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 あの日、私は自分の怒りにとらわれ、大切なことを忘れてしまっていた。




 そう、ドルトムンダー副団長に「1週間は試用期間」と言われていたことを。

 





「え、今日から私が団長付きに…?」

「お前といた8日間、まじで幽霊が出なかったからな。正式採用」


 ほんとはなー昨日これを言おうと思ってたんだけどなー


 そうぶつぶついいながら、ドルトムンダー副団長に渡されたのは、騎士団の紋様が刻まれたブローチ。

 それが、騎士団付きの証なのだという。


「他の部署から文官が派遣されたときも渡してるやつだ。それをしてる限りは、お前も騎士団の仲間として、自由に出入りできる」

「そんな…そんな大切なものを、私がいただいてしまってよろしいんですか?」

「当たり前だろ。お前には、これから星祭りまで団長に付きっきりでいてもらわなきゃいけないんだから」


 まさかの特例措置。

 そんな恐ろしい存在なのか幽霊さん。


「なるほど…。しかし、こんなちんちくりんが側にいてもいいものでしょうか…」

「…お前、意外と根に持つやつだな…。さっきちゃんと詫びに菓子やっただろ…」

あれ、高かったんだぞ。とぶつくさ続ける。


 そう、ドルトムンダー副団長は、このバッジを渡す前に「悪かった」という言葉と共に、クッキーをくれた。

 最近、女中たちの間で話題になっている有名パティスリーのもの。

 …さすが、女性の扱いに慣れていらっしゃる…。


 まあ、何はともあれ私たちはそれで一応仲直りをしたのだった。

 まだ、ちょっとだけ根に持ってるけど。


「ですが、さすがに不審がられるのではありませんか?シラミの話はそうそう何度も使えませんし…」

 ティナ・ウォルター特製シラミ避けハーブブレンドは優秀だ。1週間もあれば、シラミを駆逐してしまう。


「安心しろ。それについては考えてある」

 そういってにやりと笑ったドルトムンダー副団長に、私はここ1週間で頻繁に感じるようになった嫌な予感を再び感じたのだった。






「団長ー連れてきましたー」

「失礼いたします」


 ドルトムンダー副団長に連れられて向かった団長室には、ランビック団長の他に眼鏡をかけた細身の男性がいた。

「ウォルター嬢、紹介しよう。文官のへレス殿だ」

「はじめまして。ヘレス・デュンケルです」

「はじめまして…」


 人を見た目で判断してはいけないが、どことなく神経質そうな雰囲気のする男性だった。


「彼は会計省の人間でな。星祭りのために派遣してもらった」

「会計省…」


 会計省は、国の予算全体を統括する部署だ。

 その仕事は、国家的政策に対しての予算から、私たち掃除女中の掃除道具の購入まで多岐にわたる。


「星祭りのときは、騎士団も出費が増えるからな。今年は彼に来てもらうことになった」

 星祭りのときには、騎士団の服装も特別なものになる。その装飾を購入する予算や、警備のための設備に対する支出諸々。

 基本、文官が最低限しかいない騎士団では、急に増加するそれらの事務処理が追いつかず、毎年会計省の人を助っ人として呼ぶのだという。

 ああ…最近文官の皆さん仕事忙しすぎて顔色悪かったもんな…。


「基本的には、ヘレス殿には、団長について、補佐をしてもらことになる」

「それと私と、一体どういう関係が…」


 そう言うと、ランビック団長は困ったような顔を。

 ドルトムンダー副団長は、面白そうな顔を。

 デュンケル様は一切興味がなさそうな顔をした。


「ヘレス殿はな…その…とても綺麗好きなんだ」

「はあ…」

「団長…それじゃだめっすよ。いいか、ティナ」

 ヘレス殿は、極度の潔癖症なんだ。


 言葉を慎重に選ぼうとしたランビック団長の思いやりを無視し、笑顔で教えてくれたのはドルトムンダー副団長だった。

 それに、当のデュンケル様が否をとなえる。


「極度、とは言いすぎです、ドルトムンダー副団長。王宮内に塵一つ、埃一つないのは当然ではありませんか」

「あ、なんとなくわかりました」

「お前察しが良くなってきたな」


 王宮は広い。

 掃除女中は十分な数がいるし、毎日隅々まで丁寧に掃除されているが、それでも埃一つ残さぬ状況を保ち続けるのは至難の技だ。

 塵も埃も掃除をしたそばから、舞い込んできてしまうのだから。

 それを当然、とは。

 なるほど彼はなかなかの潔癖症であるようだ。


「そこで、お前の出番なわけ」

「なるほど。私はデュンケル様に付いてまわって、ひたすら掃除をすればよろしいんですね」

「…お前、本当に察しが良くなってきたな」


 デュンケル様に付いてまわるということは、必然的にデュンケル様が付いてまわっているランビック団長に付いてまわるということ。


「星祭りまであと2週間。お前には、今まで騎士団でシラミ除去をしてもらっていたという実績があるからな!このまま騎士団に慣れてるお前に頼もうっつー筋書きでいく」

「なるほどですね!」


 シラミよりも断然まわりに優しい理由だ。

 デュンケル様、ありがとう!


 呑気な私はそんなことを思っていた。



 心配そうなランビック団長の視線には気づかず。








「ティナ!あなた、会計省のデュンケル様付きになったって聞いたけど、大丈夫なの?」


 デュンケル様を紹介されてすぐ、ランビック団長は視察があるとかで、王宮の外へ向かった。その団長を玄関まで見送ったあと、私は久しぶりにお昼を取るため、女中たちが利用する食堂に立ち寄った。


 そこで偶々行き合ったのはシルヴィとリオナ。

 久しぶりに会えて嬉しくなり、駆け寄ると、彼女たちに浮かない顔で迎えられた。

 そして先ほどの問いかけをされたわけだ。


「?そうだけど…。よく知ってるわね」

「もうー!なんといってもデュンケル様のことだもの。すぐに噂になるわよ」


 デュンケル様のことだから?


 たしかに彼は優秀だし、ちょっと冷たそうに見えるものの、整った顔をしているが。

 そんなにすぐに話題になっていまうような何かはあったかしら?



 首を傾げていると、リオナのみならず、シルヴィもじれったそうに言い募る。


「ティナ、忘れたの?デュンケル様って、あの『会計省の悪魔』よ」

「……え?」





 会計省の悪魔。

 そのおどろおどろしいあだ名は、彼のために仕事をした掃除女中たちがこっそりつけたものだ。


 通常掃除女中は、誰か特定の人に付き従ったりということはない。


 例外は今の騎士団と。

 そして、会計省の優秀な文官でありながら、あまりの潔癖症で掃除女中たちを泣かせに泣かせているその人。


 ネチネチネチネチ指摘され、その指摘も回りくどい。

 誰がつけたか、ついたあだ名は『会計室の悪魔』。





「私、その人の名前までは知らなかった…」

「ティナは夜勤いっぱい代わってあげてるからねえ…。うまく今まで当たらなかったんだね…」


 そう言いながら、同情したようにリオナが私にそっと本日のデザートを譲ってくれる。


「いつまでデュンケル様に付いてなきゃいけないの?」

「…星祭りまでの2週間…」

「うわあ…それを一人で…女官長も鬼ね…」


 実際のところ、女官長はこの案件に関与していないのだが、そう正直に言うこともできず、曖昧に笑ってごまかす。

 ごめんなさい、女官長。


「ティナ、コツはね」

 あいつを、置物だと思ってひたすら埃を見つめることよ。

 目があうと、石化するわよ。


 そう、アドバイスになっているのかなっていないのか、よくわからないことをいって、シルヴィも私の方へ本日のデザートをそっと押しやった。







「あなたは歩きながら寝ているのですか?」

「いえ、起きていますが…」

「では、きちんと目を開けていないのでしょう。もう少し視野を広げないと、見えるものも見えませんよ」

ほら、この埃とか。


 そういって、完璧に掃除されたはずの床に舞い降りた、米粒ほどの埃をじいっと見つめた。

 

 さっきまで、書類をずっと見つめていたのに、いつ気づいたのやら。




 二人の忠告通り、そしてこれまで同じ掃除女中たちから聞いていたように、彼は非常に細かく、非常に回りくどく指摘してきた。

 まあ、端的に言えば、非常に嫌味で陰険で細かくて…いや、この人のことを考えるのはここまでにしよう。


「ティナ」


 あれは置物。

 そして私は埃を狙う狩人。

 ホコリダイスキゼッタイノガサナイヨ。



「おい、ティナ!」

「はいっ」

「大丈夫かお前。ほら、団長が会議に出るから一緒に行ってこい」


 呆れたようにドルトムンダー副団長に呼ばれ、扉の外に押し出される。


 外には心配そうなランビック団長と。

 馬鹿にしたように鼻を鳴らすデュンケル様がいたのだった。



 やっぱりむかつく…!









「ウォルター嬢、こんな夜分遅くまですまないな」

「いえ、お仕事なんですし、お気になさらないでください」


 会計省の悪魔と仕事をするようになって、早3日。

 初日はひたすら唖然とし。

 2日目は怒りを堪え。

 3日目には疲れがでてきた。


 それでも頑張れるのは、他の騎士団員や文官たちが同情して気を使ってくれたり、悪魔から解放された掃除女中たちが甘味を差し入れてくれたり。

 そしてなにより、デュンケル様があまりに言い過ぎたとき、やんわりと、それでいてはっきり注意してくれたランビック団長の存在があったからだった。


 けどごめんなさい。

 私が怪しまれないようにとデュンケル様を連れてきたのはやっぱり少し怒っています。



「本当なら、私が送っていきたいのだが…」

「ダメですよ。折角最近幽霊さんを見かけなくなっていたのに」


 相変わらずランビック団長は申し訳なさそうに言ってくれるが、私はこんな風にフランクに話せるようになった今の状況がちょっと嬉しい。不謹慎かな。


「デュンケル殿もな…優秀な人なんだが…もう少し言い方がどうにかならないものか…」


 あ、また眉毛がハの字になっている。

 最近この表情を見てばかりだな…。


「デュンケル様が嫌でないといえば嘘になりますけど…」


 でも、あの人が優秀なことは、一介の掃除女中である私にもよくわかる。

 だって、団長の上に積み重なった書類が圧倒的に少なくなったもの。


「星祭りまで1週間と4日。なんとか食らいついてみせます!」

 実際、最近は団長に付いてまわっていた関係で、掃除については楽をしてしまっていた。


 私は掃除女中なんだもの。

 これが本業、がんばろう。


 そしていつかはデュンケル様と和解…は無理かもしれないけど、せめて鼻で笑われない間柄に…。

 そう決意し、拳を握る。


 そして、その決意は心の中で言っているつもりだったのだが、いつのまにか口に出てしまっていたらしい。



 ぽかんと口を開けるランビック団長を見て、そのことに気づいた。


 恥ずかしすぎる。


 真っ赤になり、顔を伏せると、正面から噴き出すような笑い声が聞こえた。


「君は前向きだな。私も出来る限り協力しよう」

 そういって優しく頭を撫でてくれる。


 ひんやりしていて、大きな手。

 剣を扱うそれは、とても硬い。

 私とはまるで違うその手の感触に、胸がどきどきした。





「む?」

「え?」

 訝しげな声に、自分の顔が赤いのも忘れて顔を上げる。

 そして目があったランビック団長は、今度は真面目な顔をしていた。


「ウォルター嬢」

「はい」

「少し熱い気がするのだが…もしや、熱はないか?」

「…ありません…」


 それ多分違う熱です。

 そう、声にならない言葉を発して、「おやすみなさい」とそそくさと自分の部屋へ戻った。







 その翌朝。


「過労かしらねえ」


 実際に熱を出し、勘違いしていたのは自分の方だったと気づいたのだった。


デュンケルの名前をアルト→ヘレスに変更しました。

騎士団長の名前と被っていたことに気づいていませんでした…。

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