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少し短め。あまり話は動きません。

 王宮に帰ってすぐに、私と団長、そしてヘレス様とドルトムンダー副団長もスタウト王子の自室に招かれた。

 祖母から聞いた話の概略は団長が手紙で報告していたが、その詳細に加え、アジャンクトで行き着いた推論を報告する。

 私と団長の名前が祖母世代の人間に因んだものだという共通点については、スタウト王子も気になっていたのか、私たちの推論はそれほど戸惑いもなく受け入れられた。


「なるほどな。それなら私が調べた話とも、祖母から聞いたこと話とも辻褄が合う」

 スタウト王子の祖母、というと現在の王太后のことか。たしかに当時の社交界を一番よく知る方だ。

「王太后からも何かお話があったのですか?」

「ああ。アルトから報告が先に届いていたから祖母にティアナとアルト・ローストバーレイのことを覚えているか聞いてみたんだ」

「覚えていらっしゃったんですか?数十年前のことでしょうに」

 ヘレス様の声音も驚きを隠し切れていない。

 それはそうだろう。

 ティアナ大叔母様は掃除女中で王太后ー当時は王太子妃であるがーにそれほど密な接点があったとは思えないし、アルト様も王宮勤めよりも領地にいる方が多かったらしい。それにヘレス様がいう通り、そもそも数十年前の話だ。

「まあ、それほど祖母にとっても印象深い出来事だったんだろうね」


 ティアナ・ウォルターとアルト・ローストバーレイの結婚生活は、わずか半年に満たなかったそうだ。

 嫡男でないとはいえ、伯爵家の人間であるアルトからの求婚に、ティアナは身分差が大きいと拒んでいたが、その情熱に絆され、求婚を受け入れたらしい。

「その当時はまだ珍しかった恋愛結婚でね。その仲の睦まじさは結婚前から社交界で有名だったそうだよ」

 だからこそ、ティアナが嫁いで間もなく風邪をこじらせて亡くなり、そのわずか1ヶ月後、アルトが後を追うように落石事故で亡くなると、その悲劇に誰もが涙した。

「祖母も直接面識はなかったようだが、当時の社交界に出ていた人間はみんな知っているそうだよ。知っているが、その話を知らぬ人に広めるような話でもない。だから、当時の社交界の人間しか知らないとも言えるね」

「そういうことでしたか…」


 部屋に沈黙が満ちた。


「幽霊が、ティアナという可能性は無いのでしょうか?」

 沈黙を破ったのはヘレス様。そしてそれは、私がアジャンクトで感じた疑問と同じもの。

「それはないだろう」

 だが、今回否定したのは、ランビック団長ではなく、スタウト王子だった。

「幽霊がティアナであれば、自分の夫によく似ているアルトを睨みつけるのは妙だ」

 それに対して、ドルトムンダー副団長はヘレス様側に立つ。

「いや、幽霊は団長が女性といるときの方が頻繁に出てきました。団長を夫と同一視して、浮気したと思い込んでいたのなら、あり得ない話ではないと思います」

「だが、それではウォルター嬢のことはどうなる。なぜウォルター嬢がいるときは出てこない」

 王子の反論に、皆が一斉にこちらを向いた。その視線に思わずたじろいでしまう。

「ティナのことは自分と同一視しているから…とかですかね?」

「あり得なくはないが…。やはり、アルトのことを最初から敵視していたのが気になるな…」


 結論はやはり出なかった。


「幽霊の正体には至らなかったが、ティアナとアルト・ローストバーレイ夫妻に関係あるというのは間違い無いだろう。そこでだ。私はポーター・ローストバーレイに話を聞きたいと思っている」


 そこでスタウト王子が出したのは、また違う人物の名前。

 名前からローストバーレイ家の方であることはわかるが、どういった関係性なのだろうか。


「たしかに兄弟であるポーター大叔父であれば2人のこともはっきり覚えているでしょうが…。ポーター大叔父は患って長い。ローストバーレイ前伯爵ではだめなのですか?」


 難色を示したのはランビック団長。

 どうやらポーター・ローストバーレイも彼の大叔父にあたるらしい。


「ランビック団長はローストバーレイ家に大叔父様が3人いらっしゃったのですか?」

「ああ。嫡男であるローストバーレイ前伯爵と、私の名の由来である次男のアルト、そしてローストバーレイ前伯爵の領地運営を支えた三男のポーター」

 殿下はその言葉に肯く。

「現ローストバーレイ伯爵が生まれた年に、アルトもポーターも結婚したそうでね。ローストバーレイ領はめでたいこと続きで領民も喜んでいたそうなんだが、その年のうちに、嫁いできた花嫁が2人とも立て続けに亡くなり、一転涙にくれた。花嫁2人のうち、ティアナはローストバーレイ領で亡くなったが、もう一人の花嫁は王宮で亡くなったんだ」

 その言葉に思わず息をのむ。


「彼女の名前はエレノア・ローストバーレイ。当時の王太子妃、祖母の衣装係をしていたそうだ」

 そして殿下は真っ直ぐ私を見つめる。

「彼女は、ティアナの親友だったそうだよ」


「もしや殿下は…」

「ああ。私は彼女こそ、幽霊の正体に一番近いと思っている」

 だから、ローストバーレイ前伯爵ではなく、ポーター・ローストバーレイに話を聞く必要があるのだと、そう言った。




「エレノア様は、どうして亡くなられたのですか?」

 何か王宮に恨みを残して亡くなったのだろうか。

 言葉に出さなかった私の問いを否定するように、王子は頭を振る。


「いや、彼女の死因は転落死だ」

「それは、本当に事故だったのですか?」

 その言葉に思わず団長の顔を見やる。

 もしや、彼女は誰かの悪意によって亡くなり、幽霊となったのだろうか。

 しかし、王子はそれも否定する。

「間違いなく事故だったようだよ。ティアナの訃報を聞いたエレノアは元々意気消沈していたようでね。注意力が散漫になっていたのでは無いかという話だった」

 当時、彼女は結婚を機に退職する予定で、夫は一足先に領地へと戻っていたが、エレノアを心配し、王宮へ迎えに来ようとしていたそうだ。

 彼女の同僚たちも休ませるなど配慮していたが、領地の夫に鳩を飛ばそうと、塔に向かう途中で足を滑らせてしまったらしい。

 目撃者もおり、すぐに医師が呼ばれたが手遅れだった。

 疑いようのない事故だったようだ。

「でも、でもエレノア様はティアナ大叔母様と仲が良かったのですよね?それこそ、アルト様によく似たランビック団長を恨みに思う理由はないのではありませんか?」

 私の問いかけに王子はゆっくり肯く。

「ああ。アルトを恨む理由はない。だが、ティナ・ウォルター。君に害を為さなかったのは、親友を重ねていたと思えば辻褄がつく」

 王子の言うとおりだ。

 自分がどうしてこんなにもエレノア様の肩を持ちたいのか自分でも分からないまま、俯いて何も言うことはできなかった。



「幽霊の正体がエレノア殿かどうかはともかく、まずはポーター大叔父に会う必要があるということですね」

 話を切り替えたのはランビック団長。

 ポーター・ローストバーレイは前伯爵の右腕として領地運営を支えたのち、兄が隠居するのに合わせて、自身も隠居したらしい。

「数年前に患って以来、一人で出歩くのは難しい状態なのですぐに会うことは難しいと思いますが…」

「それがな、ちょうど王宮にきているんだ」

「王宮に?」

「ああ。奥方がなくなって以来、彼は毎年彼女の命日に王宮へ来ているらしい。年々長距離を移動するのは辛くなってきているはずなのだがな…。彼は随分な愛妻家のようだ」

 新婚早々、奥方を亡くした後も、後妻を迎えることなく、毎年王宮へ、妻の最期の場所へやってきて、その死を悼んでいるらしい。


 やはり、幽霊さんの正体がエレノア・ローストバーレイというのは間違いなのではないだろうか。

 そう、願わずにはいられなかった。


「もう一つ伝えておくことがある」

 険しい表情を崩さぬまま、王子が続ける。

「アルトが不在の間も、後宮に幽霊が現れた」

「…最終手段として、職を辞することも考えていましたが、それも最早無意味なのですね」

 団長はある程度予想していたのか、王子の言葉を静かに受け止めていた。

「ああ。最初は間違いなくアルトに執着していたから、このまま方針を変えようとは思っていないが、幽霊も変質しているのかもしれない」



 皆、薄々感じていることではあった。

 しかし、言葉にしたときのその重さを、誰もが受け止めきれずにいた。


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