狙った通りになるとは限らない。
頬ましい二人のやり取りを見ていて、ふとクロは疑問が浮かぶ。
「なぁ、緑花…確か、家屋を残しているのが嫌がらせとか言ってたよな?」
「……そうね」
そう確認するクロに、緑花はそっぽを向く。
「あれ、嘘…ではないけど、それだけじゃないよな?他にも色々やってるだろ」
家屋の維持は座敷童が元より備えている特性だ。
そこに座敷童がいるだけでいい。
この地は今は家と呼べなくなっていて、緑花が『家』から力を得ることはできなくなっているが、療養所で力を補うことが出来ている。
そして緑花は他所に心を移したわけではなく、なによりここは緑花の本体がある……。
家屋の維持だけで、あの帯に籠っている力の全てが費やされるとは思えない。
緑花の返答はないが、それこそがクロの気づきに対する肯定の返事だ。
「……人が立入ること、排除してるだろ」
祖となった男の子孫――千夜が、代々この地を探し求めているようなことを言っている。
言ってみれば緑花は、ここを本物の隠里にしていたのだ。
「……志の足りない者は、この地に入れないようにしていたかしらね……?」
「この地を嫌がらせのために見せつけたいなら、排除してたら意味なくないか?」
「でも、欲しがってない相手に見せびらかしたって、嫌がらせにならないじゃない?」
「それはそうだけど……」
「ある程度の欲や志があってこそ、効果的な嫌がらせになるのよ」
緑花の言葉にクロは眉をしかめる。
「嫌すぎるだろ、それ……」
志の足りない者はこの地に入れない――。
ここに入って来れたということは、緑花が認めるほどの思いを持った者ということになる。
ならば、それなりの褒美みたいなものがあってもいい――クロはそう思う。
「甘いわ、クロ。人は甘やかすと、すぐに堕落するのよ。それに、ここはあの男が見つけた地なの。見つけた本人が利用し、益を得るのは良いと思うわ。でもそうで無い者が、我が物顔で利用するのは許せないわ」
「でも緑花、座敷童になったんだろう?その男を取り巻く環境ごと、気に入ったってことじゃないか」
それにあの二人は結構いい線をいっている気がする……。
「それは……」
緑花の無念な気持ちもわからなくはないが、数百以上の年月は、座敷童にとっても短いものではない。
それに何やら他にも仕掛けていそうな気配をクロは感じていた。
意地になりすぎているんじゃないか?
と、クロは思う。
「その辺にしておけ」
ぱたたっ!と羽ばたいて、スズメがクロの頭の上に止まる。
「ほれ、あの二人が動きおるぞ」
スズメに促されて、萌たちに視線を向けた――。
萌は精力的に動き回って、この地に生えている草々の葉や茎、根の他、周囲に生えている木の葉や実、皮…泉周辺の土などを嬉々として集めていた。
(あらあの子、あの土に目をつけたのね……)
緑花がふわっと笑うように言う。
(あれ、染色の材料にする気よ。思ったより、勘の良い子だわ)
(土で染めるのか?)
(土染めってあるのよ。……それに、あの枯れた泉の底土を持っていけば、彼らの言う緑珠の色の秘密がわかるかも知れないわね)
(ああ…その可能性も有るのか……)
(可能性、はね……)
軽く肩を竦めそう言う緑花。
気づきの手助けをする気は無さそうだ。
自力で気がつけということだ。
(うーん…それは突き放し過ぎじゃ無いか?)
(あの娘の志は認めてあげてもいいけど、あの男の血筋ってわけでもないもの……。私はあの子の家の座敷童じゃないのよ)
(まぁ、そうだけど……)
ツンデレ――というヤツかもしれないと、クロはこっそり思う。
千夜の方は、蔦に覆われた家屋内に入ることが出来ないか試みているらしく、ピッケルを手に蔦と戦っていた。
だが蔦は何重にもなっているので、それなりの刃物――斧や鉈、出来ればチェーンソーでも持ってこなくては、早々払うことは出来ないだろう。
「だー!もうっ!」
遅々として進まない作業に、千夜はヒステリーを起こして叫んだ。
「ずいぶん苦戦してるわねー」
蔦相手にピッケルを振るっている千夜のところに、めぼしい材料を粗方集め終えた萌が戻ってきた。
「苦戦どころじゃないです!この見た目からして、絶対にこの蔦の下には家があるはずなんです!でも、蔦が分厚過ぎて中に入れないんですよ!」
「うーん……十数年ならまだしも、数百年単位の蔦のカーテンだものねぇ……」
「緑珠の手がかりがこの下にあるかも知れないのに、何呑気な事言ってるんですか!先輩も手伝ってくださいよ!」
千夜の抗議に、萌は首を傾げる。
「え、何百年も前なんでしょ?古文書みたいな手がかりなんて、もう無いと思うけど?」
「探してみなきゃわからないですよ。もしかしたらここに、秘伝書の残りがあるかもしれないじゃないですか!」
今、千夜の家に残っている秘伝書では緑珠を再現することが出来ない……。
でも、大切な秘伝を子孫に残さないなんて考えられない……と、千夜や他の家族――染織の神と言われた男の子孫たちは思っていた。
だからきっとどこかに、正しい秘伝書――緑珠を再現できる秘伝書――があるはず。
そのどこかが隠里だと、ずっと千夜は思っていた……。
――――ホントは、そんなもの、どこにも存在しないのだけれど……。
「あるはず、なんです……」
千夜はそう言って、蔦を払うためにまたピッケルを振るうが、ピッケルは強靭でしなやかな蔦にはじき返されている。
当然である。ピッケルは蔦や草木を刈ったり払ったりする用途のものではない。
そんな千夜に萌は言う。
「有るか無いかはっきりしない秘伝書より、あたしはこの地にある染料材の方が気になるのよね……」
「……は?どこにでもある草ばっかじゃないですか……」
疲れた千夜は作業を止め、軍手をはめた手で汗をぬぐいながら萌の方を振り向く。
「そんなの、染めてみなけりゃわからないじゃない?もしかしたら見た目は普通でも、染液に仕立ててみたら、違う効果が出ることだってあるかも知れないわ」
「どう見ても、普通の雑草ですよ……」
「ふーんだ…やって見なきゃわからないわ。てか、そこの蔦も材料にしたいから、ちょっと採取するわね」
「はいはい……俺はちょっと休憩しますよ……」
千夜を下がらせ、チャキーン!と、採取用のハサミを出して蔦をバチバチと切り始める萌。
と、葉を切っている途中で、ふと何かに気がついたように「え?」と声を出し少し考えた後、困った顔で千夜を振り向いた。
「なんです?」
千夜は水を飲んでいたが、そんな萌の様子に気がついて水筒に蓋をする。
「いや……あんたんち、確か数百年もここ探しててたどり着けなかったって言わなかった?」
「言いましたよ。確か五百年以上前からだと思います」
「……よね?だとしたら、これ…変じゃない?」
「はい?」
萌がこれと言ったところに蔦のベールの隙間が出来ていて、そこから覗くと、蔦の下にある家屋の一部が見えた。
入り口の一部らしく、目を凝らすと室内の様子がほんの少しだがうかがうことが出来る。
「ああ!家がある!ちゃんと建ってる!こ、これなら、蔦をどけて中に入れば……」
興奮する千夜に萌が水を差す。
「千夜しっかり!変でしょーが、これ!わかりなさいよ!何百年も経ってて、こんなに綺麗に残ってるはずないじゃない!あんたや、あんたの知ってる先祖の人はここに至れなかったかもしれないけど、もしかして…他に辿りつけた人がいるんじゃないの?」
「え?」
何百年も前の建物ではなく、もっと新しい物に見える――。
萌の指摘に千夜はポカンとする。
けれど言われてみれば、確かに蔦の下に覗く家屋は綺麗すぎた。
ほんの一部しか見えないので、詳しい様子を知ることはできないが、見えている部分は木材なのに傷んでいる様子がまったく無い。
……何百年もほったらかしの建物だとはとても思えないのだ。
だいたい、人の入らない家なんて、あっという間にぼろぼろになるものなのに……。
「ま、まさか……。だって、隠里のことはうちの一族以外、滅多に知らないし……。もし、聞いたことあっても、本気にする人なんて……」
「そう言うの知らなくても、たまたま来れちゃった人とかいたかもよ。あとは…実は辿り着いてたのに、黙ってた人がいたとか…」
「……」
萌の指摘に黙り込む千夜だった……。
ひそひそするのは座敷童達――。
(うーん……なんか、予定と違う嫌がらせになってる気がするんだけど…)
(そうね、やってた私もそんな風にとらえられるとは思ってなかった……。びっくりよ)
自分たちがいない間もこの地が護られているのを知り、得られたはずの守護を得られなかったことを悟って悔しがればいい……。
捨てたものが、どんなに得難いものだったかを知って後悔させたい――。
緑花としては、そういう意図の嫌がらせだったのだが……。
(誰かに出しぬかれたって思いこんでるよな、あれ……)
(私、反省して後悔して欲しかったんだけど……。人って、どうして私たちが思いもよらない反応をするのかしらね?)
不思議そうに、面白そうに、緑花は笑った。
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