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8月完結予定だったのが気づけば9月ももう終わりそうに…。

毎度申し訳ありません。

 訝しがるクリスティーナ様を説得し、次の日、共にスタウト王子の部屋を訪れた。

 前日のうちにドルトムンダー副団長とヘレス様には事情を話しておき、クリスティーナ様を迎えに行っている間に王子に話を通してくれるよう、頼んでおいたのが功を奏した。

 スタウト王子はクリスティーナ様と共に訪れたことに違和感を感じる様子もなく、にこやかに迎えてくれる。

 ランビック団長に不信感を抱いていたクリスティーナ様もそんなスタウト王子の顔を見て、少し安心した様子だ。


「お久しぶりでございます、殿下。クラリス様はお元気でいらっしゃいますか?」

 社交界の華と謳われるにふさわしい優雅な礼で挨拶をするクリスティーナ様に、殿下も気さくに話しかける。

「ああ。クラリスもあなたに会いたがっていた。…実はしばらくクラリスに会うのを控えてもらっていたのは、これから話すことと関係があるんだ」


 そう言って殿下はこれまでの幽霊さん騒動のあらましを伝える。

 荒唐無稽な話だが、ランビック団長の背後にいる彼女を見たことがあるクリスティーナ様は、さほど驚いた様子も、疑う様子もなく、その話を受け入れたように一つうなずく。


「なるほど。最近侍女たちが体調を崩しているという話を聞いていたので、質が悪い風邪でも流行っているのかと思いましたが…それ以上に質の悪いものに目をつけられてしまった、ということですのね」

「そういうことだ。それで、その幽霊を退治するためにも、その正体について探っていたんだが…」


「私が呼ばれた訳がわかりましたわ。そういうことであれば、もう正体を探る必要はありません。私にははっきりと分かっております」

 自身満々なクリスティーナ様にさすがのスタウト王子も戸惑ったように問いかける。

「というと…?」

「はっきりとこの耳で幽霊の恨み言を聞きましたもの。すべての元凶は…」

 そう言ってクリスティーナ様は普段の穏やかな笑みからは想像ができないような険しい表情でランビック団長を睨みつけた。


「そこにいる、アルト・ランビック様ですわ」


−ティアナを愛していると、絶対に守るとそう誓ったのに、裏切るのね。

−ティアナはあなただけを愛して、故郷を離れてあなたのもとへ行ったのに、裏切るの。

−許さない。

−赦さない。

−ティアナを返して!!!


 ランビック団長がクリスティーナ様をエスコートしたあの夜、幽霊さんは、延々とそう繰り返していたらしい。

 そう、クリスティーナ様はは幽霊に怯えて団長を避けていたのではない。

 女性に不誠実な男性だと思い、二度と会いたくないとそう言ったそうだ。


「ティアナというのは、あなたでしょう?」

 そう言ってクリスティーナ様は私の方を振り向き、申し訳なさそうに眉を下げる。

「てっきり独身で誠実な方だと思っていたから、舞踏会でもエスコートをお願いしましたのに。まさか将来を誓い合った女性がいたのにそれを隠していたなんて。あなたには本当に申し訳ないことをしたわ」

 今にも頭を下げそうなクリスティーナ様のその言葉に、全く身に覚えの無い私は必死で首を横にふる。

「クリスティーナ様!私に謝るのはおやめください!それは勘違いなのです!」

「勘違い…?あなた、まさかあの男にそう言いくるめられて…!」

 誤解を解こうとすればするほどなぜかどんどん悪い意味にとられていき、般若のような形相になっていくクリスティーナ様を前におろおろしていると、後方から冷静な声が届いた。

「なるほど。すべてつながったね」

 口を開いたのは、静観していたスタウト王子だ。


「つながった…?アルト・ランビックの悪行の証拠が見つかったのですか?」

 もう敬称すらつけなくなったクリスティーナ様の言葉に団長も居心地悪そうに身動ぐ。

 それをスタウト王子は静かに否定した。

「いや。アルトは、幽霊に彼の大叔父、アルト・ローストバーレイだと思われているのだろう。アルト・ローストバーレイの妻はティアナ。あなたが聞いた名前と一致する」

「しかし…」

「そもそもそこにいるウォルター嬢の名前はティナ。ティアナではなく、ティナだ。これまで幽霊を調査する中で我々もある推論にたどり着いていてね。あなたの話はその推論を裏付けてくれそうなんだ。まずはその話を聞いてもらえるかな?」


 そうして、今度は私の実家やポーター様に聞いた話をもとに、私たちがたどり着いた推論について説明する。

 すべてを聞いた後、クリスティーナ様は静かにうなずいた。

「なるほど。エレノア様は親友の夫が不貞をしていると思い、あれほどお怒りになっていらっしゃったのですね」

 そうしてランビック団長の方に振り向き、深く頭を下げる。

「ランビック団長、大変申し訳ありません。私の一方的な勘違いであなたの名誉を汚してしまいました」

「いや、頭を上げてくれ、クリスティーナ嬢。あの状況であれば勘違いされても仕方がなかった」

「あなたは誠実な方だと知っていたはずなのに、ドルトムンダー副団長の上司だから、彼と同じく女性に対して実は不誠実な方なのかもしれないと。愚かでございました」

 それを聞いてランビック団長がにこやかなまま固まる。

 だが、噛み締められた歯の間から、たしかに聞こえた気がした。

 ボック、またお前かと。

 そしてその言葉は私の横でそっと目を逸らしたドルトムンダー副団長にも届いていたはずだ。



「推論は徐々に確かなものになっていますが、今なお解決していない問題があります」

 一応の和解に至ったところで、そう切り出したのは動向を見守っていたヘレス様。

「ああ…。なぜ後宮に出現し始めたのか、ということだな」

 スタウト王子のその言葉に、ヘレス様も肯く。

 そうだ。

 ランビック団長に取り憑いていた理由はなんとなく解明しつつあるが、なぜランビック団長だけではなく、後宮の女性たちを脅かし始めたのか。


「アルトの私室には幽霊が今も出現していないだろう?一番最初の時に神官長や呪術局長たちが対処した結果だが、何が効いたのかはっきりとしなくてね。後宮にも同じものを施そうと、一番効果があったものが何であるのか、解析を頼んでいたところなんだが…」


 その言葉を遮るように、扉前の近衛兵から神官長と呪術局長の訪れを知らせる声が届いた。

 スタウト王子はそれに頷き、にやりと笑う。


「ちょうど今日、それが終わったらしい」




 王子が入室を許可すると、2人の男性が入ってくる。

 ゆったりとした長衣を纏っている細身の男性が神官長であるのはわかるが、であれば、その隣の並の騎士よりもたくましい身体つきの男性が呪術局長だろうか。

 あの方はたしか…。


 一生懸命思い出そうと一人悶々としていると、来客中であったことに戸惑った様子の神官長が口を開いた。

「スタウト殿下。例の件なのですが…」

「幽霊の件ならば、この場にいる全員が知っているから口にして問題ない。解析の結果が出たのであろう」

「さようでございます」

 王子と話す神官長の横で、呪術局長は、クリスティーナ嬢に目を止め、驚いたように声を上げる。

「クリスティーナ!どうしてここに?」

 そうだ。あの方はライト侯爵。クリスティーナ様のお父様だ。

 今は王宮勤めではなく、領地運営に専念していらっしゃると思っていたが。


「お父様。実は私も幽霊を目撃致しまして…」

「ああ!お前は感覚が鋭いからな」

 何百年も色々な人間の思いが蓄積した王宮には、触れたら気分が悪くなる器や、持ち主が不幸になる宝石など、怪しい道具や場所が多数ある。

 それらのモノは、存在するだけで人間に害を成すことが多いが、破壊すると害を成す場合もあり、処分することも難しい。そのため、呪術局がその性質を分析して札を作成し、神官がそれを使用して封印しているのだとか。

 そのようなあるのかないのか、不確かなものに対処する部署なので、表立っては存在しないし、王宮七不思議的なものかと思っていたが。

 それが実在した上に、その長がライト侯爵だとは思わなかった。


 父子を尻目に神官長が話を続ける。

「解析した結果、我々が置いたもののうち、ライト侯爵が用意した札と、私が祈りを捧げた花、医局長が気分を落ち着かせるために置いたハーブが奇跡的に組み合わさり、効果を見せたようです」

 

「それで、アルトの部屋に貼った札はどんなものだったんだ」

 王子に促され、神官長がゆっくりと口を開く。


「団長の部屋に貼った札は、後宮に侍る女性の恨みを打ち消すものです」



 その言葉に、スタウト王子が「バカな」と即座に否定する。

「アルトは王族ではないし、そもそも我が国に側室制度があったのは、100年以上も昔の話だ。そもそもどうしてそんな札を貼ろうと思ったんだ」

「それは…」

 言い淀んだ神官長の言葉を引き継いだのは、呪術局長ーライト侯爵本人だった。


「呪いの解析には時間がかかりますからな!その時手元にあった札をとりあえず貼ってみたところ、それが当たりだったという訳です!いやーラッキーだな!アルト!」

 筋肉の盛り上がった腕を組み、そう言ってはっはっはと快活に笑う。


 なんというか、こう、呪術局長というのはもっとひっそりした感じの、文官タイプの方かと思っていたが、ずいぶん豪快な方だ。

 そういえば、ランビック団長の前の前の騎士団長はこの方だったような…。


「お父様の口癖は『筋肉はすべてを解決する!身体を鍛えよ!』なの…。陛下も『ライト侯爵を前にしたら呪いも裸足で逃げ出すであろう』って面白がって呪術局長に任命されたのよ…」

 唖然とする私を見かねてか、クリスティーナ様がこっそり耳打ちしてくれる。

 たしかにどんな陰湿な呪いも跳ね除けてしまいそうな方だ。

 だが、さすがの陛下もその隣で死んだ魚のような目をしている神官長との相性までは考慮しなかったらしい。


「ま、まあ確かに側室の呪いであれば、今の後宮にいる女性に害を成すのはわかるが…。だが、エレノアとどう関係がある?エレノアにしろ、ティアナにしろ、確かに仕えてはいたが、後宮に侍っていたわけではないだろう」


 王子の尤もな疑問に答えたのは、ライト侯爵ではなく、神官長だった。

「私も幽霊については詳しくないので、推測ですが…仮にランビック団長に幽霊が取り憑いたのが先だとしましょう。幽霊単体では、彼にしか害を為さなかったが、何らかの弾みでかつての後宮の恨みが彼女に悪影響を及ぼし、後宮へ害を及ぼすようになった可能性はあるかと」

「なんらかの弾みか…」


 そこで室内に沈黙が満ちる。

 それを破ったのは、快活な声だった。


「それならわかりますぞ!」

「…なんだと?」

「今年は我が国の汚点、側室として贅沢の限りを尽くし、残虐な刑罰を好み、国を混乱に陥れたリリーベルが処刑されて157年。この前の星祭りの華やかさに誘われてか、当時施された封印が緩んでおり、再度儀式を執り行う必要があると思っていたところでしてな!おそらく幽霊もそれに影響されたのでしょう!」


 再び室内に沈黙が満ちる。

 それを破ったのは珍しく悲鳴のような声をあげたスタウト王子。

「そういうことは早く言え!!!」

 そしてその言葉は室内にいた人間の総意だった。


「神官長!お前は知らなかったのか!?」

「え、ええ…。儀式のタイミングはすべて呪術局長が取り仕切っておりますから…。封印の期間も呪術局長しか把握していないかと…」

「情報共有くらいしとけ!」

 いつぞやの私のようなことを叫ぶ殿下に、深く同意した瞬間だった。



「ま、まあ確かに言われてみれば…星祭りまでは団長やせいぜいその関係者にしか姿を表していませんでしたね」

 そう取り繕うようにドルトムンダー副団長が言う横で、そっと目を逸らしたのは関係者筆頭のヘレス様。

「確かにクラリスや母の前に姿を表したのも星祭りの後だな…。それで、その儀式はいつできるんだ?」

 少し落ち着きを取り戻した王子が副団長の言葉に同意し、ライト侯爵に問いかける。


 侯爵は豪快に自身の胸を叩き、それに答えた。

「準備はすでに済んでおります!星祭りの前からそろそろ怪しいのではないかと私の直感が告げておりまして。実はアルトに渡した札もその予備なのです」

 実に見事な直感である。

 できればその直感を殿下や神官長と共有して欲しかった。


「神官長はすぐに用意できるのか?」

「は、はい。封印の言葉は書物に残っておりますので、いつでも」

 その後小さく「ライト侯爵の突然の依頼には慣れておりますので」と続けられた言葉は、おそらくそのライト侯爵本人以外の全員に聞こえたであろう。


「よし」

 二人の頼もしい言葉を受け、いつもの調子を取り戻したスタウト王子は、にやりと笑い、いつぞやと同じ言葉を紡ぐ。


「諸君。さあ、幽霊退治といこうじゃないか」


 ようやく、その時が来たのだ。





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