序章 龍炎 誕生 4
「ほォ。ワシの言葉だけでいくつかの候補が……。さすがは晴明じゃな」
「いえ。それに、人魚の肉は、喰えば『不老不死になれる』とかどうとか」
そこまで言うと、目つきを変えて、晴明は真っ直ぐに帝を見つめた。
「『珍な物を一緒に食したい』とは、私を呼び出す口実。しかも、私がある程度の予想をしてくることも承知の上のハズ。何が目的かと言えば、帝……」
そこまで言うと、さきほど醤油に溶きかけたわさびを少し取り、それを造りにのせてから、箸でつまみ上げて、目の高さまで持ち上げ、にやりと笑って見せた。
「先ずは私に食べさせ、身体に害がないか、試すおつもりなのでしょうな? 人魚の肉は毒だ、と言う噂もございます故」
「なっ、何を言っておるか、晴明。珍な物故に、そなたから味わってもらおうと……」
帝は、手にした杯をふるふると震わせながら反論した。
だが、晴明は、造りを箸でつまんだまま、冷ややかにこう続けた。
「もうお忘れか、帝? 私は何度も、帝にごちそうになっておりまする。それも、滅多にお目にかかれぬ、『珍しいもの』を。
熊の胆、ツバメの巣、鱶のひれ、そしてこの前はリュウグウノツカイ……。一番ひどかったのは、長﨑名物のあれ、『ちりとてちん』……。
ですが、帝。どれもコレも、先に箸を付けたのは帝、貴方ですぞ? 流石にちりとてちんは、臭いに負けて口に入れるのを断念されましたがねぇ?
食べても身体に影響のないものは先に食べ、危ういものは人に先に食べさせる。流石ですな、帝」
そこまで言われた帝の顔は赤くなっていたが、それが怒りのせいか、酒のせいかは分からない。
そうこうしているうちに、晴明は造りにちょん、と醤油を付けるとそのまま口に運び、食感を確かめるように口を動かした。
「い、いかがじゃ、晴明?」
そう聞かれた晴明は、またニヤリと笑うと、盃を口に付け、残っていた酒を一気に飲み干した。
「なかなか、こりこりした食感で。かなり身の引き締まった鯛のような……」
そう言う晴明を見ながら、帝も箸を伸ばし、造りを口にしようとした。
それを寸前でとどめるように、晴明は左手を突き出す。
「お待ちくだされ、帝」
「な、何じゃ、晴明。美味な故に独り占めしようというのか?」
鼻で笑うような仕草をして、出していた左手を引っ込めて、晴明が話を続ける。
「毒には即効性のものと、遅効性のものとがござりまする。特に、この、人魚の肉のように我らがよう知らぬものは、慌てて口にするものではござらん」
そこまで晴明が言っているのに、帝は惜しそうに、造りに箸を付けようとしている。