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 元々伯母様と大叔母様の話を聞きにきただけで、私もランビック団長もそれほど長期の休暇は取れず、次の日には領地を後にすることとなった。


 事前に伝えていたとはいえ、見送る両親は別れを惜しんでくれる。

「残念ですね…。もっとゆっくりできるようでしたら、もっと領地内をご案内できたのですが…」

 何もないですが、ゆっくりするには良いところなんですよと見送る玄関先で言う父に、思わず昨日の自分を思い出して恥ずかしくなる。

 親子揃って言うことが同じだ。


 父も現金なもので、ランビック団長の気さくな人柄に最初の緊張はどこへ行ったのか、すっかり親しげに声をかけている。ついには「今度領地の特産物を送る」と約束までしている始末だ。

 親子で好ましく思う人まで一緒なんて…とぼんやり思ったところで、自然と団長を好ましく思っていことを肯定してしまった自分に慌てた。

 いや、前から素敵だと思っていたのだし、王宮の多くの人が好ましく思っている人なのだから、今更私も好ましいと思っていることを自覚したところで恥ずかしくなる必要はないのに。


 けれど、今の状況でこの変わってしまった気持ちを自覚するのはダメだ。


 あんなにみんなが困っている幽霊さんにずっといてほしいと思ってしまいそうになるから。



「ティナ、ドライフラワーやハーブの他に、私やお祖母様で作ったポプリカバーも一緒に入れておいたから、ポプリを献上するときに使ってちょうだいね」

「助かるわ!ありがとう、お母さま。お祖母様も」

 対外的な領地訪問の理由であるティナ・ウォルター特製シラミ除けハーブブレンドは材料さえ手に入れば簡単に作れるが、王妃様方に献上するポプリは違う。中身のブレンドより、ポプリを彩る刺繍に時間がかかるのだ。

 一応貴族の嗜みとして刺繍は私もできるが、お祖母様やお母様の腕前には遠く及ばない。

 リオナやシルヴィに渡すのなら拙い刺繍も大目に見てくれるが、流石に王妃様方に献上するには心許なかった。

「本当はデザインを見直すところから作りたかったのだけれど…急ぎなら仕方ないわ。お付きの方に伝えられるようなら、改めてじっくり用意したものを献上しますと伝えてちょうだい」

 本来ならば献上品としてじっくり選びたいところではあるが、幽霊さんにポプリが効く可能性がわずかでもある以上、美しいものを時間をかけて準備するよりも、多少拙くとも速やかにお手元に渡った方が良いだろう。王妃様もその事情は重々承知しているし、大目に見てくれるはずだ。

 母の言葉に肯くと、頷き返した母は少し寂しそうな表情になった。

「今度はもう少しゆっくりできるといいわね」

 そう言われて、私も少し寂しくなる。

「冬にはまた長めのお休みがもらえるはずだから、その時にゆっくり帰ってくるわ」

 今回は事情が事情なので長期滞在ができないのは承知していたが、やはり帰ってくるともっとゆっくり滞在したくなってしまう。

 父や母、祖母とは会えたが、兄たちに会う時間までは取れなかった。

「じゃあ冬までにドライフラワーやドライハーブも増やしておくわね」

「ありがとう」

 領地に帰ってきて家族に会うのが楽しみなのはもちろん、ハーブブレンドを作るのが趣味でもある私にとっては、領地のハーブを仕入れられるのも嬉しい。

「ティナは調合の素晴らしい才能を持っているものね」

 私と母のやりとりをにこにこと見守っていた祖母が、そう褒めてくれるのがくすぐったい。

 一人で照れている私を見ていた祖母は、そのままふと懐かしそうな表情を浮かべた。

「ティアナもそうだったわ」


 私や団長が尋ねたことが刺激になったのか、色々と思い出が蘇ってきたらしい。

「大叔母様も、ポプリを作ることが好きだったの?」

「ええ。ウォルター領の女性の多くはポプリを作ることが好きだけれど、あの子はティナと同じく、特別好きでね。ティナのシラミ除けハーブブレンドの香りを嗅いでいると、ついつい思い出してしまうわ」

 そう言って、くすくすと笑った。

 まさか完全オリジナルだと思っていたシラミ除けハーブブレンドを先に見つけ出している人がいたとは。

 

 お祖母様はそのまま「そういえば」ともう一つ思い出したように言った。


「ティアナの話をしていて思い出したけれど、ランビック団長はアルト・ローストバーレイ様にそっくりね。お会いしたときからどこか懐かしい気がすると思っていたのよ」


 ローストバーレイ家といえば、東部の伯爵家だ。アルト、と言うとランビック団長と同じ名前ではあるが、どういうことだろう。

 その祖母の言葉は、少し離れたところにいたランビック団長にも届いていたらしく、彼は驚いたように目を見開いた。

「大叔父をご存知でしたか」

「大叔父?」

「ああ、母がローストバーレイ家の出身でな。私は会ったことがないんだが、ティナと同じく、私のアルトという名前も大叔父からもらったんだ」

「そう、やっぱり血縁者だったのね」

 祖母が納得したように肯き、懐かしそうに目を細める。

 その様子を見たランビック団長と彼と話していたお父様がこちらへ近寄ってくる。

「大叔父の顔を知っている者からはそっくりだと言われて育ちましたが…そんなに似ていますか」

「ええ、そっくり。昨日話した妹の旦那様がアルト・ローストバーレイ様なのよ」

 初耳である。

 ということは、団長と私は遠い遠い親戚にあたるということだろうか。

 そっと団長の顔を見やると、彼も知らなかったらしく、驚いた表情をしていた。

 静かに衝撃を受けている私たちを他所に、懐かしそうに話していた祖母は、しかしそのまま少し寂しそうな顔になる。

「ちょうど妹が亡くなった頃に、アルト様も亡くなってしまったけれど」

「もう3、40年前になるでしょうか。突然の事故だったと聞いています」

「ええ。まさか二人続けて、そんなに早くに亡くなってしまうなんて。両家ともに悲しみが深くてね。今ではほとんど付き合いがなくなってしまったわ」

 私がローストバーレイ家との繋がりを知らなかったのも、そのあたりに原因があるのだろう。

「私も大叔父の話はよく聞いていたし、奥方が早々に亡くなったことも聞いていたが…そうか、ウォルター家の方だったのか…」

 ぽつりとそう言ったランビック団長は、そのままアジャンクトの宿までどこか考え込んだ様子だった。





「ティナ、少し話せるだろうか」

「え?」

 その夜、宿の私の部屋を訪ねてきたランビック団長に思わずどきっとしてしまったが、真面目な様子に、私も表情を引き締める。

 きっと昨日、今日と私の家族から聞いた話についてだ。


「ウォルター家の方々から聞いた話をまとめたんだが…」

 私の想像は当たっていたようで、団長はと私をほとんど人のいなくなった宿の食堂へ誘う。

 あまり人に聞かれたくない話ではあるが、これだけ閑散としていれば、隣の人間に声も聞こえないだろう。

 祖母から聞いた話は、ウォルター領を出発する前にドルトムンダー副団長経由でスタウト王子宛に簡単な手紙として送ってくれたらしい。

「王宮にはすぐに戻るが、今は時間が惜しいし、殿下の方で当時を知る人間に先に話を聞いてくれるかもしれないと思ってな」

 数十年前の話ではあるが、まだ存命の方も多い。もしかしたら覚えている人がいるかもしれない。

 帰ってからでもいいかとのんびり構えていた私は、団長の仕事の早さに頼もしさを覚えるとともに少し肩を落とす。

「時間がないなか、3日も団長のお時間を頂いたのに、ほとんど収穫はありませんでしたね」

「いや、収穫は十分にあったよ」

 そう言って団長はにこりと笑う。

「私と団長が遠い遠い親戚だった、ということですか?」

「ああ、第一はそれだ」

 全く関わりがないと思われた私とランビック団長にわずかではあるが繋がりがあった。

 それが幽霊さんとどう結びつくかはわからないが、一つの助けにはなるだろう。

「そして、これはそこからだいぶ飛躍した話なのだが…」

 そう言って少しためらってから、もう一度口を開いた。

「私も君も、祖父母の代の人間から名前をもらっていて、君は香りが、私は容姿が、名をもらった人間にそっくりだ」


 そして、まっすぐ私を見つめて、言った。


「幽霊は、私たちを過去の人間に重ねているのではないだろうか」



「過去の、人間…。私はティアナ大叔母様、ランビック団長はアルト大叔父様だと思われているということでしょうか?」

「あくまで推測だがな。それゆえ、殿下にお送りした手紙には書いていない」

 殿下に報告する前に、私の意見を聞きたかったのだという。

 自分では思い至らなかったが、言われてみれば確かに可能性はある。

 私は以前から団長を一方的に知っていたが、幽霊さん騒動があるまで、共通の知り合いもいなければ面識もなかった。

 それなのに、幽霊さんは私と団長を特別視している様子だ。

 ティアナとアルトの親族だから、というわけではないだろう。それこそ大叔母、大叔父まで広げたら、お互い他にも王宮に遠縁と呼べる貴族はいる。

 あえて、私とランビック団長である必要はないはずなのだ。


「自分の知らないはずの人が自分を知っていたら、私が出会ったことを忘れているか、もしかしたら、私自身ではなくて、私によく似ている人を知っているのかもしれない」


 ふと、そんな言葉が頭に思い浮かんだ。

 団長は私の言葉に深く肯く。

「ああ。私が考えていたのもそういうことだ。君も思っていたんだな」

「いえ…。私の考えというか、前に誰かに言われたような…」

 頭の中にもやがかかったように、その言葉をくれた人のことが思い出せない。

 恩人であった、はずなのに。


「ティナ?」

 気遣わしげに団長に声をかけられ、はっとする。

 どうやら、思い出すことに必死になりすぎて、ぼうっとしていたらしい。

「ごめんなさい、なんでもありません。それよりも、団長は幽霊さんの正体がティアナ大叔母様だと思われますか?」

 祖母はきっぱりと否定していたが、幽霊さんが女性である以上、可能性はゼロではない。

 しかし、団長も否定するように首を振った。

「いや、その可能性は低いだろう。先ほどの話ではティアナ殿が亡くなったのは王宮ではなく、ローストバーレイのようだし、大叔父が亡くなったのも領地に帰る途中、落石事故に巻き込まれたからなんだ」

 たしかに王宮に縁はあるだろうが、亡くなった場所が王宮ではない以上、王宮に執着する理由がわからない。

「それでは…二人に恨みのある方…?」

 そんな私の問いかけに、それでも団長は渋い顔だ。

「それもなかなか考えにくい。二人がどういう人間だったか直接知らないし、敵がいたかどうかもわからないが…それでも新婚早々夫婦それぞれが亡くなるというのは悲劇だ。そんな悲劇に見舞われた夫婦をそれでもなお恨み続けている者がいるとは…やはり考えにくい」


 お互い結論は見出せないまま、しばらく蝋燭の揺らめきを見つめていた。



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