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 私の熱は1日下がらず、結局お休みをもらうこととなった。


 そして全快した翌日。


「誠に、申し訳ございませんでした」


 私が騎士団の皆さんに言おうとしていたその言葉は、女中寮を出てすぐ、騎士団に向かう廊下にいた不審者に奪われることとなった。




 きっちり90度、流れるような仕草で、最敬礼と共に謝罪をしてきたその人は。


 そう、誰であろう会計省の悪魔ーヘレス・デュンケル様だった。








「過労で倒れるまで、君を働かせるなんて…私は間違っていました。君は、掃除だけではなく、大きな使命を負っていたのに…。私が短慮でした。もう二度と、君の使命を邪魔しないと誓いましょう」


 無表情で淀みなく紡がれる謝罪に、どうしていいかわからない。


 この人こんなに殊勝な人だったかしら…。

 たしか女中仲間に聞いた話じゃ、あまりの潔癖さに根をあげ、体調を崩した新人に向かって「この程度で王宮に仕えようなどと…身の程知らずとしか思えませんね」「もう一度、見習いからやり直しなさい」等々、容赦ない言葉を浴びせていたはず。


 おかしい。


「許しては…いただけないでしょうね…こんな私など…」


 うっすら涙まで浮かべて、すがりつくように手を握られた。


「いや、許す許さないとかではなくて…」

「やはり、許していただけない…」

「いや!ゆるす!許します!これからも一緒にお仕事頑張りましょう!?」


 やけくそで叫ぶと、目の前の悪魔は今まで見たことがないような極上の笑みを浮かべた。


 綺麗な顔をしている人が涙目だと迫力があるんだよな…。

 押し負けた私は悪くない、絶対。








「ウォルター嬢!」


 先ほどの出来事に首を傾げながら団長室へ向かうと、ちょうどドアを開けた団長が気づいて、こちらに駆け寄ってくる。


「ランビック団長。昨日は、申し訳ありませんでした。幽霊さんは大丈夫でしたか?」


「いや、幽霊よりも君の体調が心配だ。もう大丈夫なのか?」

 かなり熱が高かったようだが、と心配してくれる。


 この人の心配は素直に受け入れられる。

 心配をかけたことは申し訳なく思うが、そこまで純粋に心配されるとなんだかくすぐったい。

 

「私はもうばっちりです!星祭りが近いのに、お休みをいただいてしまって…大変申し訳ありませんでした」

「いや、休みも取らせずにこっちの都合につき合わせているんだ。気にしないでくれ」


 ランビック団長は、私のおでこに手を当てつつ、再び心配そうな顔をする。


「本当に全快したのか?なんだか、まだ熱い気がするんだが…」

「…気のせいです」



 今度こそ、絶対に、その熱さは体調の悪さのせいではありません。

 あなたのその優しい言葉と、無意識なボディタッチのせいです。


 私は、真っ赤な顔を俯けた。









 優しいランビック団長に、「デュンケル様に謝られたんですが、変じゃありません?気持ち悪くありません?」などと、非道なことは聞けるはずもなく。


「あー、ヘレス殿なあ…」


 こういうときは、困った時のドルトムンダー副団長。

 

 なにやらもごもごとして、なかなか教えてくれないので、必殺賄賂「可愛い料理女中カーラちゃんのお手製クッキー」を渡したら、あっさり口を割った。

 カーラちゃん、こんな後ろ暗い取引にあなたの絶品クッキーを使ってごめん。


「お前が昨日休んだときな、案の定あの女が復活したんだよ」

「女?」

「幽霊」

 はっきり言わせんなバカと顔をしかめる。


「しかもなあー久しぶりに登場したからかなんだかわからないが、いつもより一層顔が怖くて」

 迫力満点だったそうだ。


「まあ、結論から言うとヘレス殿は幽霊が苦手だったんだな」

 とっても、すごく。

 もっとわかりやすくいえば…そう、失神するほど。


「幽霊も幽霊で、やたらとヘレス殿を睨みつけるし」

 それなんて地獄絵図。




 それは、行き違いが生んだ悲劇だったそうだ。


 会計省の人たちは、当然幽霊のことなど知らない。星祭りに文官を派遣するのは毎年のことだが、指名されるのは珍しいと思いつつ、デュンケル様の派遣を依頼されたから、そのままその指示を受け入れ。

 事情を知る陛下は、「頭が硬そうなあの男にいっても信じないだろうなー。まあ、あいつ苦手なものなさそうだし大丈夫だろ(要約)」と考えて、事情を話すように指示をせず。

 騎士団としては、簡単な事情は聞いているだろうし、ティナ(わたし)がいれば、幽霊に遭遇することもないのだから、問題ないだろう、と考えていたらしい。


 皆様、私よりも身分の高い人で、立場のある人で、賢い人たちだが、さすがに言ってやりたい。


 みんな、そういうことはちゃんと話し合おう?







「まあ、意識が回復したあと、事情を洗いざらい俺が説明したんだが」

 そこで、今まで幽霊さんが登場しなかった理由ーつまり私の存在意義を知ったらしい。


 なるほど。

 それで今朝のあの態度か…。



「あの人もなー頭いいんだけど、意外と短絡的なとこあるよな」

 それは、ドルトムンダー副団長には言われたくないと思います。


 懸命な私は、その言葉を飲み込んだ。






 その日から。

 病み上がりだからと気を使うランビック団長に遠慮しつつ、私はもう一人無駄に気遣ってくる相手と戦っていた。


「ウォルター嬢、そんな無理しなくていいのですよ?お茶でも飲んで、休憩しなさい」


 そう、デュンケル様だ。

 デュンケル様は今朝一番の、あの謝罪以降、嘘のように優しくなった。

 そして、今までは全自動箒程度にしか思っていなかった私を、より一層側から離さなくなった。


 裏がありそうですごく気持ち悪い。


 いや、裏はばっちりあるし、その裏が何かも知っているのだけれど。






「うむ…」


 今日も今日とてランビック団長の表情が険しい。


 星祭りがいよいよ近づいて忙しくなってきたからかと思っていたけれど、どうやらそれだけではないらしいと気づいたのは、それから二日後の午後。


 一緒に休憩を、と誘われたときのことだった。



「最近、難しい顔をされてますね?また、幽霊さんですか…?」

「いや、君がいる限り、彼女と会うことはないよ。ありがとう」


 君のおかげだ、とにっこり笑われる。

 幽霊さんのことではないのなら。

 一介の掃除女中がこれ以上立ち入っていいことではないだろう。


 そう、口を噤む私に対して、ランビック団長が気にせず続ける。


「実はな、ヘレス殿の調子が最近悪いんだ」

 曰く、いつもはしないような計算ミスをするようになり、計算自体も時間がかかるようになってしまったらしい。

 また、ぼうっとしていることもあるとか。


「ずっと側にいるんだが、不調の原因が全く分からなくてな」

 私と同じくらい、彼の側にいる君なら何かわかるかもしれない。


 そう、悩ましげに問われた私は。




 とっても不本意で、悔しいけれど。


 彼の不調の原因が一発でわかってしまったのだった。



「あの…ランビック団長」

「なんだ?」

「なんとなく私、原因がわかる気がします」

「本当か!?」

「はい、多分…うまくいけば今日中に元に戻るかと…」

「そうか…」


 君は、どこまでも頼りになるな、とそう言って微笑んでくれたランビック団長は。

 微笑んでいるのに、どこか寂しげに見えた。


 そんなに、悩んでいたのかな。










「デュンケル様。今、お時間よろしいですか?」


「なんです?休憩するなら、君だけ先にとりなさい」

 ただ、この部屋にいるように、と。


 相変わらず優しい。

 今までなら、「休む間があるならそこの埃を拾え」といっていたのに。

 目の前に、はっきりそうと見て取れる大きさの埃があるのに、そんなことを言う。


「ちょっとお話がしたいのです」

 掃除女中が仕事中の文官を邪魔するなんて、よくないことは重々承知だけれど、今後の仕事に関わってくるのだから、ここは強気でいかなきゃ。


 女は度胸。



「…わかりました」


 デュンケル様は、訝しげな顔をしつつ、意外とあっさり了承してくれたのだった。








「お時間がないかと思いますので、結論からいいます」

 デュンケル様、無理しないでください。


「今は無理を押してでもやらなければならない時期でしょう。星祭りはもうすぐそこに迫っているのですから」

「そうではなくて…」



「鬼畜で悪逆非道な発言と、異常な潔癖症を、我慢しないでください!」


「ぶほっっ」


 いつも冷静なデュンケル様が、すごい勢いでむせた。


「な、なにを…」


「それで最近調子が悪かったんですよね?」


 デュンケル様が、個人的に掃除女中を付けてもらうなどといった我が儘が許されていたのは、彼が優秀だから。

 そして、掃除女中をつけなければ、その優秀な彼に支障が生じるほど、重度の潔癖症だから。


「正直、ネチネチ言われるのは腹が立ちますし、細かすぎるとしか思えません」

「本当に正直に言いますね」

「けど」


 今は、みんないつも以上にがんばってる。

 星祭りを、無事に迎えるために。


 それなら私も。


「私も、掃除女中としてのプライドがあります」


 熱が出たのは過労のせい、というのは感じているし、今の調子でずっと働いていれば、身体が持たないだろう。

 けれど、星祭りまでなら。


「私も、星祭りまで全力を尽くします」

 ですから、あなたも星祭りまで、全力を尽くしてください。


 私はそのサポートをするから。


 他の文官の力なんて必要としないほど、一人で全てこなしてしまうこの優秀な人をサポートできるのは、掃除女中(わたし)だけだから。



 デュンケル様が配属されてから、こんなにまっすぐ彼の目を見たことはない。

 呆気にとられたようにこちらを見つめるデュンケル様は、思っていたよりも若く見えた。



「ははっ」


 あ、笑った。

 こんな無邪気な顔も初めて見た。


「まったく。私にそんなことを言ってのけたのは君が初めてです」


 無邪気に笑ったかと思えば、今度はニヤリと口角を上げる。


「ですが、今の話と『鬼畜で悪逆非道な発言』、というのは関係ないのではないですか?」

「そ、それは…」


 つい口が滑りました。


 だが、怒っているかと思いきや、そうではないらしい。


「ウォルター嬢…。いや、ティナ嬢」

「はい」

「君がそんなに私に嫌味を言われたいと思っていたとは」


 それは全力で否定させていただきます。


 引きつった私を、彼はとても愉快そうに見つめる。


「わかりました。私はもう、星祭りまで我慢しません」

「…はい」


 本音をいうと、清掃に関して我慢はしなくていいから、ちょっと優しい言い方をしてほしい気持ちはある。

 そんなことをいえる雰囲気じゃないな…。

 いや、けれど言うしかない。

 少しでも今後の私の生活を平穏にするために。



「あの、デュンケル様」

「ヘレスです」

「はい?」

「私の名前。ヘレスと呼んで構いません」

 君は、私の同志でしょう?


 そうしてにやりと笑った彼を見て。


 私は、やはり自分の短慮を早急に治すべきだと悟った。


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