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8 仕方ありません

「メリッサ様、先程わたしが身分に合った振る舞いというものを教えてくれると仰ってくださいましたわね」

 ソファーに並んで座ったわたしは、薄ら笑いを浮かべて問いかけた。

 今までの態度とは違うものを感じたのか、メリッサ様の顔が強張る。

「でもとても理解していただいているようには見えませんわね。たかが准男爵の娘の分際で、いろいろと好き放題にしすぎではないかしら?」

 わたしは手に持っている扇を、わざとパチンと音を鳴らして閉ざした。気分は女王様です。いたぶる気満々ですわよ。

「王都であなたの世話をされている方は、社交界でのルールを教えてはくださらなかったのね。あなた、ご自分がどんな噂をされているか、ご存知ないのかしら」

 嘲笑するように言うと、メリッサ様はカッと顔を赤らめた。でも言い返しては来ずに、視線をさまよわせている。

 彼女はきっと自分が愛人候補の一人だと言われていることを知らない。それをわざわざ知らせてくれる人がいるとは思えない。交遊というものが上手くないようですから。わたしと張り合える人間では到底ないと認識されていることに気づいていない。

「そろそろ田舎にお帰りになってはいかがかしら? それともご自分の分を弁えて、相応のお相手を探されます? どちらでもよろしくってよ。まさかまだ、フィルがあなたに好意を持つ可能性があるだなんて、馬鹿げた妄想に捕らわれているわけではありませんわよね」

 おかしそうにふふふ、と笑ってみる。メリッサ様は憎悪に満ちた眼差しでわたしを見た。

「あなたこそご自分がフィリップ様に相応しいとでも思っていらっしゃるの? その外面の中身があの方に知られればどうなるかしら」

 脅すような口振りね。わたしの本性をフィルに話して、心を離れさせてやると思っているのかしら。

「あら、そうすればあなたに心が向くとでも思ってらっしゃるの? 随分と自信がおありなのね。それはそれは清らかな中身をお持ちだということかしら」

 フィルがわたしの本性などとっくに理解していることは、敢えて臥せておく。だってその方が戦いに陰険さが増してきて、いい感じではないの。

 いえ、違いましたわ。楽しんでいる場合ではないのでした。もうそろそろ決着をつけなくてはいけないのよ。

「そんなことをしてもあなたの立場は変わらないのだと、いい加減に理解なさったら? 貧乏な准男爵の娘で、たいした教養もない。取り柄といったら、そのお顔くらいではないの。でもそれだってフィルは大して興味がなさそうでしたけど。まあ、よくもこれで公爵家に嫁入りしようだなんて思えましたわね」

 わたしはわざとらしい驚いた顔を作った。

「興味がないとあなたが勝手に思っているだけではないの! フィリップ様は美人だと仰ってくださいましたわ」

「美人? それだけでしたら紳士は誰にでも言いますわよ。社交辞令ではないの。本気にしましたの?」

 わたしは思わず呆れた顔をしてしまった。

 上流階級の男性ほど、女性を自然に称えるものなのです。彼らには「今まで出会った中で一番美しい」ぐらいのことを言われて、ようやく本当に賞賛されたと言えます。

 フィルなんか誉め言葉を考えるのが面倒なのか、ほとんど誰にでも美人と言っていますわ。

「随分とおのぼりさんですのね。それくらいで浮かれてしまうなんて」

 再び扇を開いて、口元を隠して笑う。

「あなただってたかが伯爵家ではないの! それも親の決めた婚約者でしょう!」

 羞恥に顔を赤く染めて、メリッサ様が言い返す。

「ええ、だからこそ正式な婚約者なのですわ。それに伯爵家で何の問題があるのかしら。━━ねぇ、メリッサ様。そろそろちゃんと理解していただけないかしら。お遊びは終わりなのです。これ以上は危険なことになりますわ。こうしてわたしが忠告しているうちに、身を引いたほうがあなたのためでしてよ」

「わかっていないのはあなたのほうですわ。王都でわたしの世話をしてくださっているのは、マイセル侯爵夫人ですのよ。あなたがわたしをどうにかできるわけがありませんわ!」

 メリッサ様は勝ち誇った顔で笑った。侯爵夫人という言葉を強調している。

「まあ・・・」

 これは酷いですわね。

「思ったよりもずっと頭が弱くていらっしゃるのね、メリッサ様。王都で世話をしてくださっているだけの侯爵夫人が、あなたのために我が伯爵家に圧力をかけるとでも? そもそもそんなことは不可能ですわ。力の衰えた侯爵家に何が出来るというのです。その空っぽの頭によく叩き込んでおいてくださいな。わたしのお母様はサロンの女王と呼ばれているんですの。これはつまり、あなたの評判を地に落とすことなど、造作もないということですのよ。侯爵夫人よりもわたしの母の方が、社交界での権力を持っているのですから」

 上から見下ろすように話ながら、わたしは優しく諭すように言った。ここまで底意地の悪いことを言っても、罪悪感が湧かないのですから、清々しい気持ちになりますわね。

「これ以上わたしをコケにするのはやめた方がよろしいわ。後悔なさいましてよ」

 メリッサ様は口をわななかせて沈黙した。

 彼女のカードは全て潰しましたわ。忠告もいたしました。これでもわからないようなら社交界から消えていただきましょう。

「・・・失礼いたしますわ!」

 唐突にメリッサ様は逃げるように去っていった。早足で人混みの中に消えていく。

 これはどうなのかしら。もしかしたらまだ諦めていない可能性もありますわね。

 まあ、どちらでも構いませんけど。



 メリッサ様がいなくなっていくらもしないうちに、フィルがやって来た。

「彼女はまだ君に対抗しようとしているのか?」

 少し深刻な顔で聞いてくる。

「最終忠告をしたところですわ。これで大人しくなるかどうかはわかりませんけど」

 眉間の皺をぐっと寄せて、フィルは隣に腰を下ろした。

「彼女は常識がなさすぎる。厄介なことになるかもしれない。君はもう手を引け」

 不機嫌さをあらわにして、わたしの顔をじっと見る。

「もう終わらせるつもりですわよ」

「それでもだ。俺が対処するから、君はもう関わるな」

「・・・どうしても駄目ですの?」

 ここまで来て最後におあずけをくらうのは、ちょっと不満なので食い下がってみましたけど、フィルはにべもない。

「駄目だ」

 きっぱりと言ってくれます。

「わかりましたわ」

 フィルがここまで言うのなら仕方ありませんわね。諦めましょう。すごく残念ですけど。

「彼女が突っかかって来ても相手にするなよ」

「わかっていますわ」

 念を押すフィルに素直に頷く。関わるなと言われたのですから、向こうから来たからといって相手にはしませんわよ。

 フィルはほっと息を吐く。彼からしたら、メリッサ様は一度か二度わたしとやり合えば引き下がると思っていたのでしょうね。それがまだ張り合っているのですから、異常だと判断したのでしょう。

 わたしからしたら、メリッサ様は王都の社交界が田舎の社交界とは全く違うのだということに気づいていない、思い込みの激しい人ですわ。

 そこに性格の悪さが加わっているので、同情の余地はありませんけどね。

 彼女は愛人候補ではなかったのですから、もう今後どうなろうと知ったことではありません。フィルがどう対処するのかわかりませんけど、ご愁傷様ですわ。

「アイリーン、君は念のために人の多い場所にいろ」

 フィルがソファーから立ち上がった。

「メリッサ様を探しますの?」

「ああ」

 次にいつ会えるかはわかりませんものね。

 それにしても人の多い場所だなんて、彼女が最後の反撃を食らわせようとしているのではないかと考えているのかしら。あり得ますけど。

「わかりましたわ」

 わたしはフィルの手を借りて立ち上がり、談笑する人たちの中に紛れ込んだ。


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