海の方まで
秋の日のことだった。
丘の向こうには海が見えていて、
辺りにはコスモスが咲いていた。
ぼくは、学校には行かず、家にいたが、
夏目先生に誘われて、その丘に出かけた。
夏目先生は、大学を出たての、
若い女の先生で、
そんなに派手じゃないわりには陽気で、
クラスのみんなにも人気があった。
理科を教えてくれていた。
夏目先生がどうしてぼくを誘ったのか。
それは、ぼくが先生に、
手紙を送ったからだった。
手紙を送った次の日から、
ぼくは、学校に行かずに家にいた。
夏目先生は、きっと困っていただろう。
教え子に、いきなり好きと言われて。
野外ステージから聞こえる、
リズムギターの音の中で、
夏目先生とぼくは、
コスモスの丘に体育座りした。
先生は、少し、俯いてから言った。
「ねえ、どうして学校に来ないの?」
「……先生に会うのが、やっぱ、
恥ずかしいっていうか」
ぼくの声は震えていた。
「そっか……来ればいいよ。
私、読んだときね、
びっくりした、びっくりしたけど、
なんて言うか、あなたのこと、
嫌じゃないって思ったよ」
夏目先生は、まっすぐぼくを見ていた。
「えっ……先生、ぼく……」
「もちろん、生徒のあなたがって、
ことなんだけど、
ふざけてるような気がしなかったから」
「先生、ごめん、ぼく……
先生のことばっかり考えてて、
気がついたら、ポストに手紙、
入れてしまってたんだ」
ぼくは、先生に、
悪いことをしたと思った。
風が吹いてきた。
砂混じりの風が、海の方から吹いてきて、
ギターの音が遠くなっていった。
「ねえ……海の方まで行ってみようか。
コスモスの中を歩いてみようよ」
夏目先生は立ち上がって、
ぼくを、一度だけ見下ろすと、
そのまま、歩き始めた。
後ろ姿が、いつもの先生より、
小さく見えた。
「先生……海までかなりあるよ」
ぼくは、先にゆく夏目先生に叫ぶと、
勢いよく立ち上がり、後を追った。