序章 龍炎 誕生 3
「うむ。文にも書いておいたが、珍な物が手に入ったのでな。一人で食すのもつまらん故、一緒に、と思って呼んだのじゃ」
帝の答えを聞いて、晴明は笑みを絶やすことなく続けた。
「珍な物……? あぁ、確かにいただいた手紙にも書いてありましたねぇ。わざわざ使いの人を我が屋敷によこすくらいですから、どうしても今宵の膳にそれを食するおつもりだったのですね。私と一緒に。」
そこまで言って、晴明は少しだけ、息を吐き出し
「と、言うよりはむしろ……」
「むしろ?」
その言葉を聞きとがめたような口調の帝に、晴明は次の言葉を付け加えた。
「いえいえ、何でもありませぬ。その、今仰った珍なる物が、お膳で運ばれてくれば分かることでもございますよ」
晴明の言葉に少し身を乗り出していた帝も、肩すかしを食らった格好になり、ちょっとだけ不満そうな顔をしながら元の体制に戻ると、手をぽんぽん、と鳴らし
「膳はまだか。早う準備をいたせと先ほどから申しておるではないか。それから、ワシと、晴明の分の酒を持って参れ」
と、帝が言い終わるか終わらぬかの内に、二人の前に膳がならび、酒と杯が揃った。
「待たせたな。晴明。用意が出来たようじゃ。先ずは、乾杯といこうか」
そう言いながら帝が酒器を差し出すと、晴明がそれを盃で受ける。
「帝に直々に注いでいただけるとは、光栄至極。では、帝も一杯」
と言って、今度は晴明が酒を注ぐ。
「今宵の膳に乾杯じゃ」
帝が盃を持つ手を高く上げたのを見て、晴明もそれにならい、杯を高く上げると同時に、頭を下げる。
帝は、(廻りで見ていた者からすれば、珍しいことだというのだが)、ひと息で盃の酒を飲み干した。反対に、晴明は一口だけ、口を付けると、盃を膳の上に戻した。
「どうした、晴明? 口に合わぬか?」
そう帝に聞かれ、晴明は首を横に振る。
「いえいえ。飲み口は甘露のごとし。そして、のどを滑り落ちるは、これまた見事。酒と言われずば、水の如く、幾杯でも飲めてしまいそうな酒にございますな」
「ならば、遠慮せずに、どんどん飲ればよいではないか?」
帝が酒をつぎ足そうとするのを左手で押しとどめ、
「お気持ちはありがたく頂戴いたしまする。が、しかし、この宴、帝の目的はこれでござろう?」
と、言いながら、膳の上の鮮やかな色をした『何かの造りらしきモノ』を指さした。
「おォ、それじゃそれじゃ」
「この晴明、かように美味し酒を少し戴いたくらいで酔いはいたしませぬが、せっかく帝がご用意くだされたものの味がきちんと分からぬようでは、お呼びいただいた意味がないかと思いましてな?」
そういいながら、しげしげと鮮やかな色の造りを眺め、再び視線を帝に戻した。
「ところで、帝。コレは、いつ、どこでとれたものにござる?」
「うむ。昨日、小浜に上がったものじゃ。鯖街道を走らせて運ばせた。氷で廻りを冷やしておいた故、腐ったりはしておらぬハズじゃぞ」
少し自慢げに帝がそう答えると、醤油にわさびを溶こうとしてやめた晴明が低い声こう言った。
「良く手に入りましたな。帝、日頃から各地の漁師に声をかけておられたのですか?
『人魚がとれたら、必ず連絡しろ』と」
そう言った晴明を見て、帝は口にしていた盃を戻し、答えた。
「さよう。しかし、そなた、口にする前によう分かったの。」
今度は晴明が盃を手にし、また、一口だけ酒を飲み、答える。
「何かの文献で見たことがありましたし、帝が『珍な物を食べさせたい』とのことでしたから、候補はいくつか挙がっておりました。まさか、造りで出てくるとは思ってもおりませんでしたが……」