嫌がらせの総仕上げ
疑心暗鬼に陥った千夜がオロオロするのを見て、萌はしまった!という顔になる。
思いついたことをつい指摘してしまったが、それが思った以上に千夜にショックを与えたことに気がついた。
けれどそれこそ、少し考えれば想像のつくこと――。
やっと見つけたと思ったお宝――それも、先祖代々長らく探し続けてきたものだ――が、実はすでに他人の手垢のついた物かも知れない――。
そんな疑惑を示唆されて平然と出来たら、むしろ図太過ぎると言えるだろう。
「え、えーと……千夜?今のって、あたしが勝手にそう思っちゃっただけのことだから。あのぉ…なーんにも証拠とかないしさ、く…詳しいことは後日調べない?」
慌ててそう言い繕う萌を、千夜はジトっとした目で見返した。
「……先輩、見え透いてます…」
「う……」
「……先輩のおっしゃる通りです。何百年も前の木造物が、こんなにしっかり残ってるのって変ですよ。泉すら枯れ果てて、そこにあったはずの祠とか、痕跡すらなく無くなってるんですから……」
実は何百年も緑花がここを護り続けていたなんて、人は知らない……。
だから、萌の指摘した疑惑の確実性が高いと人は思う――。
隠里を見つけた高揚感で浮かれ、疑惑を持たなかった自分が迂闊だった……。
千夜がそう自分で申告すると、萌は少したじろいだような顔をした。
千夜はそんな萌を見て少し笑う。
普段、自由に身勝手にふるまっているような萌だが、そのくせ他人を傷つけることを嫌う性格をしている。
自分の気づきで、千夜に水を差す形になったのを気に病んでいるのだろう。
「先輩、ありがとうございます…。おかげでちょっと頭が冷えました」
そう言って、蔦に覆われた家屋を見上げる。
「ここに辿り着くのは、険しい崖を横切って来なくちゃいけなくて、一筋縄ではなかなか辿りつけないような場所だから、早々他人が入ることはない……。今まで誰も来れなかったのはそのせいだって、無意識に思ってましたけど……。でも、以前はそれなりの人数、人が住んでたことがある場所なんですよね……」
自分達より前に立入った人がいなかったとは言い切れない――。
「…えと、うん…。昔と違って水場が無いから、そう簡単に暮らせるような場所じゃないとは思うけど、可能性はあるかなぁって、思うの。一応、そう言うのも頭の中に置いておいた方が良いと思うのよね……」
でないと、期待しすぎて、違う結果が出たらショックだから――。
そう小さく言った萌に、千夜は苦笑いで頷く。
「ま、今頑張ってみて判明したのは、僕ら二人だけでここの調査はしきれないってことですね。他にも誰か連れてこなきゃ、これ以上は無理です」
「そうなるわよねー」
発見の功績を二人占め出来ないのは残念だけど……と言う萌に、千夜は苦笑いする。
「仕方ないです」
「あたしたち二人とも、どっちかと言うと非力系だものね」
「ですよねー……」
将来は其々染色家と手織り職人を目指す二人。
染色材料を探したり、色々な技法を探して各地を歩き回ったりというような、フィールドワーク等を厭わないタイプなので、どちらかと言うと体力はある方だ。
だが、純粋な力技となったら、その適正はどちらにも無かった。
「詳しく調べるには、ガテン系の人と考古学系の人連れてこないとダメよね……」
「え?蔦を払うのにガテン系はともかく、考古学系の人って必要ですか?」
「建物とか見てもらって、どのくらいの時代のモノなのか知りたいと思わない?」
「ざっくり見た感じだと、建物の配置はうちに残ってる古文書通りなんで、たとえ間で人が入ってたとしても、基礎部分は五〇〇年以上……恐らく七〇〇年は経ってるはずです」
「うん。だからもし、貴重な物とか残ってて、それをうっかり壊しました……なんてなったら嫌じゃない?」
「あー……」
それはあるかもしれない……と、顔をしかめる千夜。
「だとすると…今、中に入れないってのはむしろ良いことなのかな?」
「かも?……ってことで、そろそろ撤収しない?あたしは早く、これらを使って染めやりたいのよねー」
ポンポンと、採取した染色材料候補を入れた袋を叩きながら萌が言う。
担いできたリュックがパンパンに膨れ上がるほどの量を見て、自分が蔦と格闘している間にずいぶん集めたもんだと千夜は苦笑いする。
「ですね。次来るときに万全の態勢で臨みましょう!」
「OKっ!ではー、無事にお家に帰るまでがフィールドワークよっ!」
「小学生の遠足ですかっ!」
ケラケラと重い空気を吹き飛ばすように笑い合う二人。
そして、二人は里を出るときに振り返り、どちらからともなく軽く礼をしてから、この地を去っていった。
そんな二人を、クロは結構気持ちのいい奴らだと、のんびり見送った。
二人が立ち去ってしばらくしても(日は変わりはしていなかったが)、緑花は帰ろうと言わず、またスズメもそれを促す気配は無かった。
もっとも元山童のクロは周囲に遊べるネタが多く、楽しく一人でその辺を遊びまわっていたのだが……。
「スズメ…あの二人、どこまで行ったかしら?」
夕日が海に落ち、そろそろ暗くなり掛けてきたころ、緑花がスズメにそう問うた。
「もう、とっくに遠く離れた。もう大丈夫ではないか?」
「そう…」
「ん?」
緑花は自分がスズメに問いかけたくせに、その返答に対し、どこか虚ろな反応を返している。
二人の問答の意図がわからなくてクロは首を傾げ、水の枯れた泉の真ん中にポツンと佇む緑花を見やった。
緑花は萌と千夜が隠里から出て行ったあと、残されている家々を確かめるように、ゆっくりと一軒づつ巡っていた。
そして巡り終えた後、広場の真ん中に立って周囲をぐるりと見まわし、魂に焼き付けるように天に向かって目を閉じ――まるで目にしたものが零れるのを恐れるように、そっと目を開けた後、泉跡に下り、そのまま何かを待つようにじっと佇んでいた。
緑花は元泉の精。
その枯れた泉は緑花の本体だと言っていたけど――。
(繋がりがないわけじゃ無いけど、特に強くは無いような?)
座敷童になったとはいえ、普通は本体になったものにはもっと影響を受けるものなのだけど……。
(水が無くなったせいなのか?)
スズメは水をまた呼ぶ気があるなら、呼べるようなことを言っていたが……。
「緑花?」
「やっと待ち人が来たから、仕上げをしようと思うの……」
「仕上げ?」
「ええ、総仕上げよ。まさか、こんなに長い時がかかるなんて、思ってもいなかったわ……」
ちょっとした嫌がらせのつもりだったのに――苦笑いでそう言う緑花。
待ち人と言うのは、萌のことだろう。
緑花が惹かれたこの地の祖となった男――それと匹敵出来るほどの志を持った者。
けれど、仕上げとは?
「あの男の血筋じゃなかったのが少し残念だけど、この先交わる可能性を期待してもよさそうだったし。まぁ、良いことにしましょう」
「んー、けどあの男はちょっとヘタレっぽかったなぁ……」
千夜の様子を思い出しながら、クロは肩を竦める。
「ちょっとじゃなくて、だいぶな気はしているわ」
「まぁ、あの娘との縁は薄いことは無さそうだったから、そのうち何とかなるんじゃないかな?とは思うよ」
無責任な言い方だが、自分の家の者でなければその程度の興味だ。
「ああ言うところは血筋なのかしら……?」
「ん?」
「あの男も、女の方に押し掛けられて、気がつけば所帯を持っていたって言うか、待たされちゃったヘタレ系だったの」
「うわぁ……」
緑花は思い出すように薄く微笑む。
「色々なこと、人は忘れたり、捨てたりするけど、残って行くものもあるのね」
「そりゃあ、血筋とか、言い伝えとか…時が経つにつれ、色んなことで薄まったり、交わって変わったりはするんだろうけど……それなりに残って行くものは当然あるよ。けど、きっとヘタレな性質なんて、引き継ぎたくなかったと思うぞ?」
「私は面白くって好きなのだけどね……」
緑花は笑う。
そんな緑花にスズメが声をかけた。
「緑花、仕上げをするならさっさとせい」
「わかったわ。クロをお願い」
「ん?」
スズメの言葉に応える緑花。
わけがわからないままスズメにお願いされたクロの身が、地から空へと高く浮かぶ。
「お?」
人の身で無い座敷童だ。地から離れ、宙に浮かんだところで何か害があるものではないが、理由がわからず首を傾げた。
「嫌がらせの総仕上げだそうだ」
「はい?」
気付けば緑花も、隠里の真上に高く離れて浮いている。
「この地に織り込んだ私の力を解くのよ……」
「は?」
そう聞き、空から見下ろせば、緑花の力が隠里の隅々にまで行き渡っているのがわかる。
それこそ地の中にまで……。
隠里は断崖絶壁の岬の先にあった。
海の侵食、風の侵食、風雨、地下水……色々なものに削られながら、それでもそこに在り続けられたのは……。
「!」
「わかったか」
「ちょ、ちょっと待って!そんなことしたらこの地は……」
緑花の力に護られているこの地から、その力を解いてしまったら――。
「それが本来の道筋――。私の守護を受けない地の姿……」
緑花の言葉と共に、地から力が解けて抜けていく、抜け出た力は風に流され、波にさらわれどんどん周囲に拡散していく――。
そして………。
岬は里を巻き込み、海へと崩れ落ちた……。
隠里と呼ばれた地は、轟音と共に荒海の中へと消えたのだった――。
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