序章 龍炎 誕生 5
「じゃが、晴明。そなた、無事ではないか?」
はぁ、とため息をついて、晴明が答える。
「申し上げたこと、お分かりいただけておりませぬか? 遅効性の毒を持っているものだとすれば、私めがこの場を辞して、屋敷に戻ってからその毒で倒れるやも知れませぬ。当然、一日や二日では何も症状が出ぬことだって……」
「えぇい、うるさい。うるさい! 何度も言わいでも、分かっておるわ! 父親に似て、小賢しい! ワシに指図するでない!」
半ば狂ったように叫ぶ帝を冷ややかに見つめ、晴明はこう言った。
「ならば、お好きになされませ。わざわざ私を呼ばずとも、さっさとお一人でお召し上がりになれば良かったのです。『不老不死』の効力に惹かれても、毒を喰らう勇気のない貴方に、そのようなことが出来ようはずもない。だからこそ、目の前で私がさっさと戴いたのです。この身をもって、その肉の効果を示すことが出来れば、と」
まだ、何かを言おうとしていた帝の前で、突然晴明が立ち上がった。
「どうしたのじゃ、晴明?」
ぐっ、と言うくぐもった音に続き、ぐぼっ、と何かが吹き出るような音が、晴明の口から漏れた。
「せ、晴明。お主、その髪……。」
後ろから見ると、女性と間違えるほど、長く美しい黒髪が、あっという間に変化していった。
まるでストローで色つきのジュースを吸い上げていくかのように、長い黒髪が、銀のスプレーを振ったようになっていったのだ。
立ち上がった状態で、前のめりになりながら、晴明は自分の顔を押さえて苦しげな呻き声を上げた。
「だから言うたでございましょう、帝。毒の効き目はいついかなる時に現れるのか分からんと。
それに、毒のせいでどのような変化が起こるのかも、分からんのです……。ぐぅっ、め、目がッ!!」
そう言うと、目の辺りを押さえてしゃがみ込んだ。
「晴明! どうしたらよいのじゃ、ワシに出来ることはあるか!」
うろたえる帝と、廻りの者たちに、晴明は、荒い呼吸をしながらこう答えた。
「こうなる可能性があろうと言うことは、予想はしておりましたので、慌てないでくださいませ。
だが、それでも、ココまで強烈とは思いませなんだ。
申し訳ござらぬが、我が屋敷まで、駕籠をお願いいたす。ここで医者を呼んでいただいては、騒ぎになりまする。
それから、帝も、皆様も、このことはくれぐれも内密に、重ねてお願いいたす。私が、この酒宴の席で、良いがひどうて、途中で失礼した、と言うことにしておいてくだされ。
それから帝。何度も同じ事を申し上げるので、また怒られそうですが、この肉、惜しゅうございますが、決して口になさいませんように。
お分かりのこととは存じますが、『不老不死』とは真逆の結果がまっておりますからな?」
そこまで言うと、顔を押さえていた手を離し、銀色に染まってしまった長い髪を、後ろ手一つに結わえると、大きく息を吐き出して、帝を見た。
「よろしいですな、帝?」
「ひっ……」
そう、晴明に言われた帝は、声とも息とも見分けのつかぬ音を、口から漏らした。
それもそのはず、晴明は、髪の毛が銀色になっただけではなく、左の目も真っ赤になってしまっていたからだ。
「そ、その目……」