竜との日々(前編)
時間が余った時に随時追加します。
ビッデが帰ってくるまで、当面は山の中腹で野営生活をすることになった。
雨風をしのげるように、とりあえず天幕を持ってきてもらい、ここ数日はテシカンやクデンヤ、ウゼとそこで暮らしている。板と蝋石、濡れた布で日常的な会話はすましているが、もともとパーティーの仲間とは話すことがあまりなかったので、ほとんど困らなかった。
昨日は洞窟の前までいって、ドリュラトによびかけたが反応がなく、今日も出かける予定だった。
「パンなんて、本当にあの魔竜が食べるの?」
クデンヤの問いかけに、私は首をひねるしかなかった。できるだけ肉の味は覚えさせたくないし、虫を大量に集めることも困難なので、パンを選んだだけだ。塩やバター、ジャムもあわせて準備しで、味の好みを確認しようと思っていた。
ウゼとテシカンとともに、洞窟の近くまでのぼる。
二人には隠れてもらって、パンや塩やバターの入った背負い袋を受け取った。
洞窟の前まで近づき、ピーピーという声でドリュラトをよぶ。
<食事を持ってきましたよ、ドリュラトさん。なにがあなたの口に合うのかわからないので、ぜひ試してほしいです>
しばらく待つと、ドスンドスンという音の後に、洞窟からのそりと魔竜があらわれた。
<お前か、ヴィーネ神の僕よ>
神の僕とはビッデのことだろうと思ったが、口には出さず飲み込んだ。
<私は約束を守りますよ。それだけが取り柄なのでね。まずは、これを食べてみてください>
こぶし二つほどの大きさがあるパンを、両手のひらにのせて差し出す。
<これはなんだ。岩のように見えるが>
<人間はみなこれを毎日食べています。私たちはこれをパンとよんでいます>
ドリュラトは頭を下げて、パンの匂いをかぐ。
チロリと薄桃色の舌をだし、おそるおそるパンをひと舐めする。
味に不快なものがないことを確認したのか、今度はがぶりと手の上のパンにかぶりついた。
牛みたいだな、私は世界を滅ぼす魔竜をみてなぜかそう思った。
うちで飼っていた牛に、野菜くずをやるときと全く同じ動きなのだ。
ドリュラトはパンをくわえたまま顎を上にあげ、少し噛んだあと、喉の奥に流し込んだ。
<どうですか、パンのお味は>
パンをすべて飲みこんだ竜は、少し考えた後に答えた。
<ぼそぼそしていて、飲みこみにくいな。味は悪くなかったが、噛み応えがないのでなにか物足りない感じがする>
<では、このバターというものを塗ってみますので少しお待ちください>
背負い袋を地面に置き、壺に入ったバターを取り出す。二つに割ったパンの片方に匙でバターを塗り、左手に乗せて差し出す。
<毒でも塗ったのではなかろうな>
そういいながら、ドリュラトはパンの匂いをかいでから、舌でペロリと舐める。
<この油は悪くない味だ>
そういって、またパンにかぶりついた。
やっぱり牛みたいだな。そう思いながら、何気なくパンをくわえようとしているドリュラトの顔を右手でなでてしまうと、それまで鈍重な動きだった竜が飛び跳ねるように後ずさった。
<な、なんじゃ。なにをする!>
そのあまりの俊敏さに驚き、しばらく呆然とするが、すぐにひざまずいて謝罪する。
<も、申し訳ありませんでした。うちで飼っていた牛を思い出してしまって、つい>
<我を、あのとろくさい牛と間違えたというのか?>
これはまずいかもしれない。
竜は万物の長と自負している生物だ。それを飼牛と同じように扱うとは、まさに竜の逆鱗にふれてしまったのではないだろうか。
ドリュラトはこちらを血走った眼で睨んでいた。