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小さな悩みと結婚式(ダグラス)

活動報告にあった小話を改稿して、エピソードを少し追加したものです。

「結婚式~目が覚めたら~」の内容をさっぱり忘れたという方は、そちらを読み返してから読んでいただくと、より楽しめるかと思われます。

 妹が何やら真剣に考えごとをしていた。

 子供用の座面が高い椅子に座り、テーブルに両肘をつくという、普段の行儀のよさとはかけ離れた格好をして、眉根を寄せている。

 俺が家族用の食事室に入って来たことにも気づいていない。

 テーブルに置いてある、食前酒代わりのレモネードのグラスに手を伸ばしながら尋ねた。

「何をそんなに悩んでるんだ、アイリーン」

 妹が顔を上げてパチパチと瞬きした。髪にいくつも飾られたレース付きのリボンが揺れる。メイドたちがまたこの小さな妹を飾り立てて遊んでいたらしい。

「フィルが拗ねてたの」

「へぇ」

 珍しいこともあるものだと思いながら、喉が渇いていたので、グラスの中身を一気に煽る。

「ねぇダグラスお兄様、フィルと毎日一緒に寝れるようにするにはどうすればいいと思う?」

「ゴフウッッ」

 レモネードが吹き飛んだ。

「ちょっと、汚いわ、お兄様!」

 アイリーンが非難の声を上げて体を引く。

 誰のせいだ!

 そう言い返したいのに激しく噎せているせいで言葉が出てこない。勢いよく飲んでいたのでダメージもでかかった。

 まさかアイリーンがいかがわしい意味で言っているわけはないし、フィルだっていくら子供の割に知識が豊富だからといっても、そんなことまで知りはしないだろう。

 ただそれならどうして毎日一緒にいられるように、ではなくて、一緒に寝れるように、になるんだ。そこが重要なのかよ。なんでだよ。

「アイリーン、お前がフィルと結婚するのは大人になってからだぞ」

 息を整えて椅子に座り、年の離れた兄らしく冷静に指摘する。

「知っているわ、そんなこと」

 頬を膨らませて拗ねられた。

「じゃあ、どういう経緯でそんな話になったんだ。お兄様に話してみろ」

「それは……」

 アイリーンはちょっと考えてから首を振った。

「だめ。内緒よ。フィルとわたしの秘密なのよ」

「…………」

 いかがわしいことじゃないよな、フィル。

 何で今日に限って両親とも夜会に出ているんだ。

「別に結婚したら嫌でも毎日一緒にいるんだから、今からそんなこと考えなくてもいいだろう。母さんと父さんが寂しがるぞ」

 アイリーンは困ったように口を尖らせて足をぶらぶらする。

「そうよね。お母様やお父様と離れちゃうのは嫌なのよ。……あっ、えっとダグラスお兄様もね」

「慌てて付け足すくらいなら、むしろ忘れてくれてていいぞ」

「だってダグラスお兄様はいつもいないのだもの」

「寄宿学校に行ってるんだから仕方がないだろ」

 正当な理由を言ったはずなのにアイリーンは不満そうな顔をした。

「遊んでってお願いした時も、お勉強を教えてってお願いした時も、すぐにいなくなっちゃうわ」

「……たまには遊んでやってるし、勉強はちゃんと家庭教師がいるだろ」

 俺はかなり薄情な人間だと思われているんだろうか。いや確かに最近はあまり相手をしてやっていないが。だがこちらにも言い分がある。

「だいたいお前が俺のところに来るのは、フィルも母さんも父さんもいない時だけだろ」

 この妹はあまり俺になついていないのだ。それはもっと小さな頃から色々とからかったり意地悪をしていた俺の自業自得なのだが、この三人よりも妹が俺を優先するということはない。妹の都合のいい時だけ遊んでやるというのは癪だ。

「そんなことないわよ……」

 否定しながらもアイリーンは目を逸らす。

「今だって久しぶりに帰って来たっていうのに、フィルのことしか考えてないしな。薄情なやつだ」

 仕返しのようにため息を吐きつつなじってやると、アイリーンは慌てながらも怒りを向けてきた。

「そんなことないわよ。ダグラスお兄様のことも考えていたわ。一緒にお食事するためにおめかしだってしたんだから、ほら!」

 おめかしと言われて俺はアイリーンの髪に目をやった。

 ちょっと不自然なくらいたくさんのレース付きリボン。それらは一つ一つをよく見ると、記憶にあるものだった。

「それ、俺がやったやつか?」

 確か誕生日や祝祭日などにプレゼントしたものだ。年の離れた妹に何をあげればいいのかわからなくて、いつも似たようなものになっていたのだ。

「そうよ。淑女は男性のために着飾らなくてはいけないのでしょう? 今日は久しぶりにダグラスお兄様と二人でお食事だもの。お兄様のためにおめかししたのよ」

 まだ俺の半分ぐらいの身長しかないくせに、大人びた口調で言う。

 メイドに遊ばれていたわけではなかった。確かにそれは俺のためのおめかしだ。思わず苦笑が漏れる。

 こいつはこういうところが狡いのだ。

 こんなことをするから両親だけでなく、メイドや執事までいつも俺に訴えてくる。両親がいない夜は出掛けたりせずに、一緒に食事を取ってあげてほしいと。寂しい思いをしているはずだからと。

 今日だって本当は友人の家に泊まりに来るように誘われていたのに、皆に頼まれるものだから断ってしまったんだぞ。

 人を味方につけるのが上手くて嫌になる。

「アイリーン、お前婚約者がいてよかったな」

 唐突な言葉にアイリーンは訝しげな顔する。

「フィルがいてってこと? それはそうよ」

「じゃなきゃ社交界デビューしても、簡単には男と仲良くできないだろうし、お前と結婚したいと思う男はあらゆる人間から審査される羽目になっていただろうな」

 妹はこのまま育つならそこそこ美人になるだろう。本人の知らぬうちに、群がる男たちが排除されていく様が想像できてしまう。

 しかし初めから結婚相手が決まっているのだから、アイリーンをひっそり溺愛する人々は、要らぬ心配をする必要がないし、アイリーンも相手を厳選されすぎて婚期を逃す心配をする必要もない。フィルが産まれた時からの婚約者でよかったよ、本当に。

 アイリーンは意味がわからなかったのか、大きな瞳で俺を見上げながら首を傾げる。

「ああ、でも」

 重要なことを思い出して、俺はアイリーンの顔をひたと見た。

「フィルと毎日一緒に寝る方法ってのは、いくら考えても、そんなものないからな。フィルに諦めろってちゃんと言っておけ」

 アイリーンは困りきった顔で口をひん曲げた。






 明るい声がひしめく大広間で、赤ワインの入ったグラスをくるくると回してもてあそぶ。

 妹の結婚挙式が先ほど終わった。

 そして今は公爵邸で披露宴の真っ最中だ。

 つまり妹はもう、名実ともに公爵家に嫁入りを果たしている状態になる。

 公爵家に、だ。非常に複雑な気分になる。

「キレイねぇ。アイリーン」

 隣で俺の妻が今日何度目になるかわからないため息を漏らした。

 ウェディングドレスがとても羨ましいらしい。これが当てこすりに聞こえてしまうのは、俺の心がひねくれているからだろう。公爵家のドレスが彼女の着ていたドレスよりも見栄えするのは当たり前なのだから。

「あなた、今日はほとんどアイリーンと話をしていないのではないの? そろそろ行ってあげなさいよ」

「あー、そうだな」

 彼女は花嫁の義姉の特権とばかりに何かと世話を焼いていたが、俺は妹の周りに常に人だかりがあったせいで、まともに話ができていない。

 さすがに今日をこのまま終えるわけにもいかないので、重い腰を上げることにする。当然のように妻も付いてきた。

 ホールの奥のメインテーブルで並んで座っているアイリーンとフィルは、招待客に愛想のいい笑顔を振りまいている。

 いや、違うな。あれは愛想じゃない。心の底から嬉しそうな笑顔だ。

 特にアイリーンは幸せオーラを撒き散らしている。お前、数カ月前まで結婚は早すぎるんじゃないかとか言ってなかったか。

「あなた、何を不機嫌そうな顔をしているの」

「は?」

 妻が不思議そうに聞いてくるので驚いた。

「別にそんな顔はしていない」

「……そう?」

 呆れた顔をしていた自覚ならあるが。

 しかし結婚式の日にまであの二人の仲のよさに呆れずともいいかもしれない。俺は顔に笑みを作るように心がけた。

「締まりのない顔してるなぁ、アイリーン」

 というのに、妹を目の前にして出てきた言葉は、いつも通りのからかうようなものだった。せめておめでとうぐらいは言うべきだと思うのだが、なぜか口が拒否をするのだ。

「今日はいいんですのよ」

 妹の反応はいつもと違っていた。普段なら怒るか真っ赤になるかのどちらかだろうに、そんなことよりも幸福感のほうが余程勝るとでもいうかのように、ただひたすら嬉しそうだ。

 モヤっとした。

 うん、やっぱり腹が立ってくるな。

「いいわけないだろう。お前は公爵家の人間になったんだぞ。もっとしっかりしていないと駄目だろうが」

 自分で思っていたよりも尖った声が出ていた。

 妻とフィルが驚いた表情をしている。

「もう、結婚式にそんなこと言わなくてもいいではありませんの」

 アイリーンは拗ねたような態度をとったが、やはりいつもと違い、怒りはしない。

「見ていたら心配になってきたんだ。これでちゃんと公爵家の嫁をやっていけるのかってな。やっぱり……」

 やっぱりまだ早かったんじゃないか。そう口にしそうになってしまったが、こんな場所でそれはいくらなんでもマズイだろうと踏みとどまる。

「大丈夫だ、ダグラス。今はまだ公爵家に嫁いだっていっても、俺の――跡取りの妻っていうだけなんだから」

 フィルが爽やかな笑顔でフォローする。お前、妻って言いたかっただけじゃないよな。

 アイリーン、赤くなりながら可愛く笑うな。

「お前がアイリーンに甘いから心配なんだろうが」

 責めるような口調だったせいか、フィルは目を見開いて驚いた。今まで呆れたりからかったりはしても、責めたことなどなかったからだろう。

 微妙な空気になった時、突然「ぶふっ」と変な音がした。

 音のしたほうに目を向けてみると、妻が口を手で押さえて、俯きながら肩を震わせている。

 ……何を笑っているんだ。

「ダグラスお兄様、いい加減にして」

 矛先をフィルに変えたからか、アイリーンはムッとしている。

 まあ、確かにこんな所で言うことではないんだが。それでも何か納得がいかずに、眉間に皺を寄せた。

 するとハッとした顔をしたフィルが、妻と同じように口を手で押さえて、肩を震わせだした。

「……何を笑っている」

「いやっ……くっ、何でも……」

 ないわけがあるか。どういうことだ。

「あなた……もう、行きましょう。他にも話をしたがっている人がいるわ」

 フルフルと震えたまま妻が言った。確かに近くでチラチラと様子を伺っている人たちがいる。親族は早めに引き下がるべきだろう。

 言い足りなかったが、ひとまずまた後でと告げて席に戻った。

 しかしずっと笑っている妻に理由を聞いても答えないので、このめでたい席で俺の機嫌は悪くなっていく。

 アイリーンとフィルを眺めてみれば、アイリーンが輝くような笑顔でフィルの耳に顔を寄せて、何事か囁いていた。

 一体どんなことを言われたのか、フィルは驚いて、大変珍しいことに頬を赤らめていた。そしてまるでこれ以上アイリーンを見ているのはまずいとでもいうように視線を逸らす。可愛くて仕方なくて悶えそうだと、片手で隠していても顔にありありと表れていた。

 こんなフィルは初めて見たかもしれない。

 ……全く仲がいいことだ。

 俺の機嫌はますます悪くなっていった。

「やっぱり、まだ早いだろ……」

 誰にも聞こえないように小さく呟く。だが隣にいた人間には、ばっちり聞かれていたらしい。

 妻が耐えきれなくなったように、声を上げて笑った。



その後のお話を一話、六月中には投稿する予定です。

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