飛躍
美緒はいつか大きなショーの舞台にモデルとして立ちたい
それが夢だった。
今はまだ雑誌や広告のモデルの仕事がほとんどだったけど
その夢のためにウォーキングやジャズダンスのレッスンに明け暮れていた。
半年前から同棲している祐輔は有名なデザイナー『ジョージ・佐藤』の元で
ようやく認められてきた駆け出しのヘアメイクアーチストだった。
二人が知り合ったのは、2年前。
たまたま休憩時間に話していた時に
「いつかは世界で活躍できるモデルになりたい」
そんな美緒の夢を聞いた祐輔が
「じゃあ、その時は俺がヘアメイクをしてやるから」
そんな事を言ったのがきっかけだった。
その後、美緒はモデルを続け、祐輔は単身でアメリカへ渡り
向こうでヘアメイクアーチストとしての勉強をして来た。
帰国して『ジョージ・佐藤』のチームに入ったのが1年前
「いつか二人で夢を叶えよう」
そんな事を言いながら、二人はやがて一緒に暮らすようになっていた。
「美緒!すごいニュースだよ!」
祐輔が帰って来るなり大きな声で言った。
「どうしたの?何があったの?」
「先生の…ジョージ・佐藤のショーで、モデルの欠員が出たんだよ
それで至急1名、モデルの追加オーディションがあるんだよ!」
祐輔は興奮した様子で美緒に伝えた。
『ジョージ・佐藤』は自分のショーにはいつも決まったモデルしか使わない
モデルの入れ替わりが少ない事でも有名で
追加オーディションと言うのはそうある事じゃなかった。
それだけに、気に入られれば『ジョージ・佐藤』のショーで長く活躍できる。
「そのオーディション、私も受けられるかしら?」
美緒は恐る恐る聞いた。
「もちろんだよ!今回は珍しく一般応募で選んでみようかって事なんだよ」
祐輔の興奮はそこだった。
今まで、いくら『ジョージ・佐藤』のチームにいるからと言って
美緒の事を先生であるジョージに紹介したり、そう言う事は一切出来なかった。
仕事には常に厳しく、そして妥協を許さないジョージ
祐輔はそんなジョージの考えに惹かれていたのだった。
もちろん、美緒もその事はじゅうぶん理解していた
だからこそ今度のオーディションの話は二人にとっても滅多にないチャンスだった。
オーディションの結果が出る日
美緒の元にジョージのマネージャーから電話が掛かってきた。結果は『合格』
その夜、知らせを受けて大急ぎで帰って来た祐輔と取っておきのワインを開けて乾杯をした
「ホントに、信じられない気持ち、まるで夢みたい…」
「嘘じゃないんだよ、俺達の夢に一歩近づくんだよ」
祐輔は嬉しそうな様子で美緒の長い髪に触れた。さらさらと背中まで届く長い髪
「ショーの当日は俺が美緒のヘアメイクを必ず担当する
今まででいちばんキレイな美緒にしてやるからな」
祐輔はそう言って美緒を見つめた
「嬉しい…私も精一杯やりたい。今までその為に頑張ってきたんだもの…」
美緒の目は輝いていた。
いよいよショーに向けての準備が始まっていた
美緒も祐輔も忙しい毎日を送っていた。
しかし、ショーの前日になっても
最後の目玉となるドレスを着るモデルがまだ決まっていなかった
今度のショーの代表作とも言えるそのドレスは
上質の生地をふんだんに使い、それは豪華で華やかなものだった
「もしあのドレスを着る事が出来たら…」
ファッションショーは未経験に近い美緒がラストを飾るドレスを着る事はかなり難しい。
それでも美緒はどうしてもそのドレスを着てステージに立ってみたい。
それは祐輔も同じだった。
あの目の覚めるようなキレイな青のドレス
まだ着るモデルは決まっていないと言う事で、どうにかあのドレスのモデルを
美緒にさせたいと思っていた。
それは美緒の為だけではなく、祐輔自身の飛躍のためでもあった。
ラストを飾るモデルのヘアメイクをやらせて貰いたい
ヘアメイクアーチストとして、男としての祐輔の夢でもあった。
「祐輔、何かイイ案はないかね」
ヘアメイクの打ち合わせをしている時にジョージが言った。
「ラストのドレスのモデルが今になっても決まらない。
いや、決めるのはすぐに出来るんだ。ただ…」
「ただ…何ですか?」
「何かインパクトが欲しいんだよ。あのドレスに負けないようなモデルと
それから何か…ヘアメイクも…」
祐輔はその言葉を聞いて、これはチャンスだと思った。
じゃあどうすれば?どうすればこのチャンスをモノに出来る…?
あのドレスに負けないモデル…ヘアとメイクで…ドレスに負けないような…
祐輔の頭の中にある案が思い浮かんだ。
前から考えていた事ではあったけれど、そう言うチャンスがなかった
「先生…実は…」
祐輔はこのチャンスを逃してはいけない、そう思ってその考えを打ち明けた。
「それは確かにすごいインパクトがある…しかしモデルはどうする?
とても納得するとは思えないし、それに合うモデルは…」
ジョージは祐輔の案に興味を持ったものの、決め兼ねている様子だった。
「今度のショーで新しく入ったモデルがイイと思います」
祐輔は美緒の事を言い出した。
それは恋人だから、とかそう言う感情は抜きにしても
あのドレスと、そして祐輔の案には美緒がぴったりだと思ったからだ
「新しいモデル…ああ、あの子だね、うむ…」
ジョージが側にいたマネージャーに美緒を呼ぶように言った。
別室でリハーサルをしていた美緒は呼ばれて部屋に入って来た。
ジョージと、祐輔がいるのを見て、少し驚いた顔をしたが
またいつもの凛とした表情に戻り、ジョージを見つめていた。
(この目、このいつもしっかりと前を向いているような目が…)
祐輔がそう思うと同じ事をジョージも感じたらしい。
「よし、決めよう。しかし…」
美緒は何の事か判らずにきょとんとしている。
「明日のラストのドレス、君に着て貰おう」
ジョージが突然そう言った。
美緒は今聞いた言葉が信じられない、と言うような顔をして返事も出来ないでいる。
「それで、ヘアメイクの事なんだけど…」
言葉が出ないままの美緒にジョージが更に続ける
ただ、その後の言葉を出せないまま祐輔の方を見た。
「その件に関しては僕の方から伝えておきますから…」
いきなりココで言うのも、美緒のショックを考えればやめた方がいいかもしれない。
「彼女にはキチンと伝えて、必ずそうするようにしますから…」
祐輔はジョージを残し、美緒と部屋を出た。
「何なの?私訳が判らない…」
美緒は興奮状態だった。
「だから明日、ショーのラストを飾るあのドレスが着られるんだ、美緒、君が着るんだよ」
祐輔も喜びを隠し切れなかった。ただひとつまだ言えないあの案を除いては…
「さっき、先生が言っていた事はなんなの…?ヘアメイクの事って」
「美緒、すべて俺に任せてくれるな?君をトップモデルにしたい、
だから俺の言う事をすべて聞いてくれるな?」
祐輔はそう言うのがやっとだった。
さっきはチャンスとばかりに飛び付いてしまったが、
それが本決まりになってしまった今、とんでもない事を言い出してしまったと
改めて我に返ってみて気が付いた。
でも、もう辞めるわけにはいかない。俺も美緒も…
美緒は良く判らないままただ祐輔の顔をじっと見てそして頷いていた。
祐輔はどうやって切りだそうか、それを考えていた。
もう一度ジョージの部屋に戻って、その事を決めてこなくてはいけない
もう戻る訳には行かないんだ…祐輔はそう思って歩き出した。
美緒はラストの出番までに最初から着る予定だった服が最初の方に2着ある
そのヘアメイクはもうスタイルが決まっているので、その後…
ジョージと打ち合わせを終えた祐輔は、そのまま美緒と話すヒマもなく
それぞれが明日のショー本番に向けて忙しく動いていた。
「今夜、話そう…時間を掛けて話せばきっと判ってくれる…」
祐輔は忙しい中でそんな事を考えていた。
先に祐輔が戻り、その後美緒が帰って来たのが10時過ぎだった。
疲れてはいるものの、明日の事で美緒の気も昂ぶっている様子だ。
「美緒、話があるんだ…」
「何?悪いけど早く寝ないと、明日早いから…」
「判ってる、それはわかってるけど…」
祐輔は考えた、今、本当に今夜話してもいいのだろうか?
美緒が泣き出したら?眠れなくて明日の本番に最悪のコンディションだったら?
しかし、今言わないと直前にいう事になる。その方がショックが大きくないだろうか・・・
結局、その晩祐輔は美緒に伝える事が出来なかった。
そしていよいよショー当日
朝からのリハーサルを終え、後は本番を迎えるだけになった。
美緒は初めてに近い大きな舞台に、さすがに緊張している様子だった。
最初の服のヘアメイクをする。
祐輔は美緒の長い髪をまとめながら、複雑な気持ちだった。
「ねえ、ラストのドレスの時はどんな感じなの?」
美緒が何気なく聞いた。
「ああ、それは後で話すよ、2着目が終ったら奥のメイクルームで待ってるから」
祐輔はそう言うのがやっとだった。
ショーが始まり、美緒は緊張しながらも堂々とした様子で
無事に2着目のステージを終えた。
そして祐輔に言われた通り、奥のメイクルームへと入って行った。
「どうしたの?ラストの準備しないと…」
鏡の前のイスの側に立っている祐輔を見て言った。
「ああ…美緒、ココ座ってくれ」
祐輔がなにか思いつめた様子で言う。美緒は言われるままにそこに座った。
アップにしていた髪を祐輔がそっとほどく。
長い髪が肩を隠し背中の中程まで垂れた。
「美緒、俺の話を聞いてくれ、時間がないんだ…」
祐輔はそう言って美緒の髪に触れた。
「君があのドレスを着る条件があったんだ。
それは俺がジョージに言い出した事でもあるんだけれど…」
祐輔はあの時のジョージとの話を美緒に説明し始めた
美緒は黙って聞いている。
「それで、俺が出した案…それはね…あのドレスに負けないインパクト
それはスキンヘッドのモデルなんだ」
祐輔は昨日から何度も言おうとしていた事をようやく今口にした。
「今なんて言ったの?」
美緒は聞き返した。無理もない、いきなり過ぎるのは判っている。
「スキンヘッドだよ、美緒。あのドレスに負けないヘアスタイルは…
だから、これから俺は君の髪を…」
「いやっ!そんなのいやよっ」
美緒は叫んだ…無意識に髪に手をやりまるで守るような仕草をしていた。
「美緒、黙ってたのは悪かったと思ってる。でもどうしても言えなかったし
君が動揺するのは判っていたから。昨夜話していたら、
君はあんなにぐっすり眠る事が出来なかったかもしれない」
祐輔は言い訳のように言った。
「でもいやよ…そんな…」
「美緒、時間がないんだ。それに…この状況でするかしないか
選択している余地はないんだ、君にも、そしてこの俺にも…」
確かに、ラストのドレスが成功しなければ、このショ-自体も失敗に終る。
すべてを祐輔と美緒に任せてくれたジョージを裏切るような事は絶対に出来ない
それは祐輔と、美緒のこれからに大きな影響を与える事は間違いなかった。
その代わりに、成功したら…いや、必ず成功する…
祐輔の想いはただそれだけだった。
長い沈黙が続いた…そしてその沈黙を破ったのは美緒だった。
「判ったわ。あなたの言う通りにします。やって下さい」
美緒はまっすぐに鏡の中の自分とそして祐輔を見つめた。
「ありがとう、美緒…」
祐輔はそう言うと美緒の肩に手をおき、そして支度を始めた。
黒いかばんとメイクボックスが鏡の前においてあった。
祐輔はかばんをそっと開けると白いカットクロスを取りだし、美緒に掛けた。
そして、その下に入っていたバリカンを取り出した。
美緒はそれを見ると、わずかに肩を震わせたが、また前を見つめた。
「ごめん、時間がないんだ。ゆっくり名残を惜しんで貰う事も出来ない」
祐輔が申し訳なさそうに美緒に言う。
「いいの、思い切ってやってしまって。怖がっている時間は少ない方がいいから」
その言葉を聞いて、祐輔は少し気持ちが揺らいだ。でも・・・
迷っているヒマはない。こうするしかなかったんだ。
スイッチが入り、バリカンは音を立てて動き出した。
祐輔がそっと美緒の前髪に触れる…
「覚悟が決まるように、諦めが付くように、真ん中から行くから…」
それは美緒だけじゃなく、自分自身にも言っている言葉だった。
美緒はかすかに頷いた・・・そして次の瞬間・・・
「ウィーン・・・ジジ・・・」
バリカンが美緒の額の真ん中から後ろに向かって入って行った
「あっ」
美緒は小さな悲鳴のような声をあげたがその後は唇を噛み締めている
まるで叫び出してしまうのを堪えてるかのようにも見えた。
バサッ、バサッと前髪、そしてトップの髪が呆気ないほどに
根元から刈り取られ、バリカンが通った所は数ミリの髪しか残っていない。
祐輔はつむじ近くまでバリカンを動かすと、また額に戻した。
何か言葉を掛けようと必死に探したけれど、何を言ってイイか判らない
ただ、バリカンを動かし、美緒の長い髪を刈り続けるしかなかった。
額からつむじの方までバリカンが場所を変えて何度も通り過ぎた頃
美緒のトップの髪はなくなっていた
祐輔はそっと身体の向きを変えて今度は横の髪に触れた。
ちょうど耳の前、もみあげの辺りから、すくい上げるようにバリカンを入れる。
長い髪が祐輔の手、腕に一瞬絡まるようにしながら、バサッと下に落ちて行った
次は耳の上…美緒の形のイイ耳が、隠すものを一切取り除かれてあらわになる
そして耳の後ろから上に向かってバリカンを上げていく祐輔…
鏡に映った美緒の目に、涙はなかった…
目を開けて、自分の髪が刈られていく様子をただじっと見つめている
祐輔は右半分を刈ってしまうと、そのまま後ろにまわった。
背中まで届く長い髪…
その髪をそっと持ち上げるようにして、うなじの根元にバリカンをあてる
そして上に向かって動かして行くと、髪はそれ自身の重みで切られると同時に
下に落ちて行く…バサっ、バサっと無情な音が、はっきりと聞こえるほどだった。
美緒はややうつむき加減になり、床に落ちている自分の髪を見つめていた。
さっきまでほんの数分前まで顔の横でサラサラと揺れていた髪
それが根元から刈り落とされ、床に散っている
後ろをすっかり刈り終えてしまうと祐輔はようやく重い口を開いた。
「思った通り、美緒はすごく頭のカタチがいいから…似合うと確信していたんだ」
今まで髪に隠されていた後頭部も、数ミリに刈られてしまった後では
嫌でも頭のカタチがはっきりと判ってしまう。
「似合う…?」
美緒も初めて口を開いた。思ったよりしっかりした口調だった。
「ああ、ずごくキレイになると思うよ。自信を持って堂々としていればいいんだ」
祐輔は最後に残った左サイドに回り、耳の後ろからまた上に向かって髪を刈って行った。
もう残った髪はほんのわずか…耳の上と、頬にかかる髪だけになっていた
そして、下から上へと祐輔の持ったバリカンが何度か動くと
美緒の長い髪がすべて頭から刈り落とされて、床へと落ちていった。
長い髪はもうどこを探しても残っていない、長かった髪はわずか数ミリになってしまった
すっかり坊主頭になってしまった自分の姿を鏡の中に見た美緒は思わず微笑んだ。
「これが私…?」
恐る恐るカットクロスの下から手を出し、そのまま自分の坊主頭にそっと触れた。
「ジョリ…」
なんとも言えない手触りに、美緒は思わず手を離した…がまた次の瞬間触れる…
「地肌に、直接手が触れるのって、変な感じ…」
興味津々の様子で美緒は自分の頭を触っている
「それで終わりじゃないからね」
祐輔はかばんの中からシェービングクリームを取り出し缶を上下に振りながら言った。
「やっぱり、剃るの?」
「そうだよ、五分刈りじゃ色気も何もないだろ。余計なモノは一切なくして
そのままの美しさを引き出すんだよ。あのドレスに負けないヘアスタイルは
スキンヘッドしかないと思ったからね」
祐輔はシェ-ビングクリームを美緒の頭中に塗ると、剃刀で剃りはじめた。
「・・・」
丁寧に、しかし素早く、剃刀が動いて、数ミリ残っていた髪を根元からなくしていく。
今度こそ、剃刀の通った後は青白く、何も残っていなかった。
トップもサイドも、後ろも…やがて美緒は完全なスキンヘッドになっていった
「出来たよ」
頭に残ったクリームをきれいに拭き取ると、祐輔が美緒に言った。
美緒は正面、横、後ろ、と首をひねって鏡に映しながら、その顔はなぜか嬉しそうでもあった。
それからメイク…
髪がまったくなくなった事で、美緒の目に、よりいっそう力が宿ったように見える
祐輔は、美緒がいちばんキレイに見えるようなメイクを施し、そして魔法を掛けた
その魔法が美緒の魅力を更に引き出す事になると、祐輔は知っていたから…
ショーは大成功に終った。
ラストを飾るブルーのドレスを着た美緒がステージに出て行くと同時に
観客や関係者から驚きの声が上がった。
豪華なドレスに、スキンヘッド…最初は確かにアンバランスで異様な光景に見えたかもしれない
ただ、ライトを浴びて、堂々と前を向いて歩く美緒の姿は本当にキレイだった。
隠してくれるものが一切なくなった美緒の顔は、それまでよりも更に自信に満ち溢れ
祐輔はステージの影から、その姿を見守っていた
観客や関係者の驚きの声はやがて賞賛の声へと変わり
美緒は自分を照らすライトと、大歓声の中にいた。
その目はただひたすらにまっすぐに前を向いて、輝き続けていた。




