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4 少女と林檎爆弾の襲撃、中佐来襲

 地図通りに歩くとナットクラッカー大通りに出た。ペトルーシュカ一のビジネス街だ。

 ペトルーシュカ日刊新聞社の前に差し掛かった時だった。

 ころころ、と脇の道から、何かが転がってきた。オレンジ色の常夜灯の下で、黒いりんごのように見えた。

 不意にキムは立ち止まり、Gを押し倒した。

 何を、と言いかけた時、眩しい光と大きな音が一気に広がるのを感じた。


 林檎爆弾―――


 慌てて起きあがると、彼は辺りを見渡した。


 妙だ。


 この時間のビジネス街には人がいない。明かりもあらかた消えている。点いているのは、新聞社でまだ働いている上の階くらいのものだった。

 だが明るいはずの窓が一つも開かない。

 そこが新聞社である以上、自社の目の前で爆発が起これば、スクープとばかりに一斉に窓が開くなり、記者が飛び出してくるなりしてもいい筈ではないか。


 となると。


 Gは銃を取り出し、戦闘態勢を取る。

 キムも悠然とはしているが、事態の奇妙さには気付いたらしい。長い上着のポケットに手を突っ込んでいる。

 ふっ、と目の前を白いものが通り過ぎる。

 見えなかった。だが、通り過ぎる際に、また別の林檎が落とされていくのは判った。

 Gは飛び退く。途端に爆弾が弾ける。

 それほど大きな破壊力を持っているタイプではない。だが至近距離で弾けられたら、確実に生命が危ない。

 何かがこの林檎を落としていっている。それは彼にも判る。


 だが何処から?


彼とキムは背中合わせになって、敵の出方を待つ。

 めらめらと軽く燃える弾けた後の林檎の火が、オレンジ色の常夜灯の中では、気持ち悪い程に、全く目立たない。火の燃える音以外、彼らの耳に入ってくるものがない。


 くすくすくす。


 その沈黙は、少女の笑いで破られた。

 キ―――…… ン、と耳を高い音が劈いた。Gは音のする方向に顔と銃を向けた。


 ―――上だ。


 黒いスカートと白いエプロンを、急激な空気抵抗に翻しながら、少女人形は彼の頭上に降下してきた。

 明かりのついた窓の一つが開いていた。


 ああそうだ、この新聞社は「赤い靴」の傘下にある!


 くすくすくす。

 

 少女の笑いが漏れる。

 綺麗に着地した少女の黒のスカートがひらりと舞った。彼は銃の引き金に手をかける。

 決してGが下手な訳ではない。だが少女人形は、それ以上に早かった。器用に火線をかいくぐる。白のエプロンがひらりと舞った。左手に下げたバスケットの中から少女は林檎を取る。すらりとした少女の手から、林檎爆弾はアンダースローで正確に投げられる。

 そしてその速度とコントロールときたら、全星系統一野球連盟の花形ピッチャーを思わせる程だ。

 避ける。背後の通信ボックスが火を吹く。攻撃を加えながら相棒の位置を確認する。

 そこではもう一つの戦闘が行われていた。

 白のスカートに黒のエプロンの少女人形が、やはり極上の笑みを浮かべながら林檎爆弾を投げている。キムはレーザーナイフを持って応戦しているが、いかんせんスピードが違う。


 ああ、これは家庭管理型なんかじゃない!


 Gは今更ながらに内心叫ぶ。刺客は、あのマダムの所に居た少女達、オデットとオディール、双子の生体人形だった。


 そうだ、これは殺人人形だ。


 規格外戦闘型。規格内の戦闘型と違って、外見が他の平和利用型と同じであるだけに、規格内のものを想定して訓練してきた者には非常にやりにくいタイプだ。


 ―――だけどバスケットの中身は限度があるはずだ。


 三十六計逃げるにしかず、とばかりにGは走り出した。

 だが黒いスカートのオディールはくすくすと笑いながらすさまじいスピードで追ってくる。

 幾つかの爆発が彼の前や後ろで起こった。

 いくつの爆発が起こっただろう? 新聞社ビルの玄関が破壊された直後に、少女の動きが変わった。

 Gはその隙を見逃さなかった。

 横向きに疾走する少女人形に迷わず銃を撃ちはなつ。

 ほんの数歩の助走を付けると、オディールは黒のスカートをひらめかせ、新聞社隣のビルの壁を蹴って、更に隣のやや背の低いビルの屋上まで舞い上がった。


 はあはあ。


 瞬間、Gは全身から汗が吹き出るのを感じた。思いきり走った後のそれであるのか、冷や汗であるのか、彼自身にも区別がつかなかった。

 途端、相棒のことを思い出す。

 通りに駆け戻った。

 爆発が視界を焼く。まだこちらでは終わってはいなかった。


「キム!」


 Gは相棒の姿を捜す。

 林檎爆弾が炸裂したということは、近くに居る筈。

 だが通りには二人とも姿がない。時々、かち合う高い音が聞こえる。

 ふっ、と上を向いたら、上から林檎が降ってきた。


 まずい!


 だが身体はすぐには反応できなかった。


「G!」


 その時。

 勢いよく自分にぶち当たるものの重みを彼は感じた。

 彼の姿があった所に林檎爆弾は落ち、炸裂した。

 身体を起こす彼は、自分を突き飛ばした者の背中が、恐ろしい速さで視界の上方へ行くのを見た。

 長い栗色の髪を大きく前後左右上下に揺らせながら、キムは常夜灯の上へ飛び乗る。

 道を挟んだ向こう側に、少女人形のオデットがバスケットを抱えて立っている。

 キムは軽く反動をつけて跳んだ。オレンジの光が揺れる。

 オデットも同時に、白いスカートを翻して跳んだ。

 キン……

 何かがこすれ合う音がした。少女の両の手の甲からは、ぎらりと光る鋭い刃物が出ていた。

 そしてそれに応戦するキムは、特殊セラミック製のナイフを長く伸ばしていた。

 二人は空中で刃を合わすと、互いの位置を取り替えた。緊張が高まる。

 少女人形は、わずかに身を踊らせた。その横を銃弾がかすめていく。

 その大きな、美しい湖のような青い目が、足下の敵を一瞬早く感知したのだ。Gは続けざまに何発か撃った。

 少女人形は、とうとう向きを変えた。

 そして一気に、バスケットをひっくり返した。



 滅茶苦茶だ。


 何とか難を逃れたGは思う。

 最後にオデットが放っていった林檎は、七つ八つはあったらしい。道の舗装だけでなく、近くのビルの入り口をことごとく破壊していた。


「キム?」


 彼は相棒の名を呼ぶ。彼が乗っていたはずの常夜灯も、足元を折られ、無惨な姿となっていた。


「よ」


 栗色の髪が、揺れた。


「大丈夫か!?」

「大丈夫だけど… ちょっと疲れ…」


 ふらり、と彼はその場に倒れ込んだ。慌ててGは地面につく前に手を伸ばし、支える。

 思った以上の重さに、彼の腕は一瞬悲鳴を上げた。



 耳に付けた小型の通信機で、時々飛び込んでくる下部構成員の報告を聞き、それに短い答を返しながら、彼はホテルに足止めを食う形となっていた。

 キムはあれからずっと眠ったままだった。

 もう三日になる。何処にも外傷はない。心臓も止まってはいない。ただ意識だけが戻らない。

 どうしたものか、とGは本気で困っていた。情けないが、本当に。

 キムがあのマダム・カーレンについて、まだ自分の知らない情報を持っているのは確かだった。そしておそらくそれが、彼女を追い詰める切り札になるのではないか、という予感がしていた。


 いや予感というよりは、希望的観測だ。


 Gは苦笑する。希望的観測で物事を進めてはならない。

 ただ確かに、さしあたって彼にできることは少なかった。

 

 午後四時のチャイムが窓の外で鳴った時だった。


 どんどん。


 扉を叩く音がした。彼は全身を緊張させる。銃を手にしたまま、のぞき穴から外をうかがう。

 次の瞬間、自分の目を疑った。

 真っ赤な髪。


「いい加減にしろ! 早く開けんか!」


 どん。


 扉を蹴る音。こりゃやばい、とGは慌てて扉を開けた。 


「中佐! 何でここに…」


 幹部の一人、軍警のコルネル中佐がそこには立っていた。


 何で彼が。


 Gにはさっぱり事情が掴めなかった。だがGの当惑など何処の空、とばかりに、中佐はやや苛立たしげにシガレットをふかしながら、戸口のGを押しのけて中に入った。

 つかつかとベッドに近付くと、力なく横たわったキムを見て、ちっ、と舌打ちをする。


「緊急信号が出てたからな」

「緊急信号? 僕はそんなものは…」

「早くドアを閉めろ! お前じゃない。こいつだ」


 中佐は苦々しげに顔をしかめると、ベッドの上に座り、横たわった連絡員のシャツのボタンを外した。

 何をするつもりだ、とGは固唾を呑んでその様子を見つめる。


「ぼーっとしてねえで、こいつの上着の内ポケット探ってみろ。ケーブルが入ってるはずだ」

「ケーブル?」

「さっさとやれ!」


 殆ど飛び上がるくらいの勢いで、Gは言われた通り、ベッドの枠に掛けておいたキムの上着の内ポケットを探った。

 そこには言われた通り、彼にはさほど馴染みの無い形の差し込みがついたケーブルが輪になって入っていた。


「これか?」

「そうだ。早く貸せ」


 何をするつもりなんだ?


 全く想像がつかなかった。

 そして次の瞬間、彼は自分の目を疑った。

 中佐はシガレットを踵で潰すと、自分の軍服の前をはだけ、脇腹の皮膚をめくった。

 目が離せないでいると、中佐もそれに気付いたらしく、ぎろり、と彼をその金色の目でにらんだ。


「何じろじろ見てる!」

「中佐、それは…」

「あん? ああお前知らねえのか。だったら黙って見てろ!」


 ごちゃごちゃとうるせえんだよ、と中佐は吐き出すように言うと、輪になっていたケーブルを解き、皮膚の下の回路の一つに、つないだ。

 そしてその片方を口にくわえると、右手の爪を伸ばし、やはりはだけられたキムの右の胸辺りの皮膚を軽く切った。

 赤い液体がそこからは流れる。Gは思わずあ、と声を立てた。

 だがその赤い液体は本物ではなかった。粘度が違っていた。

 そして――― その奥には無数のケーブルに彩られた回路がのぞいていた。

 中佐は爪をぎりぎりまで引っ込めると、眉間にしわを寄せる。赤い液体に手を染めつつ、回路の細いケーブルを手早く、だが丁寧に選り分けていった。


「全く旧式は…… だから面倒なんだよ…」


 そうは言いつつ、捜していた部分を見つけたらしく、彼はくわえていたケーブルを手に取ると、ジョイント部分らつないだ。

 Gはその様子を呆然として眺めていた。


「…中佐これは…」

「あん? お前本当にMから何も聞いてないのかよ?」

「何も、って」

「見りゃ判るだろ。これが何に見える?」

「機械――― だよな。あんた達は生体機械(メカ二クル)なのか?」

「いや、違う」


 姿勢を固定したまま、中佐は首を横に振った。


「大して変わらんが、違う。俺の脳はまだ自前だし、奴はレプリカントだ」

「レプリカント!? ちょっと待ってくれ、それって…」

「ああ、もちろん現在は居る筈のねえもんだよ。あれは230年前に狩られた筈だからな。たぶんこいつが最後の生き残りだ」

「そんな馬鹿な…」

「現実にお前の目の前に居るのは何だ?」


 ぎろり、と中佐のメタリックな金色の瞳が再び彼をにらむ。背筋に冷たいものが走る。


「じゃあ中佐、あんたは…」

「俺は昔、身体を無くしたんでな、Mが新しい身体をくれた。それだけだ」


 端的な説明だ。だが面倒な事情があることはGにも容易に想像できた。軽々しく聞いてはならないことであることも。


「おい、何かこいつ、急激にパワーを消耗するようなことをしたか?」


 Gはこれまでの経緯を話す。

 ああそうか、と中佐は短く答えた。


「そんなことすりゃ、こいつのエネルギーゲージは一気に落ちるわな」


 目を細め、呆れたように言う。


「そういうものなのか?」

「こいつはもともと戦闘タイプじゃあない。多少ただの人間よりは強いが、元々は秘書型セクサロイドだ」


 はあ、とGはうなづいた。何となくそれは納得ができる。

 先日彼自身が倒した生体機械はそれに近い。おそらく新型なので、秘書型に多少戦闘モードが組み込まれていた類だろう。


「急激にフルパワーで動くと、バッテリーが上がっちまう。外部からパワーを入力しない限り、再起動できねえんだよ。で、そういう時、緊急信号が出る」

「じゃあ、あんたはそれを」

「俺のボディは戦闘タイプだからな。基本構造はそう変わらん。だがこいつよりもキャパシティが大きい。信号が出たら、その時暇だったらそうしてやれと、盟主が言うからな」

 だが中佐が暇な状態というものをGには想像できなかった。

 何せ表向き彼は、軍警の士官なのだ。「MM」を取り締まる側の人間なのだ。それを完璧にこなしつつ、それでいて「MM」幹部の彼には。

 そこで思わずGは間抜けな質問を口にしてしまった。


「今は暇なのか?」


 すると中佐はひどく嫌そうな顔になった。


「暇というものは作るものだ」


 なるほど、とGはうなづかざるを得なかった。



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