第九話 ファッションの街《クロート》その三
お買い物ツアーを終え、クロートの街に戻った俺は、市庁舎に服飾に携わる職人や商人を集めた。
「皆さん、今日、集まってもらったのは、皆さんに見てもらいたいものがあるからです。
さっそく、見てもらいましょう。
マリア、始めてくれ。」
マリアを先頭に、ゆっくりと、間を開けながら、次々、侍女達が会場に入って来る。
彼女達の服装は、日本でマリア達と購入したものだ。
ひとり、またひとりと、皆の前に並ぶ。
案の定、会場にいる職人や商人達は、息を呑んで、それを見ている。
総勢20名程のモデルと化した、侍女達の入場が終って整列すると、やっと会場の参加者達から、声が漏れ始めた。
「なんという美しさだ。」
「色使いといい、形といい、こんな洋服があるなんて。」
「襟や袖のデザインが、全く違うのだっ。」
「身体の線が、美しく見えるように整えられている。」
「ああ、すごい服だあ。」
会場からは、ため息混じりの声が漏れる。
「こんな服を作って見たくないですか? 」
参加者達は、目の前に並んだモデル達の服装を、穴が開くほど見つめている。
「伯爵様っ、この、この服を作らせてもらえるのですか?」
「ええ、これから、クロートの服飾組合を作ります。その組合に加入した方達で、このような服を造ってもらいます。
今、お見せしていませんが、男性の服も、子供の服も造ってもらいます。」
「あの、加入するには、何か条件があるのですか?」
「加入は誰でもできますが、できた洋服の販売は、組合を通して行なっていただきます。勝手に、売ることは禁じます。
参加を希望する方は、この場に残ってください。希望されない方は、お帰りになって結構です。」
そう伝えても、立ち上がって帰る者は、ひとりもいなかった。
俺は、商業ギルド長のマーケットを呼び、服飾組合について話しをした。
「服飾組合は、商業ギルドとは別組織として作ります。つまり、服飾組合の組合員は、商業ギルドのギルド員と重複はさせません。
しかし、組合長は、商業ギルド長が兼務してください。基本的には、商業ギルドの仕組みと同じで良いでしょうが、服飾に関して特殊なケースも出てくるかと思います。」
「なるほど。かなり大きな組織になることを見越して、別組織にする訳ですな。
わかりました、商業ギルドの職員から、服飾組合に移す職員を選抜致します。」
服飾組合の本部建物は、商業ギルドの隣に建設されることになった。完成するまでは、商業ギルドの一室に間借りだ。
その一室に、今日は女性服を担当する組合員達が作業を行なっている。
「今日は、この服を解体しますよ。縫い糸を探して外してください。外したら、こちらに運んで型紙にとります。」
「服に付けてあるリボンやフリルは、どのようにすればよろしいのですか?」
「解体前に書き取った、服飾図に番号を書き込んで、外したリボンやフリルにその番号の札を付けておいてください。」
「型紙が採れたら、その型紙から、サイズ違いの型紙を作りますからね。こちらのサイズ表にしたがって作業してください。」
組合本部の作業室で採られた型紙は、複製され完成品の説明図とともに、各組合員の店舗に送られ、各店舗で生地の裁断と縫い上げが行なわれた。
そして、2ヶ月後には、一斉に新たな洋服が店舗に並んだ。
客達は、その斬新なデザインに目をみはり、また、これまでにない低価格に驚き、そして、豊富な品揃えに驚嘆した。
もちろん、爆発的な売行きである。
このクロート街の洋服の評判は、たちまち王都や国中に知られることとなり、たくさんの注文が舞い込む《一大センセーショナル》となったが、服飾組合では、既に対応を終えていた。
完成した服飾組合本部建物の作業室では、俺が日本から持ち込み、鍛冶ギルドで複製した《足踏みミシン》が、大量に注文された洋服を、一日何十着も仕上げていたのである。
クロートの街に、ファッションという、また一つ新しい魅力が加わったのである。




