は濃い紫――高貴さを表す色だ――で、繊細な織模様が入っている。
その脇には、精緻な彫り物が施された、黒檀の二月堂机が置いてあった。
じっくり見まわしたあと、クロはため息をついた。
「……ちょっと、違うとこもあるけど、これ、俺が守護してた家の、俺の部屋だ……」
「ほう?」
クロは部屋の中へとそろそろと進む。
「違うとこは?」
銀河の問いにクロは少し考えながら答える。
「広さは同じくらいだけど、壁の厚みはこっちのほうが厚く感じる。向こうの明かりは行灯や、ランプじゃなくて電気だったし……。部屋の隅には梯子なんてなかったし――てか、なんだろ?あの梯子」
だが座布団や二月堂机は、並べたら見分けはつかないほどだという。
「まぁ、むこうじゃ二月堂の上に、お供えって言って常にお菓子が置かれてたけどね……」
「お前の家もそうだったか……。わしらは神や仏ではないのに、お供えとはな……」
「……うん」
見えている者がいれば、やめてくれと言えるのでそんなことにはならないが、見えないものばかりになり、座敷童が家にいて幸運をくれるのだという言い伝えと、大事にするようにとの申し送りがあれば、いつのまにやら神格化する流れになってしまうのは、きっと仕方が無いことなのだろう。
それは銀河もわかっていて、肩を落とす。
「お菓子は嫌いじゃないんだけどなぁ……」
「お供え、は違うな――」
真の神や仏に対して、不遜なことだという思いがあった。
クロと銀河は互いに過去に思いをはせて、ため息をついた。
「窓は……上のようだな……」
目に届く範囲に窓が無いことに気が付いて、銀河は部屋の奥にある梯子に目を向ける。
「うーん……。元の部屋に上の部屋なんてなかったんだけどなぁ」
クロはつぶやく。
「人界にいたとき、わしはあんなに広い部屋なんぞ持ってなかったぞ?というか、自分の部屋というもの自体がなかったがな」
クロのように自分の部屋を持つ童のほうが少数だろうと銀河は言った。
座敷童は人の身ではないのだから、本来部屋など必要ない。
ここも部屋の形をとってはいるが、その本質は部屋ではなく『界』なのだから――。
「とりあえず、窓の外を確かめてみんか?」
「……そうする……」
色々疑問に思いつつも、クロは銀河に促されて梯子を上る。
窓の外が気になるのは、クロも同じだった。
「ほう、中二階か。これはこれは……。こういうのは今までなかったぞ!」
クロが先に梯子を上がり、その後をついてきた銀河は、床の開口部から頭を出して周囲を見渡し、面白そうに声を上げた。
目がキラキラしている。
銀河の見た目は壮年となっているが、本質は万年幼子の座敷童。
見たことのないものに対する興味は、かなり強めだ。
「中二階っていうか、掃除の行き届いた屋根裏?」
銀河に先に興奮されてしまって、クロは少々塩対応になる。
板張りの床で、天井がかなり低い。
一六〇ある今のクロの身長では、少し屈まなければ頭を打ってしまう高さだ。
柱の出っ張りなども所々にあって、下の部屋に比べるとかなり狭い。
ここも部屋の隅に行灯があって、明かりとなっていた。
上がってきた銀河は、頭を打たないように胡坐を組んで座る。
「そこまで粗末な感じでもないと思うがな……。それよりも……」
銀河がクロに、窓の位置を目でしめす。
窓は梯子の開口部の背後にあった。
「……閉まってるね……」
窓は腰高で、観音開きになっている。
鍵らしきものは見えないが、しっかり閉まっていて、外の光は入ってきていなかった。
「なんで外の明かりがはいってこないんだ?夜なのか?」
離れてはいるが、雨戸的なものは見えない。
ただ、窓があるだけ。
外の光が入ってきていないのは不自然だった。
「さっきも言っただろう。こういうものは、部屋の主が開けねば、開かん」
銀河の言葉にクロはため息をつき、軽く頭を屈めながら、天井に手をついて窓へと近寄る。
銀河も胡坐を解いて、後ろについて来てくれている気配がした。
「頑丈で、清潔でいい部屋じゃないか。窓の外も、決して怖い場所ではないと思うぞ?」
「そうかな?」
窓に向かってクロは首を傾げる。
「ここはわしらの療養所だ。どの部屋も、その部屋の主が傷を癒し、力を取り戻すに適した場になっとるはずなんだ……」
クロを諭すような、最後は自分に言い聞かせるような、銀河の言葉。
それを聞いて、
「わかった」
クロは窓に手をかけると、ぐっ!と押し開けた――。
途端――。
土と緑の香りがした。
「山、だ……」
窓の外にあったのは、クロが山童だったころ、タロと薬草を探した山だった。
本当に上等な座布団って、めっちゃ座り心地が良いです。が、滅茶苦茶お高い!
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