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短編集

灰銀

作者: 杠 夜朱

 空も大地もただ暗い白に覆われていた。灰銀とも言えるか。まあ、なんと表現しようと事実が変わることはない。些細な問題だ。

 ザクザクと音を立てながら一人の男が足を進める。男の足音が、男の足跡が、この静寂を壊し、この完全性を傷つける。

 真白の純潔が冥き何かに穢される。そのことに男は暗い悦びを覚えた。

 男の後ろに残された灰銀を踏みつけた黒がゆらゆらと揺らめいている。

 行けども往けども命の気配はない。風もなく、昼夜もなく、停滞した永遠。それこそが“凍てつく死灰の荒野”。それゆえに神無の象徴“歩み着く生と死の狭間”。

 男はふと足を止めると、空を仰いだ。薄暗い白い空。


 ――ああ、そうだ。そう言えばあの日もそうだったな。







『ねえ、本当に行ってしまうの?』


 少女は必死の表情で、少年に詰め寄った。


『ああ、すまない』


 少年は無表情に、しかし瞳に謝罪の色を強く込めて少女に答える。


『謝るくらいなら行かないでよ!』


『……すまない』


『どうして、あなたが行かなければいけないのよ!』


 少女は少年の胸ぐらを掴み、少年の体を揺さぶる。

 少年は揺さぶられるままに、けれど声一つ揺らすことなく答える。


『他の者では危険すぎる』


『あなたにだって危険なのは同じでしょう!?』


『だが、他の者よりは確実だ』


『あなたはまだ子供でしょう!? 私よりも年下じゃない! それなのに、なんでっっっ』


 少年を掴んだ手を離さぬまま、少女は頽れた。

 しゃくりあげるように涙を流す。

 少年はそんな少女に触れることすらできなかった。


 ――彼女を置いていく自分にはそんな資格はないから。


『すまない、もう時間だ。行かなければ』


 冷たくそう言い残すと、少女の手を振り切り踵を返す。


『待って、待ってよ!』


 少女は頽れたまま涙ながらに手を伸ばすが、少年に手が届くことはなく、少年が振り向くこともない。


『待って、待ってっっっ……』


 少女の涙交じりの悲痛な声に、少年は初めて顔を歪めた。

 悲しそうに。振り向きたそうに。

 

 ――振り向いて、彼女に触れたい。けど……。


 少年は振り返ることもなく、また表情を無くし、前へと歩を進めたのだった。







 ――彼女は元気だろうか。


 男は頭を振ると、再び死灰に足跡を残す。

 何故だかさっきまでより足が重く感じられた。 

 男は自分の心の弱さに苦笑する。まるでまだ、少女の手が自分を掴んでいるかのようだ。

 死灰に塗れた自分にはもう、純粋なものには触れられないのに。触れる資格はもう、ないのに。

 そう、一度“凍てつく死灰の荒野”に足を踏み入れた者は、二度と出られない。

 けれど男はそれを知りながら、ただ一人で死灰の荒野を踏み荒らす。

 故郷に残した少女を思いながら。


 ――まあ今、思い出したのもしかたがないか。


 男は苦笑をこぼす。歩を休めることなく。

 そう、男の旅はもうすぐ終わる。


 ――今思えば、それが全てのはじまりだったのだから。


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