嫌がらせは終了。
岬が崩落していた。
「緑花、なんてことを!あそこにはあんたの本体だって……」
海に落ちて消えていく隠里を目にして、声を荒げるクロ。
が、当の緑花は何の表情も無い顔で、岬が崩落し、切り立った崖となった場所を見つめている。
と……着物の袖に手をやると、そこから緑色の包みを取り出した。
「緑花!」
「クロも食べる?スズメは…聞くまでも無かったわ…」
「食べるって……は?草団子?」
緑花が袖から出したのは、蕗の葉で包まれた草団子――。
萌が、泉の傍に作った簡易の祭壇に備えていたアレだ。
スズメは蕗の葉が解かれるとほとんど同時に、ちゃっかり一つ確保している。
「いつの間に……」
「せっかく供えてくれたのだもの、ちゃんと戴かないともったい無いわ」
緑花にハイと団子を渡され、クロはその抜け目の無さに唖然とする。
因みにスズメはクロの肩に止まり、片足で団子を掴んで機嫌よく啄んでいる。
「ふむ…白波の腕には及ばぬが、なかなか良い塩梅で作っておるな」
「そうね…。蓬がよく香っていて、心地よいわ」
「はぁ…。うん、美味い……」
納得できない状況だが、どうしていいかわからず、取り敢えずクロは渡された団子を食べる。
チラリと緑花に目をやると、特に異変は感じない。
本体である泉が隠里と共に海に落ちたというのに、何の変化も無いのが不思議だった。
「あら、ずいぶん心配してくれるのね?」
クロの視線に気がついた緑花が冷やかすように言う。
「そりゃ、気になるだろう!療養所で一緒に暮らす仲間なんだぞ!」
声を荒げて言うクロに、緑花は肩を竦めて見せる。
「だって、元だってちゃんと言ったじゃない?」
「だからって…!」
「だから、元なんだってば」
「わかってる!……でも、今は座敷童になったって言っても、あそこにあったのは緑花の本体なんだろ?」
座敷童によって違うようだが、元の本体に左右されるものもいる。
幸い緑花は、本体となった泉が無くなったところで、消滅する――と言うことは無いようだが、いわば自分の身を、己が手で壊したようなものだ……。
今の存在に影響がないとはいえ、痛ましいとクロは感じる。
「もう、クロってば感傷的ねぇ!」
緑花は笑う。
「泉って、水の流れが持つ一つの形よ。たまたまその形態に名がついただけ……」
「その名が大事なんじゃないか!」
名とは、そこに意味を持たせるものだ。
ここに在るのだと、居るのだと、自分にも周囲にも知らしめるもの……。
座敷童が家の者に名をもらうと、力の上限が跳ね上がるのは、きっとそこに理由がある――。
クロはそう思っている。
「今の私には緑花と言う名があるわ」
「だからってあの泉が大事じゃないわけじゃ無いだろう!」
緑花は詰め寄るクロから視線を逸らして崩れ跡へ向ける。
いつのまにやらすっかり陽が暮れていて、岬が崩れ落ちた跡は、月の光に照らされ、てらてらと白く光っていた。
時折波音に混じって、ボチャン!と音がするのは、今も遅れて崩れる岩があるのだろう……。
「クロも上から見たときわかったでしょう?あの場所は、本当はもっと前に崩れているはずだったの……。それを食い止めていたのは、私よ…。結構大変だったんだから」
「緑花は、この地に縛られていたのか?」
自分を捨てて行った家の者達への嫌がらせと言っていたが、実はあの地に不本意に縛られていたのだろうか……。
「うーん…形としては、そうだったのかも知れない……。けれどそうなったのは、私が企んだ嫌がらせのせいだから、自業自得よね」
仕方がないわと、緑花は笑った。
嫌がらせはやっぱり企んでいたらしい……。
「ただねぇ、まさかこんなに長い間、誰も来れないなんて思いもしなかったのよ……。だって、あの男の子孫ってそれなりにいたはずなのに……」
長くても数年すれば、誰か来るだろうと思っていた。
約束だってあったから……。
捨てて行ったあの里が、自分たちが選んで行った先よりずっと良かった、幸せだった――そう知って悔しがればいい……。
後悔すればいい…。反省すればいい……。
そうしたら、もしかしたら………。
「座敷童が人に捨てられるなんて、思いもしなかった……」
「捨てた気は無かったんじゃないか?その男以外は見えない連中ばかりだったんだろ?」
「確かに私を見たり、声を聞いたりできるのはあの男だけだったけど、あの男が私のことを弟子や家族に話してたし、気配がわかる者も少しはいたのよ?」
染色の材料を探している時に、ある場所に導いてやったり、美味しい木の実のある場所を教えたりしていた。
「きっとそいつは、家の中での発言力が低かったんだろ……」
「……幼い子供ばかりだったわ」
「低いどころの話じゃないな…」
「そうね……」
その頃の子供に人権なんてない。
親の所有物とみなされていた時代だ。
クロはため息をついた。
よくわからないけど腹が立つ。
きっと、色々なことの掛け違えが積み重なったのだろう。
「変だよな……。座敷童は人に幸運を呼ぶって言われているのに、どうして俺たちには幸運が来ないんだろう?」
クロの呟きに、それもそうねと緑花は笑った。
「それにして……ずいぶん盛大な嫌がらせだよなぁ……」
「ふふふ……」
せっかく見つけた隠里――。
後でまた調査に来る気満々だったあの二人……どれほど落胆するだろう――。
「あの二人のこと、気に入ったんだろ?本当に良いのかこれで……」
「仕方ないわ。私も待つことに飽きて来ていたし……」
永遠に来なかったらどうしようかと思っていたと緑花は言った。
「あの者たちの持つ志が、本当に座敷童を惹きつけるだけのモノであったなら、また縁が出来るだろう」
団子を食べ終えたスズメが、くちばしのお手入れしながらそう言った。
「でもさぁ…あの二人にはあの泉が必要なんじゃないのか?祖の男が作った帯――緑珠の秘密はあの泉だったんだろ?」
緑珠の色を出すには、あの泉の水が必須なのだと緑花は言っていた。
けれど泉は隠里と共に海の藻屑――。
「どうなるんだ?あの二人……」
「どうなるんでしょう?とりあえず、私が仕掛けた嫌がらせはこれでおしまいよ……。あとは頑張って!と、言うしかないわね」
「緑花!」
緑花があの二人を気にしていないはずが無いと思うから、クロはつい声を荒げてしまう。
と――。
「クロ、あの崖を見よ。上の方だ」
スズメがクロの頭をつついた。
「崖?崖がどう……」
「あ、水が来たのね!」
どうしたのかといぶかったクロの声に、緑花の嬉し気な声がかぶさる。
「水?」
「ええ、見て!滝よ、滝が出来たわ!」
「た、滝?」
言われて見れば、崩落で出来た崖の上部から、白い水の流れが落ちている。
ザバザバと落ちる水が海面で波に弾けていた。
「竹に邪魔されていた水よ。崩落の衝撃で水脈が変わったんだわ!」
緑花が吸い寄せられるように滝へと近づくと、飛沫が舞うようにまとわりついた。
滝の持つ力と、緑花の力が引き合っている――。
「これ……泉が滝に変わったってこと?」
「滝も水の形態の一つだからな……」
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