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おどろ 弐  作者: 沖崎りぃ
1/5

おどろ①


 

 夜刻


 星は隠され 空が黒く沈でいる

 山に閉ざされた村の田に 動くものは無く

 おびただしい数の蛙の声だけが

 低く重く 鳴り響いている

 その声は 蠢き溢れ 夜の田を 覆い尽くしている

 まるで 首の筋を掻きむしり

 自らの身を引き裂き 苦しみもがくように

 ギゴォ、ギゴォ、と 鳴き続け

 夜の田を 覆い尽くしていた


 夜の田の 草は枯れ萎れ (あぜ)(ぬめ)り崩れ

 滑りは腐臭を発し

 迷い込んだ獣の 深くめり込んでいた足跡を

 ゆっくりと 飲み込み始めていた

 

 その畦に 子供が捨てられている

 もう何日も そこに転がっている

 体の上を 足の長いのが這い回っている

 それを 腹を減らした 無数の蛙の目が狙っている

 しかし全ての蛙は 舌を抜かれ

 ギゴォ、ギゴォ、と

 苦しみ呻き 鳴き続けている


 埋め尽くされた厚い雲の

 僅かばかりの切り口から

 (あか)(さび)た月が 不意に滴り覗くと

 おびただしい数の蛙の声が

 一層強く荒く 念仏の如く苦しみ鳴き出し

 畦は腐臭を 更に出し続けた


 その声を聞く者は居ない

 その月を見る者は居ない

 その臭を嗅ぐ者は居ない

 子供は そこに捨てられ

 もう何日もそこに転がっている

 



 朝刻


 熱い日が昇り

 おびただしい数の蛙達が溶け始め

 鳴き声が止み 静寂が侵食する

 草は枯れたまま緑に濁り

 足の長いのが動きを忘れ

 田の畦が乾き始める


 遠くから 髪を乱した女がさ迷い近づいてくる

 グネグネと、又はコキコキと、体をぐねらせ

 虚ろに 田の畦に近づく

 体を 腕を 足を 目を 鼻を 耳を

 グネグネと、又はコキコキと、ぐねらせ

 髪を乱した女が 田の畦に近づく

 そこに子供が捨てられている

 もう何日もそこに転がっている

 


 夕刻


 動かぬ景色の中で 女だけがずっと動いていた

 畦を探し 回り続けていた

 そこには子供が捨てられている

 もう何日も転がっている


 日が傾き 明るさが一つ一つ潰されていく

 女が背を向け 体をぐねらせ遠ざかっていく


 田の畦が(ぬめ)りはじめ

 草が萎れだし

 泥の中から 蛙の目玉が覗きだす

 緩慢に 足の長いのが動きだす

 けれど直ぐに 舌に掠め取られ

 ねちゃり、くちゃり、と咀嚼(そしゃく)される

 どこからか現れた 大きな男に咀嚼される

 一匹二匹 ねちゃり、くちゃり、と

 三匹四匹 ねちゃり、くちゃり、と

 男が 舌を伸ばし どこまでも伸ばし

 五匹六匹 ねちゃり、くちゃり、と 咀嚼する




 やがて男は 泥ごと蛙を鷲掴んで口に入れ

 ねちゃり、くちゃり、と舌で()ねだした

 いつまでも長く捏ねまわし そうしながら子供を拾いあげた

 その時初めて 子供は手足を動かした

 嬉しそうにパタパタと

 口も動かした 嬉しそうにパクパクと

 男は 捏ねた蛙を 掌に吐き出し

 それを子供の口に流し込んだ

 子供は嬉しそうに 咀嚼した

 ねちゃり、くちゃり、と咀嚼した

 いつまでも 嬉しそうに

 ねちゃり、くちゃり、と咀嚼した

 いつまでも いつまでも

 子供は口を動かす

 口だけを動かす

 ねちゃり、くちゃり、と

 口だけを動かす

 子供には 口しか無かった

 目と鼻と耳が無かった

 子供の顔には 目と鼻と耳が無かった


 口しか無い子供は いつまでも咀嚼し

 男は 夕闇に向かい 遠吠えた

 おうぅ、おうぅ、と

 おうぅ、おうぅ、と

 

 

 

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