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 この状況を鑑みるに、先ほどドルトムンダー副団長が言っていた『魔除け女中』とは、私のことだ。


 なにが悲しくてそんな便利道具のようなあだ名を拝命したのかは全くの不明だけれど。






「えっと、ドルトムンダー副団長。私、何かしましたか…?」


 相手は副騎士団長。

 こちらから話しかけるのは恐れ多いことこの上ないが、このまま無言で引きずられていてもらちがあかないので、勇気をだして恐る恐る話しかけてみる。


 一介の掃除女中が騎士団副団長と接する機会なんてまずないと思うのだけれど、どういうことなのだろう。


「いや、ちょっと相談があって…。まあ、詳しくはついてから話すから」

 私が勇気に対して、副団長の返答はあっさりしたものだった。

「はあ…」

 この様子だと到着するまで説明してもらえそうにないと、それ以上の追求は諦める。


 せめて自分できちんと歩こう。


 そう心に決め、ほんの少しだけ歩調を早めて副団長を追った。







 そのまま無言でやってきたのは、騎士団長執務室前。

 昨晩見た騎士団長の私室と同様に、狼をモチーフにした騎士団の紋章が刻まれた重厚なその扉を、副団長はノックせずに軽く開ける。


「団長ー!魔除けを連れてきたっすよー」


「「魔除け?」」


 首をかしげた私と同じ反応が室内のランビック騎士団長から返ってきたのだった。





「ボックお前な…」

 最初こそ、私と同じようにぽかんとしていた騎士団長だったが、すぐに状況を理解したらしく、呆れたような表情を浮かべる。


 まあ、私は全く理解していないのだけど。


「団長。星祭りが近いんすから、助けになりそうなものならどんなに可能性が低くても、嘘くさくても、頼りなくても試してみるべきっすよ」

「しかしだな…」


 うん、よくわからないけど、私はけなされているのかしら…?


「あーっと、今更だけど確認。君だよね?昨日団長のこと私室まで送ってくれた掃除女中って」

「はい。ティナ・ウォルターと申します」


 ランビック騎士団長のところへ連れてこられた時点で、うっすらそうかなと思っていたけれど、やはり話とは昨日のことについてだったらしい。


 先手必勝。


「任せてください。昨日のお約束どおり、誰にも話しません」

「は?」


 昨日の口止めだろうと思ったが、違ったらしい。

 胸を張っていったからちょっと恥ずかしい…。


 そっと頬を赤らめていると、ドルトムンダー副団長と同様に私の返答に目を見張っていた騎士団長がふっと優しげな笑みを浮かべてくれた。やっぱり恥ずかしい。


「ウォルター嬢。君が誰にも言わないと昨晩約束してくれたことはよく覚えているし、君が約束を違える女性だとも思っていない。ボックが君を私のところへ連れてきたのは、おそらく別の理由だ」


「別、ですか…?」


 今度は私が目を見張る。

 何度も言うが、一介の掃除女中である私に、騎士団副団長との接点などない。


「そうそう。口止めとかじゃないない」


 誰かに話したところで信じてもらえるとも思えないし。と軽く続けたのはドルトムンダー副団長。

 もっともである。


「君にお願いしたいのはさ」



 騎士団長の護衛。



 と、彼はにこやかに言った。







「ご、護衛ですか…?わたしが?騎士団長の?」


 思わずランビック騎士団長の身体を上から下まで眺めてしまう。

 鍛えあげられた身体。

 見上げるほど高い身長。


 どう考えても護衛が必要だと思えないし、まして運動など幼少期に野山を駆け巡った程度の経験しかない私に騎士の護衛が務まるとは思えない。


 というか、普通護衛をするのは騎士のほうではないのか。


 私の困惑を理解してくれたのか、ドルトムンダー副団長が苦笑をもらす。

「いやいや、物理的にじゃないよ。精神的に…というか心霊的に?」

「はあ」

「なんかさ、君といると彼女が出てこないみたいなんだよね」

「彼女?」

「そそ、うちの団長に四六時中付きまとっている透き通る女性」


 ああ、昨日いっていた、あの。

 幽霊さん。




「…まぐれじゃないんですか?」


 悲しいかな、私がランビック騎士団長とお話ししたり一緒に歩いたのは、昨日のわずかな時間だけ。

 たまたまその時に幽霊さんが出なかっただけで、私のおかげとかではないんじゃないだろうか。


 というか、魔除け女中ってやっぱり私のことだったのか。

 魔、というかこの場合は…幽霊除け?


「いやいや!ちょっとの時間でも廊下を渡りきる間一回も出てこなかったのは奇跡だって!しかもあの幽霊、男といるときより女といるときのほうが頻繁に出てくるし」

「そうなんですか?」

「そうそう」


 曰く。

 先日の独身さよならお見合い舞踏会(命名:ドルトムンダー副団長)の際、社交界の華、クリスティーナ様をエスコートしていたときには、それはもう付きっきりで(幽霊のくせに)熱い視線と、ぶつぶつと不気味なつぶやきをプレゼントしてくれたのだという。


 その結果。

「クリスティーナ嬢が怖がっちゃって、団長に向かって二度と自分に顔をみせるなというし、団長は団長で気力を吸われたみたいで、次の日寝込むし、散々だったんだよねー」


 声の調子こそ明るいが、苦り切った表情でドルトムンダー副団長がいう。


「四六時中そんなのがそばにいたら、身体が休まらないだけじゃない」


 周りの気配を追えなくなる。


 うちの国が平和とはいえ、武人たるもの常に周囲に気を配らなければならない。

 その集中力が切れたとき。

 刺客に襲われないとも限らないのだ。


「特に、もうすぐ星祭りがあるから、各国から要人が集まる。幽霊なんぞにかまってる暇はないっていうのに…」


 そっか。


 平和すぎて忘れそうになるけれど、彼らが気をくばってくれているからこそ、今、平和なのだ。


 自分の手のひらをぎゅっと握る。

 もう一度、勇気を出せ。自分。


「あの…」


「ん?」


「ご事情はなんとなくわかりました。昨日、ランビック騎士団長もありとあらゆる方法を試したとおっしゃっていましたし…もし、私で何かお役に立てることがあれば、協力させてください」


 そう、伝えたときのドルトムンダー副団長のにんまりとした笑みを見て、私は自分が早まった選択をしたのかもしれないということに気づいたのだった。







「本当に効果がありそうだったら騎士団の仕事に付いてきてもらうことになるけど、とりあえずは様子見かな」


 私の承諾を得たドルトムンダー副団長の仕事は早かった。


 早速女官長にかけあい、私を騎士団周辺区域の掃除担当に移動させ、掃除の割り当ても従来よりも自由がきくものに代えてくれた。


 そしてあれだけ私を焚きつけてきたにも関わらず、ドルトムンダー副団長は意外と冷静で、「試用期間を設ける」と告げられた。


 まずは1週間、簡単なことで試してみる。

 本当に私に魔除け効果がありそうであれば、本格的に騎士団長の側に使える。

 さらに、同時並行で私にどうして魔除け効果があるのかを調べる。


 という流れの予定らしい。

 


 そして最初に依頼されたのが。








「情けないな」

「え?」



 私の今週の仕事は夜、ランビック騎士団長が廊下を行き来するときに付き添うこと。

 早番の仕事を免除してもらい、団長が執務室にいる間は執務室周辺を、鍛錬場にいる間は鍛錬場周辺を掃除する。

 移動時には、団長に鈴で合図してもらい、共に移動する、というシステムだ。


 まずはこれで様子を見ようということらしい。


 この様子見には、私の魔除け効果確認の他に、私にとってのみ、重要な意味があった。



 すなわち、憧れの人の顔を間近で見て話しても緊張しないようになる、という練習的な意味合いが。



 

 そんな緊張している中で告げられた、聞き捨てならないその一言に、思わずうつむきがちだった顔をあげ、ランビック騎士団長の方を見遣って。


 そして息を飲んだ。


 月光に照らされたその青い青い瞳は深い憂いをたたえていた。



「騎士団長ともあろうものが、女性の幽霊を怖がって、君のような華奢な女性に夜道を歩かせることになるとは」

 ほんとに、情けないといって重ねてうなだれる。


 こういうとき、なんと声をかけていいのかわからない。

 わからないけど。


「ランビック騎士団長が、悪いわけではないです」


 幽霊がランビック騎士団長になぜ執着するのかはわからないけれど、こんなに優しい彼が幽霊の恨みを買うようなことをしたとはどうしても思えない。

 それに。


「こんな普通な私でも、王国の平和のために一生懸命努めてくださっている騎士団長のお役にたてて、嬉しいんです」


 不謹慎ですけど、といって出来る限りの笑顔を向けた。


 ランビック騎士団長は面食らったような表情をしていたが、やがて私に釣られるように安心したような笑みを浮かべ、「ありがとう」と言ってくれた。



 そしてそれを直視した私は、今度こそ顔をあげられなくなったのだった。








 その日、自分のことでいっぱいいっぱいになっていた私は、次の日ドルトムンダー副団長から「やはりお前は魔除け女中だな」といわれてようやく、昨日も女性幽霊に遭遇しなかったことに気づいたのだった。 


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