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 気になることを聞いた休み明け。早速団長にリオナから聞いた話を伝えようと思ったら、部屋を出る前に、騎士団員が訪ねてきた。

 曰く、今日は私室に団長を迎えに行かず、直接団長室へ向かうようにと。


 いつもと違う流れに首をひねりながら団長室の扉を開けると、すでにそこにはランビック団長はもちろん、ドルトムンダー副団長と、さらにはヘレス様まで揃っている。

 全員が幽霊さんを知る人間だ。

 そして、全員、表情が硬かった。


 嫌な予感に胸をざわつかせていると、ランビック団長が口を開く。


「ウォルター嬢」



 幽霊が、俺以外の人間の前に姿を現した。


 


 そう言われて、最初に浮かんだのは、どうして、という疑問ではなく。

 ああ、やはり昨日リオナが言っていたのはあの幽霊さんのことだったのか、という納得だった。








 それは星祭りが終わって一週間、ようやく王宮内が落ち着きを取り戻した矢先の出来事。


 はじめに気づいたのは、王妃、王太子妃付きの侍女たち。

 ひとり、ふたりと物陰に怯えるようになったのだという。

 その中に、リオナの叔母様もいた。


 初めは皆、見間違えだと思ったのだそうだ。

 それはそうだろう。

 さらに、誇りをもって王宮で勤めている彼女たちが、主人の近くで幽霊を見たかもしれないと騒ぎ立てるとも思えない。

 そしてその想像通り、彼女たちは誰にもそのことは話さなかった。


 しかし、幽霊さんに遭遇した侍女たちは、恐怖を感じただけでなく、次第に身体も壊した。

 身体に支障をきたしてしまったからには隠してはいられない。

 悩んだ末、尊敬する主人ー王妃様に伝えたことで、王妃様が気づいたのだ。


 彼女たちは、同じなにかを目撃したのだと。

 そして、そのなにかは、決して見間違いなどではなく、実際に彼女たちを脅かしているのだと。



「王妃様が陛下に相談されてな。侍女たちにその幽霊の特徴を聞いたところ、俺につきまとっていた幽霊と同一なのではないかという結論に至ったんだ」


 今日君に朝の付き添いを頼まなかったのは、幽霊の現状がどうなっているか確認したかったんだ、と団長は言う。私が側にいて、幽霊さんを目撃していない間に、何か変化が起こっていないかを確認するために。


「まってください。ということは、私がいないときだと、幽霊さんは再び団長の前に姿を現したんですか?」

「ああ。やはり君がいないと普通に出てくるようだ。ボックに頼んで一緒にいてもらったが、すごい顔で睨みつけられたよ」

「あれはぞっとしたっすよ。団長を置いて逃げようかと」

「薄情だな…」

 だが、仕方ないか。と団長は肩をすくめる。

 それほどまでに、彼女の迫力はすさまじかったのだろう。


 星祭りまでつきっきりで側にいたから、彼女に遭遇することはなかった。

 だから、忘れてしまっていたのだ。

 彼女の、不気味さを。


「だが、それで確信を得た。やはり、今侍女たちに目撃されているのは、彼女だ」


 実際に、団長が幽霊さんを目撃した時間と侍女たちが幽霊さんを目撃した時間は綺麗にずれているのだという。


 しかし、侍女たちに目撃されている幽霊さんが、団長につきまとっている幽霊と同じだという確信がえら得たところで、良いことはなにもない。確信が得られたところで


 なにしろ、これまで団長の側にしか現れなかった幽霊さんが、他の人の前に現れ始めたのだ。

 そこに、団長はいないというのに。

 当然、これまでも幽霊さんに対処すべく動いていたが、緊急性が変わってくる。


「相変わらず、危害を加えるわけではないんだが…うちの団長ですら気が滅入る陰気臭さだ。普段華やかに暮らしている侍女たちに耐えられるわけもなかろうよ」

 そう、苦々しくいったのはドルトムンダー副団長。いつものおちゃらけた様子は微塵も感じられなかった。

「実際、幽霊をみた侍女たちは軒並み身体を崩して暇を請うている状態だ」

「それも幽霊さんのせい、ということですか」

「いや、わからない」

 ランビック団長はずっと付きまとわれて気が滅入りこそすれ、早々に体調を崩すことはなかった。

 確かに寝込んだことはあったが、目にしただけでそれほどの影響力はなかったはずなのに。


「まあ、侍女たちと団長の体力を比べるのも酷な話だけどな。だがそれを考慮に入れても」


 これまでと、何かが違う。


 

 それは、皆が感じていることだった。







「しかし、何が違うのでしょう…」

「それがさっぱりわからないんだよなあ。そもそもティナに近づいてこない、という以外にあいつについてわかることは何もないしな」

「そうですよねえ…」

 副団長と首をひねる。


 そもそも、なぜ私がいるときに出てこないのかすらわからないのだ。

 ヘレス様に「幽霊の嫌う臭いでもするんじゃないのか」と真面目な顔で言われたことはあったが、そんなまさか。

 うら若き乙女がそんな幽霊に嫌われる臭をだしているなんてそんな。

 本当にそうだったら少し悲しい。


「まあ、神官長たちも引き続き調べてくれているはずだし、他の人間にも影響が出始めたともなれば、さらに大々的に調べてくれるだろう。まずはその結果を待って……ん?」


 ランビック団長の言葉を遮るように、騎士団長室の扉がノックされる。


「失礼するよ」

 

 そう言って、こちらの返答を待たずに開け放たれた扉の向こう、お付きの人間の後ろから現れたのは、騎士団長以上に、私とは縁遠いはずの人。




「ああ、ちょうどみんな集まっているようだね」

 

 にやりと笑ったその人は。


「さあ、幽霊退治といこうじゃないか」


 我が国の王太子ースタウト王子だった。






 慌てて礼をとる私やヘレス様を制し、王子は悠々と騎士団長室へ入ると、空いている椅子に優雅に腰掛ける。


「スタウト王子…なぜそれを」

「それ、とは幽霊のことかな?知っていて当たり前だろう」

 だって、やつは母上と、そして私の大事なクラリスの前に現れたんだぞ。

 そう、苦々しげに言う。


 そうだ、先ほどの話では、最初に幽霊さんに気づいたのは、王妃、王太子妃お付きの侍女たち。

 であるならば、王妃のみならず、当然、未来の王太子妃の側にも彼女は現れたのだろう。

 婚約ほやほやの王太子が気にかけ、怒るのも無理からぬ話だ。



「しかし、退治すると言っても…何か策はあるのですか?」

 戸惑ったようにそう問いかけるのはヘレス様。


 そう思うのも無理はない。

 陛下が神官長と医局長、さらには呪術局長に頼んでも、自室と執務室に結界を張って避けることしかできなかったのだ。

 最近は私の影響で現れなくなったものの、ずっと付きまとわれていた私たちでさえ、私以外の対処法を見つけられなかったのに、それを退治するとは一体。


「実は、幽霊の正体をつきとめてみてはどうだろうかと考えている」

「正体、ですか」

「ああ」

 確かに、私たちは『幽霊』という存在の対処法を考えていた。

 だが、今あちこちに被害をもたらしている彼女が誰であるのか、どうして幽霊になったのか、彼女自身についてはあまり関心を払っていなかった。


 正体がわかれば、弱点なりなんなりわかるだろう、と王子はいう。


「しかし、どうやってつきとめるんです?」

「私なりに、推理をしてみたんだ」


 彼女は基本的に王宮にしか出てこない。だとすれば、王宮で亡くなったと考えたほうが自然だ。

 王宮は華やかな場であるとともに、血なまぐさい場でもある。

 しかし、王宮で強い恨みを残して亡くなった人間、となると圧倒的に男が多い。

「後宮にいた女性や、数は少ないが女性の罪人も考えてみたのだが、そうなるとこれまで騎士団長のみに取り憑いているのが不自然だ」

 そうした女性の幽霊ならば、騎士団長よりもむしろ王族に取り憑くはずだと王子はいう。

 神官長も医局長も呪術局長も対処できなかったのだから、その気になれば王族につきまとうこともできるはずだと。

 実際に、今彼女は騎士団長のみならず、王妃様たち王族の身を脅かそうとしている。


「で、あるとすれば、君個人に強い恨みのある女性…ということになるが…」

「自分で言うのもあれですが、心当たりがありません」

 男であればわかりますが…とランビック騎士団長も額に皺を寄せる。

「そうだな…。あとは恋人や夫を君に捕らえられた女性とか」

「逆にそこまで広げてしまうときりがありませんな」

「そうだろう。そこで手詰まりになったわけだ」

 スタウト王子は肩をすくめた。




 部屋中が沈黙に包まれる中、ふとドルトムンダー副団長が口を開く。

「ティナの路線ではどうでしょう?」

「ティナ?…ああ、君か…アルトの魔除けをしているという…彼女がどうした」

「あの幽霊はティナの前だけには出てきません。もしかしたら、ティナと個人的なつながりがあるのかも」

 そう言われ、部屋中の視線が私に向く。

 

「と、いうわけだがウォルター嬢。何か心当たりはあるかな?」

 そう言われても全く心当たりはない。

 正直にそう伝えると、今度はドルトムンダー副団長がたたみかける。

「全くないってことはないだろ。血縁者で亡くなった人間とかいないのか」

「そうですね…血縁者といっても、それほど身近な存在というわけではありませんが…。私が生まれてからは母方の祖父と、父方の伯母と…。あとは、私が生まれるずっと前ですが、父方の祖母の双子の妹くらいしか…」

「幽霊は女だから…可能性があるとしたら、その父方の伯母と祖母の双子の妹か?遠すぎる気もするが…」

「ちょ、ちょっと待ってください!それって私の親族が幽霊になって現れているってことですか?」

 それはあり得ないと言いたい。

 尊敬するランビック団長を悩ませていた挙句、王族に仇なしたとなったら、たとえ幽霊とはいえ、ごめんなさいと謝るだけではすまされないだろう。

「第一、うちの親族とランビック団長につながりはありませんよ!」

 考え込むヘレス様に、続けて抗議する。

 それに対して、ランビック団長も頷いてくれた。

「私自身もウォルター姓の者と争った覚えはないし、ウォルター嬢の郷里も訪れたことはない。亡くなったウォルター嬢の親族が私に危害を加えているとは考えにくいだろう」


 なんとか、うちの一族の名誉は守られたが、部屋は再び沈黙に包まれる。


 今度、その沈黙を破ったのは、スタウト王子だった。


「父上は神官長たちに指示を出して、幽霊という未知の存在への対処法を模索している」

 だから、我々は彼女自身について調べてみようと思う。

「私たちは彼女がかつて王宮で亡くなったのではないかという推理から、彼女自身のルーツをたどる」


 だから、ティナ・ウォルター。


 君も、君の存在がどうして彼女を遠ざけるのか、あらゆる面から考えて欲しい。


 一介の掃除女中にすぎない私に、我が国の王子は丁寧に頼み込んでくる。


「…わかりました」

 それを断る選択肢は存在しなかった。


 

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