第十話 マリアの、焼きいもと秋の一日
お盆を過ぎると夏が終わり、空の白雲もくっきりと見えて、空気が澄んでいる秋の空になる。
このところ、俺達は日本で暮らしている。
俺は、平凡なサラリーマンの生活に戻り、平日は会社へ行き、仕事をこなしている。
ただ以前と違うのは、マリアとの新婚生活を送っていることだ。
朝目覚めると、傍らにはマリアの寝顔があり、その見慣れたはずの顔に見惚れて、ぼんやりしてしまう。
俺の気配で目が覚めるマリアを、優しく抱きしめて、おはようのキスをして、俺達は起きる。
二人で、トーストやスクランブルエッグ、キャベツやトマトのサラダ、飲み物は、マリアがオレンジジュースで、俺は珈琲。
そんな簡単な朝食を取りながら、今晩の夕食のメニューを何にするかとか、マリアが出掛ける先をあれこれと話し合う。そんな一日の始まりだ。
洗濯機に昨日二人の着ていた下着を放り込み、掃除機を掛けながら、マリアは考える。『今日は、なにをしようかしら。昨日は図書館に行ったし、近くの小さな公園も見て回ってしまったわ。
そうだわ、あそこにある川の河川敷に行ってみようかしら。
あそこは、シンジさんの車で、なんどか通る度に、お散歩している人や、広場でなにか皆でしているのが見えたのよ。
ちょっと遠くだけど、シンジさんに買ってもらった私の愛車で行ってみよう。』
掃除機をかけて、洗濯機から取出した洗濯物を干し終ると、私は愛車に跨り、さっそうと出掛けた。
堤防までは、ものの5分で着いた。河川敷に降りれる道をさがすと、少し上流に見える。
私は再び、風を切り、ちょっぴり暴走族と化して、堤防を疾走する。
初秋のそよ風が気持ち良い。堤防に生えている背の高い草は、すすきかしら。
9月15日には、お月見といって、満月のお月さまに、お団子をお供えして、その時にすすきを飾ると聞いたわ。
すすきがどこに生えているのか聞いたら、堤防とか草むらだって言ってたから、たぶん、これがすすきね。
河川敷に降りると、いっぱい人がいる。
のんびり散歩している人や、走って運動している人。
広場では、子供達が多勢で、なにかスポーツをしている。お揃いの制服みたいなのを着て、棒を持って。
はあ。あんなことして、楽しいのかしら。
私は、すいすい先へ進む。橋の下を二つ潜ると、今度は大人たちがなにやら、やっている場所に出た。
大きなトンカチみたいなもので、こぶし位のボールを転がしている。
看板があるわ。〘パークゴルフ場〙って書いてある。これってなに? 帰ったら、シンジさんに聞いてみよう。
あら、小さなトラックが停まっていて、なにか売っているわ。
「奥さん、焼きいも、いかがですか。」
奥さんって、私? どうして、結婚しているのがわかったのかしら。500円って、札があるわ。買ってみようかしら。
「一つ、もらおうかしら。」
「へい、毎度っ。500円でございっ。」
おじさんは、新聞紙にくるんで、渡してくれた。受け取って、少し先のベンチまで行く。
そして、新聞紙を開いてみると、お芋だ。
さつまいもだわ。シンジさんがさつまいもの天ぷらを作ってくれたことがある。
皮がすうっとむける。つるりとしたさつまいもの身を口に入れる。
あふ、あふあふ。熱いの。ようやく、少し冷めて噛むと、あまいっ。美味しいわ。
このさつまいも、まっ黄色でべちょっとしてるけど、甘くてやわらかい。
ふぅふぅ言いながら、あっと言う間に食べてしまった。
ふと、気がつくと、側に生えているすすきの先に、羽根の生えた虫が止まっている。
身体が小さいのに、やたら眼が大きなその虫は、そよ風に揺れるすすきと、一緒に揺れている。
不思議。私が生まれ育った世界じゃないところにいるなんて。
これは、夢かしら。でも、焼きいもも甘くて、美味しかったし、シンジさんが買ってくれた自転車もある。
こんなリアルな夢なら、ずっと見ていて飽きないわ。
それより、なにより、私はいつか、シンジさんの子を産むの。
きゃっ、子供よ、子供っ。私とシンジさんの子供。どんな子だろうな。
私のことを、お母さんって。シンジさんのことを、お父さんって。
また、来るわ。今度は三人で。この河原を三人で、手をつないで歩くの。
それまで、覚めないでね。私の夢。




