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6 これはマズイです

「疑問があるんだが」

 隣でフィルが言う。

 夜会で会場入りしてから、いくらも経っていない頃で、主催者に挨拶をし終えたところだった。

「何かしら」

 わたしは組んでいる腕を辿って、フィルを見上げた。

「なぜ君が出たいと言った夜会には、必ずメリッサ嬢がいるんだ?」

 頭痛を堪えているような表情をした彼の視線の先には、若い男性と会話をしているメリッサ様がいた。

「必ずってまだ二回目ですわよ」

 大袈裟に言い過ぎだわ。これくらいなら偶然で済まさないかしら。

 だいたい今は社交シーズン真っ只中で、ほとんど毎日どこかで夜会が開催されている。そして毎日夜会に出席している貴族や富豪も少なくはない。

 わたしも顔を売らなくてはいけないフィルに付き合って、かなり出ている。前回メリッサ様に会場で会ってから今日まで、二回も間を挟んでいるのだ。必ずと断定するのはどうかしら。

「君が夜会を指定して出席したいと言ったのは、今日を含めて二回だけで、その二回ともにメリッサ嬢がいれば、疑いたくもなるだろ」

「フィル・・・いくらなんでもメリッサ様が必ず出席しているだなんてわかるわけがないでしょう。せいぜい招待状が届いているかどうか推察するくらいです」

「やっぱりわざとじゃねーか」

 フィルは半眼でわたしを見下ろした。

「なんで社交界デビューしたばかりの君が、招待状の宛先を推察出来るんだ? 情報源はどこだ!」

「嫌ですわ、フィルったら。わたしのお母様がサロンの女王と呼ばれているのは知っているはずでしょう」

「伯爵夫人か・・・!」

 わたしの母は社交界で一二を争うくらい顔の利く人物なのです。人と人の繋がりにとても詳しいのですわ。

「なんで止められないんだ? どうやって言いくるめたんだ」

「フィルにちょっかいをかける女性を潰して来ますと言っただけですわよ」

「待て。その言い方は何か納得がいかない!」

 事実でしょう。納得も何もないですわよ。他に何と言えと言うんですの。

「今は話しかけづらいですわね。フィル、ちょっとダンスでも踊っていましょうよ」

「・・・時間潰しかよ。彼女と対決するためだけに夜会に来ているということがよくわかった」

 失礼ですわね。ちゃんと社交だってしていますわよ。



 ダンスホールでフィルとワルツを一曲踊ったあとに、先程までメリッサ様がいた場所に目を向けてみる。

 意外にも彼女はまだそこにいて、同じ男性と二人きりで会話をしていた。しかも会場の隅の方だから、人目を避けているようにも見える。

 どうしたのかしら。趣旨変えかしら、それともターゲットを増やすことにしたのかしら。

 彼女の行動原理がわからなくて、じっと様子を見てみる。

 すると迫っているのは男性の方で、メリッサ様はむしろ困っているようだった。扇で必要以上に近づいてくる男性をなんとかガードしている。

「ねぇ、フィル。あの方、知っているかしら」

 わたしは初めて見る顔だったので、フィルに聞いてみる。

 彼は顔をしかめて二人を見ていた。

「シズリー子爵家のダミアンだな。女性関係がだらしないことで有名だ。いや、だらしないというよりは手当たり次第か。責任を取らなくてもいい相手ならな。念のため近づくなよ、アイリーン」

 なるほど。いかにも貴族の放蕩息子という感じですものね。二十歳は過ぎてそうですけど。

「でも、フィル。メリッサ様は未婚女性ですわよ」

 手を出したら責任を取らなくてはいけない相手のはずだわ。准男爵が正確には貴族ではなくても、平民とも言えないのだし。

 平民なら手を出しても責任を取らなくていいわけではないけれど、そう考える貴族は割と多い。手当たり次第だというあの男も、そういう考え方をしそうだわ。

 でも社交界に出入りしているメリッサ様は絶対に、その平民の枠には入らない。かと言って本気で迫っているようにも見えない。やり方が全くスマートではないもの。

「何か手を出しても問題がないと思わせるような噂を聞きつけたんだろうな」

「でしょうね。愛人の座を狙っているような女性だからということかしら」

 そういう女性だから奔放なんだろうと思ったのか、正式な結婚が望めない事情があるから愛人になろうとしているのだと思ったのか、どちらかはわからないけれど、そんなところでしょう。

「これはまずいですわね」

「アイリーン?」

「このままではあの男の魔の手に落ちるかもしれませんわ」

 それはいくらなんでも見過ごせません。

「そうか? ちゃんと断ればいいだけだろう。こんなに人の多い場所なんだし」

「それが出来ない女性だってたくさんいるのよ。一度断ったからって諦めてくれるとは限りませんし」

「それはまあ、そうだが」

 わたしはフィルを置いてスタスタと歩きだした。もちろんあの男の邪魔をするためです。

「ちょ、ちょっと待て、アイリーン! 君が行くな。あいつに目をつけられたらどうする!」

「わたしは手を出したら究極に面倒な女だから、問題ありませんわよ」

 何と言っても、公爵家の嫡男の婚約者ですから。

「そうかもしれないが、でも危ない! 俺が行くからここで待っていろ」

 わたしは思い切り呆れた顔をフィルに向けた。

「この状況でフィルがそんなことをしたら、どうなると思っているのよ」

 フィルがメリッサ様に言い寄る男を追い払ったとなれば、彼女を本当に愛人にする気になったのではないかと疑われてしまう。いくら紳士として行動しただけだと言っても、勘ぐる人は多いでしょう。

「だからって君が行くな。だいたい彼女のことを潰すとか言ってたくせに、なんでそんなに助けようとする」

「当たり前でしょう! あんな男にメリッサ様がやり込められたら、わたしの気が済みませんわよ。どうにかされるなら、せめてわたしに負けを認めてからにしていただきたいですわ!」

 勝手に戦線離脱などされたら、たまったものではありません。

 そう主張すると、わたしを止めるために腕を掴んでいた手が、ぽとりと落ちた。

「・・・・・・君は本当に正直者だな」

 フィルは急に遠い目をして言った。

 わたしが正直なのは、相手によりますわよ。

「フィルこそいいんですの? 黙って放っておくなんて紳士のすることではありませんわ。もしかしたらメリッサ様が手込めにされるかもしれませんのよ。フィルが行けないから、わたしが行くでいいではありませんの」

「よくねぇよ」

 フィルはこれ見よがしに大きなため息を吐いた。

 彼の紳士としての良心に訴えてみたのですけど、効果なしかしら。結構薄情ですわね。

「わかった、一緒に行こう。それなら周囲に変な誤解もされないだろうし、あの男に牽制もできる」

 

 

 

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