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カントリーハウスにて 4

 あまりにも真剣な顔をするので、内心では戸惑いながら首を傾げる。

「何かしら?」

 自分から切り出したくせに、ジェームズはすぐには話そうとしない。慎重に言葉を選ぶようにして、たどたどしく口を開く。

「あんたは・・・俺の態度や口が悪いことに、いつも腹を立てているだろ」

「そうですわね」

 それだけいつも態度が悪いということですけどね。フィルには普通の会話をすることもそれなりにあるのに、わたしにはほとんど喧嘩をふっかけること以外はしてきませんもの。まあ、好き嫌いの差なのでしょうけど。

 ジェームズはこの話そのものが苦行であるかのように、言い辛そうな顔をする。

「でも・・・あんたが俺に怒っているのは、それだけが理由じゃないだろ。何か他にもっと明確な原因があるんじゃないか?」

 さ迷わせていた視線を恐る恐るというようにわたしに合わせた。

 わたしはどう反応すればいいのかわからなかった。

 怒ればいいのか。呆れればいいのか。納得すればいいのか。

「・・・まあ、やった方は覚えていませんわよね」

 そういうものですわね。やられた方はいつまででも覚えていますけど。

 ジェームズは本当に原因があったからなのか、不安げに眉を寄せた。

 意外ですわ。覚えてはいないのに、このことをそんなに気にしているだなんて。

「何をやったって言うんだよ」

 わたしが話そうとしないので、ジェームズが問いかけた。そんな彼を目を細めて冷たく見つめる。

「知りたいんですの?」

 聞き出そうとしている相手にわざわざ訊ねる。意地悪でも言いたくないわけでもなく、忠告のつもりですわ。

 聞けば彼はほぼ確実に後悔しますもの。わたしは教えて後悔させてやりたい気持ちが半分と、黙っておいた方がいいという気持ちが半分だった。

 ジェームズはいつもの刺々しい態度はすっかり鳴りを潜めて、叱られた子供のように小さくなっている。自分が何かをやらかしたという自覚だけはあるのかしら。

「後悔しても知りませんわよ」

 重々しく言うと、彼は思いきり怯んでいるくせに、わたしの目線を真っ向から受け止めた。

「言えよ」

 ジェームズがそう言ったので、わたしはそのことを話さなくてはいけなくなった。やっぱり言いたくなかったかもしれない。

「・・・子供の頃のことですわ。どれくらい前かは忘れましたけど、まだ小さかった頃です」

 自分たちを取り巻く環境がどういったものであるか、おおよそ理解できてきた頃だったように思う。

「たまたまわたしとあなたの二人だけでいる時に、あなたが急に言いましたのよ」

 その時のことを思い出してしまって、わたしは険のある目付きでジェームズを睨んだ。

「『知っているか。フィルって本当は勉強なんか全然できないんだぞ。長男だから何にもできなくても父さんの跡を継げるんだ。だからいつも勉強してるフリをしてサボってるんだよ』って」

 一字一句覚えているわけではありません。でも内容は変わらないはずですわ。間違いなくこれと同じ意味のことをジェームズは言ったのです。

 ジェームズは顔を引きつらせていた。

「本当に、そんなこと言ったのか?」

 信じられないというよりは、信じたくないというような目をしている。

「言いましたのよ」

 わたしがきっぱりと断言すると、ジェームズの顔色が青くなった。

「それは・・・」

「ええ、きっと何かムシャクシャするようなことがあったのでしょうね」

 今よりももっと自制心の利かない子供の頃ですから、ジェームズはこの時、優秀な兄と比べられたとかの嫌なことがあって、わたしとフィルに当たったのでしょうね。

 フィルほどではなくても、彼だって公爵家の子供ですから、当時から重圧があったでしょうし。

 でもこの頃のわたしには咄嗟にそんなことまで考えられなかったし、考えたとしても、嘘を吐いてまでフィルを貶めようとする行為は到底許せませんわ。本人にそこまで酷いことをしているという自覚がなかったのだとしても。

 ジェームズはちゃんと知っていたはずなのですから。小父様がフィルに対してどれだけ厳しかったかを。

「わたしは相当腹が立ちましたから、嘘を吐くなと言って怒りましたのよ。そうしたらあなたが『嘘じゃない。フィルが家庭教師に嘘の報告をさせてるんだ』って言いましたわ」

 ジェームズの顔色が白くなりだした。まだ信じたくないなさそうですけど、少しくらいは心当たりがあるはずですわ。彼は一時期やたらとフィルに反発していた時期がありましたもの。

「だからこの時思いましたのよ。こいつ一生許しませんわ、って」

「・・・・・・」

 ジェームズはもう言葉もないようです。

 でもわたしだって、大人になってジェームズがまともな性格になっていたなら、本当に一生許さないという決意は翻したはずですわ。それが実際には少し丸くなっただけで、本質は変わっていないのですもの。根に持っていても仕方ないでしょう。

 しばらく様子を見ていると、ジェームズは苦痛に耐えるような表情をして尋ねた。

「お前・・・それ、フィルに言ったのか?」

 まずそこを気にするというあたりは、成長したと言えなくもないかしら。

「言っていませんわよ」

 わたしが答えると、ジェームズはかなり意外そうに驚いた。でも別にジェームズのために黙っていたわけではありませんわよ。

「だってわたしとあなたは結局のところ他人ですけど、フィルにとってあなたは弟で家族ですもの。弟にそんなことを言われたと知ったら、フィルが傷つくじゃありませんの」

 だからわたしはずっと口を噤んでいた。

 その代わりこのことがあった後しばらくはジェームズに対して警戒心を剥き出しにして、極力フィルと関わらせないようにしましたけど。

 傍目にはそんなわたしの態度が悪いように映るので、おかげでフィルに怒られたこともありましたけどね。あの時は悲しくて余程ジェームズの言ったことを暴露してやろうかと思いましたわ。

 でも、結局は言えませんでしたけど。

 それを聞いたフィルがどう思うかと考えたら、わたしは言えませんでしたわ。

「小父様が厳しすぎることに悩んでいたフィルに、そんなことまで言えるわけがないですわ」

 そうやってわたしとジェームズの仲がどんどん悪くなっていったのですけど、お互い嫌い合っているのですから、必然ではありますわね。

「ああ・・・」

 ジェームズは自嘲するように弱々しく口を歪めた。

「そうだな。あんたは昔からそうだ」

 何かを諦めるように目を閉じて言う。

 なんだかわたしが朝にジェームズに言った、昔から変わらないという言葉と同じ意味合いなので引っ掛かりますわね。

「そうって、どうなんですの」

 不満を滲ませて尋ねると、ジェームズはやや剣呑な目付きでわたしをじっと見た。

 そしてこれ見よがしに大きくため息を吐く。ちょっと、何なんですの。

「あー、馬鹿馬鹿しい」

 さっきまで少し物悲しい雰囲気を漂わせていたくせに、吹っ切れたように悪態をつく。

 これは喧嘩を売られているのかしら。

「・・・ジェームズ、先程わたしが提案した話を覚えているかしら?」

 怒りを抑えて作り笑いを浮かべながら聞く。

 お互いにこれからは大人の対応をしましょうという話をしたばかりのはずですわよね。

「覚えてるよ。これからはあんたへの態度を改善する。ちゃんと紳士らしく振る舞うことにするよ」

 あまりにもあっさりと言うので、わたしはひとまず疑った。

「本当だって。フィルに反発もしない。俺だってもう大人になったんだからな。いつまでもガキみたいなことはしないんだよ」

 まあ、どの口が偉そうに言っているのかしら。

「今朝まで子供としか思えなかった態度だったくせに・・・」

 半眼で呟くと、ジェームズは聞こえていないフリなのか、明後日の方向に顔を逸らした。それでも口にしたことに対する決意は窺えますわね。

 調子がいいですわ。

 でも実際にそうしてくれるのなら、もういいですけど。さすがにこんな嘘を吐くほど性格が悪くはないですし。

「じゃあな。話はそれだけだ」

 ジェームズはそう言うとわたしが来た方向へ歩き出した。

「約束ですわよ、ジェームズ」

 背中に声をかけると彼は片手を上げて応える。

 なんとなく後ろ姿を見送った。ジェームズは角を曲がる時に、少し立ち止まってじっと前を見つめていた。

 どうしたのかと思っているうちに再び歩き出して姿が消える。

 それを確認してから、わたしは近くのソファーに腰を下ろした。



 少し疲れましたわ。

 しばらくぼんやりしてから部屋にもどろうかしら。

 そんなことを考えていると、コツコツと小さな足音が聞こえてきた。

 顔を上げてみれば、そこにはフィルがいる。

「フィル? どうしましたの、こんなところで」

 驚いた。ギャラリーなんて客人に案内する他は、特に用などなさそうな場所ですけど。

「ジェームズに呼ばれた」

 短く答える。わたしは首を傾げた。

「ジェームズならもう行きましたわよ」

「いや、あいつの用はもう済んだからいいんだ」

 そう言ってすぐ隣に座る。そしてわたしに手を伸ばして持ち上げると、膝の上に乗せた。

 この体勢が気に入ったのかしら。されるがままになっていると、ぎゅっと抱きしめられる。

「フィル?」

 唐突な行動にどうしたのだと呼びかける。

 でもフィルは何も言わずに、ただ腕に力を入れただけだった。

 少し痛いくらいだけど心地いい。フィルに抱きしめられるのは好きだわ。

 わたしは気にしないことにして、フィルの肩に頭をもたれかけさせて目を閉じた。このまま眠ってしまいたいくらいに安心できる場所だった。

 そうやって思いきり気を抜いていると、首筋に何か柔らかい感触のするものが触れた。

「ひゃあっ!」

 驚いて身を離そうとするけど、フィルが腕を弛めてくれないから身動きが取れない。

「ちょ、ちょっとフィル?!」

 ど、どこにキスしていますの。

 動揺して顔が赤くなっているわたしに気づいていないのか、わかっていて無視しているのか、フィルはなぜか大きく嘆息した。

 そっくりですわ。さっきのジェームズのため息と。

 どういうことですの。呆れられることなど何もしていないはずですのに、二人のこの所業。

「フィル」

 呼んでもまた反応はしてくれない。恥ずかしくてとにかく一旦離れたいから肩を叩いてみても、むしろ離さないという意志を示すように、ますます力を込められる。

 頭が熱くなる。どうしてこんなことになっていますの。

 何を考えているのかわからなくて混乱した。

 唯一わかることといえば、わたしが逃げ出すことをフィルが嫌がっているということで、そしてそんなフィルにわたしは逆らうことができない。

 結局、わたしはフィルの気の済むまで、腕の中でじっとしていなくてはいけなかった。

 

 

 


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