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2 コッぺリアの最初の夜とマダムの依頼

「おーい見ろよG、スワニルダが綺麗に見えるぜえ!」

「またそんな大声で…」


 ホテルの窓を大きく開けて、キムは夜空に浮かぶ隣の惑星を見上げている。

 生産に従事していない住宅惑星の空気は澄んでいる。天気の良い日の夜には、空に大きく隣りの惑星の美しい青い姿が浮かび上がる。

 惑星コッペリアとスワニルダは美しい二連星である。523年前の「発見」以来、帝国の美しい二つの青い宝石として栄えてきた。

 温暖なこの二つの惑星は、帝都本星からそう離れていないこともあり、一種の住宅惑星としての役割を持っていた。すなわち、帝都及びその近郊の工業惑星、コロニーといったもののベッドタウンである。

 だが二つの星とも全く同じ役割をしているという訳ではない。

 どちらかというと、スワニルダの方が「格」が上だった。コッペリアの方が、労働者が多く住み、スワニルダの方がその事業主が多く住んでいる、という印象がある。


「やだねえG君は。仕事に夢中なのはいいけど、ちょっとはいい景色でも堪能したら?」

「仕事仕事って言ったってお前…」


とGは切り出した。


「そもそも一体俺達は何しに来てるんだ? いい加減に今回の指令の内容を説明しろよ。盟主は何って?」

「そうだなあ」


 キムはタイを解きながらのんびりと答えた。どうにもこうにも彼は、まず現在自分の着ている服を換えたいようだった。

 生まれ育った所でそういった折り目正しいものを着慣れているGと違い、キムにはどうもそういうものは性に合わないらしい。


「単純に言えば、『邪魔者を消せ』なんだけどね」

「『邪魔者』?」

「さっき俺達が会った人」

「あの老婦人がそうだというのか?」


 キムはタイを椅子の上に放り出し、靴を床に投げだし、続いて自分自身をベッドの上に投げ出した。そして気怠げに天井を眺めると、ついでのように付け足した。


「ああ、俺言ってなかったっけ。マダム・カーレンは反帝組織『赤い靴』の首領なんだよ」 

「は?」


 Gはさすがにその言葉には驚いた。外しかけていたタイもそのままに、今にも寝付いてしまいそうな相棒のそばへ寄る。


「ちょっと待てキム、『赤い靴』? ってあれか? 最近所々でゲリラ活動をしている組織の一つの…」

「そ。それもえらく過激なんで最近有名だよね」


 淡々とキムは彼に説明を加えていく。 


「だけど反帝国組織だったら、むしろうちと同じ側の組織という訳じゃあないのか?」


 彼は声をややひそめる。「赤い靴」よりも彼ら「MM」の方が帝国全土では有名な存在であることは確かなのだ。


「いやいや」


 キムはひらひらと手を上げて振った。

 じゃあ何だよ、とGはどすん、とベッドに腰を下ろした。勢いが良すぎて先住者の身体がぽん、と跳ねた。


「反帝国組織ったって、いろんな主義主張がある訳でしょ? お前がどの程度、『MM』の綱領を理解しているのか俺は知らないし、ま、俺だって別にそんなのどーだっていいんだけどさ」


 幹部の言いぐさではないな、とGはやや眉をひそめる。


「とにかく盟主Mの言うところの主張と、『赤い靴』の主張とは違う訳よ」


 なるほど、とGはうなづく。考えてみればそうだ。


「すると、逆に足を引っ張る組織は場合によっては邪魔になる。それは判るよな?」

「ああ」

「まあ別に本当は放っておいても良かったんだろうけどさ、ただ最近の活動は、さすがにちょっと目に余るらしい」

「例えば?」

「学園都市『ジゼール』の無期限ストライキの決行」

「あれも『赤い靴』の?」


 それは、最近報道管制の引かれた事件の一つだった。

 軍警同様恐れられている内務省特別高等警察の関与によって、関係者の一斉検挙が行われて一件落着したらしいが、裏では知られた事件だった。


「そ。あそこはさ、無茶苦茶入学条件が厳しい研究学園都市なんだけど、入ってしまえば自治が認められる。そこを利用して、うちの下部構成員が研究を進めていたんだけど」

「ストライキのせいで」

「そ。まあ奴自身は傍観者に徹していたせいで、捕まらずには済んだけどさ。でもストライキのせいで、研究が中断してね。ほら研究ってのは、ただ実験して観察して… だけじゃないだろ? 何かを生かしておいて、その生態をじーっとしばらく見るって部分もあるじゃない。それがストライキのせいで失敗しちゃった訳よ」

「ああ。でも研究ならまたやれば」

「それなりに時間とコストがかかるのよ。人員と頭脳もね。あんまりお前、理系とは関係無かったでしょ? 音楽の人だったし」


 まあそれはそうだった。


「それはそうだな」

「でしょ? だから様子を見て、やっぱりやばそうだったら、消しなさい。それがMの命令だったりするのよ」


 なるほど、とGはうなづいた。

 ある程度勢力をもった組織の首領だったら、自分達が「MM」の構成員ということは、割合簡単に気が付くはずだ。

 もしかしたら、ロートバルト伯爵と名乗っている、幹部の一人「伯爵」の正体も知っていて、その上で自分達のような者を回してくれと言ったのかもしれない。


「まあそんな眉間にシワ寄せないでさあ、とりあえず一息入れようよ」


 その声と同時に、がくん、とGは思わずバランスを崩して仰向けに倒れた。ベッドについていた腕の関節を内側から軽く叩かれたのだ。


「いきなりそれか?」


 彼は至近距離で自分を見おろす同僚を軽くにらむ。


「お前さんスキありすぎんのよ」


 そういう意味では、こいつは曲者だ、とつくづくGは思う。もう既に連絡員の手は、解きかけていたタイに手が伸びていた。


「つくづく思うけど」


 Gは呆れ半分につぶやく。


「何でお前、俺としたい訳?」

「何で、って。楽しいじゃない」

「いいけどさ」


 ふう、と彼はため息をついて軽く目を閉じる。嫌いではないのだ。何はともあれ悪い気分ではない。

 だが。


「…お前さあ、何でそう…」


 荒い呼吸の合間あいまに彼はやや苛立たしげにつぶやく。


「何?」


 平然と答える声。何だか苛立たしい。積極的にどうこうするつもりはないから、その立場に在るのは自分のせいではあるのだけど。


「俺ばっかり――― ずるい」

「だから何が」

「…」


 声にはならない。

 何でこいつの身体はこうも冷たいのだろう。彼は思う。いい様になぶられ、せき止められ、押し流され、そしてかきまわされる。

 自分ばかりが、一方的に熱くなっている。

 何となく口惜しい。腹立たしい。

 とは言え、その立場をこの曲者に対して逆転させようという気はない。ただしゃくにさわるのだ。最初に相手をした時に、自分に本気でないと指摘しただけに。

 確かに敵ではないのだからその必要はないのだけど。


「だから、何がずるいのよ」

「―――俺ばっかり熱くなって」

「あ、冷たい?別に熱くしてもいいけどさ」

「そういう問題じゃ」


 ない、という言葉は相手の中に呑み込まれた。



 マダムに提示した表向きの仕事は、翌日から始められた。

 彼女が彼らに依頼したのは、ごくごく最近見当たらなくなった宝石の捜索だった。結構大きなエメラルドだという。

 警察に頼めばいいのではないか、と話を聞いた段で彼らも一応常識的なことを口にしてはみたのだが、どうやらそうするのにはまずい話らしい。


「当初は、私が間違えて部屋の中の何処かに置き忘れたのかと思ったのよ」


 老婦人はキムから贈られた人形をいとおしげに撫でながら穏やかに説明した。


「だけどそうではないみたい。この子達にも一所懸命捜させたのだけど」


 そう言って彼女はオデットとオディールという名の二人の少女の方を向いた。ネガポジの少女達は同じポーズで、次の主人の命令を待っているように見えた。


「この子達は優秀な家事型よ。この子達がこの部屋の中のことで知らないことはないわ。その二人が二人ともこの部屋にはない、って言うのですもの」


 その言葉から、どうやらこのネガポジ少女達は生体機械であることが二人には判った。


「外で落としたということは?」

「いいえ。私宝石は、外へは持ち出しませんの」

「では」

「盗まれた、ということじゃないかしら。あれは結構大きいし」


 おっとりと彼女は言う。


「どのくらいの大きさですか?」

「そうね」


 老婦人は、頬に手を当て首をかしげると、オデットの方に合図する。オデットはグランドピアノの上に無造作に置かれていたガラス瓶を持ってきた。

 キャンディボックスだ、とGは思った。その中から彼女は大粒の一つを取り出した。 


「だいたいこのくらいかしら。昔むかし、私が夫からもらったものなのよ」

「それは大切なものですね」

「ええとっても」


 マダム・カーレンはゆっくりとうなづいた。

 そして二人は捜索を始めることにした。

 とにかくまず彼女の動きを見定めるという必要があったのである。そこから次の行動を見いださなくてはならない。

 彼らの指令は、そういう性質のものだった。

 下部構成員に与えられる指令と、彼ら幹部に与えられる指令には差がある。はっきり言えば、幹部格になればなる程、その指令の内容は曖昧で抽象的になっていく。

 その違いは、そこに考える必要があるかどうか、である。

 下部構成員への指令は、行動自体が簡単なものであれ、厄介なものであれ、明確である。

 「**公会堂に時限爆弾を仕掛けよ、その際にはきちんと市民に退避のために○分前に放送を流しておくこと」の様に、内容の是非はどうあれ、行動の手順ははっきりしている。

 無論幹部幹部と言っても、いろいろある。

 Gやキムが属するのは、盟主直属のものであり、いわば、最高幹部の部類に入る。彼らはその指令に応じて、下部構成員を動かせる立場にもあるし、また単独行動も許される。中佐など単独行動のいい例である。

 そして最高幹部の下にも幾つかのランクがあり、そこにはそれなりの呼ばれ方をする中級幹部や幹部候補生が居る訳である。つまりGはそんな間をすっ飛ばしての抜擢なのだから、彼が戸惑ったのも無理はない。

 だが何はともあれ彼は今その立場にある。否が応でも、与えられた曖昧な指令に対して、自分の頭で考えなくてはならない。

 盟主は相手を潰すもよし潰さぬもよし、と言っているのだから。この言い方は一見優しいようで、実のところ相当に過酷であるとも言える。責任を彼の肩にも乗せているのだから。


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