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3 納得がいきません

 その後、知り合いのご令嬢方を見つけて、特に興味もない噂話に興じていた。

 そしてそろそろ帰りたくなったのでフィルを探していたら、会場の中心あたりで女性に囲まれている姿を発見する。

 あんな目立つ所で何をやっているのかしら、あの人は。

 まあ、自ら引き起こした事態ではなさそうですけど。それに紳士たるもの女性を無下に扱うわけにはいきませんから、控えめに困った顔をするのが精々でしょうけどね。

 ここはわたしが話しかけて救出するのが一番よさそうですわね。

 ──もちろんそんなことは致しませんけど。

 わたしは人の影に隠れながら、こっそりと近づいていって、フィルの様子を窺った。

 困っている姿を堪能するためでもありますし、先日の彼の反応から、普段どうやって好意を寄せてくる女性に対応しているのか気になったからでもあります。

 でもこの距離では話し声は聞こえませんわね。表情や仕草がわかるくらいです。

 フィルは質問されることにただ答えているだけのようで、会話を打ち切るタイミングを探っているように見えます。でも女性が集まれば、おしゃべりから逃れられないものですわ。

 そこに明らかに彼よりも年上の既婚女性が、胸元を大きく開けたドレスを見せつけるようにして、ぐいっと距離を詰めて来ました。色仕掛けというやつですね。

 フィルはスッと半歩後ろに下がって一定距離を保ったのですが。

 またぐいっと近づこうとする女性。

 避けるフィル。

 でもそちらに目線が行っていないんですが、フィルは。

 他の女性と自然に会話したまま避けてます。なんというか道で急いでいる人とうっかりぶつかってしまいそうになって、特に気にすることもなく避けたという感じの動作。

 もしかして無意識にやっているのかしら。

 そりゃあダンスの最中でもないのに、女性に不用意に触れてしまうと不作法と言われますから、常に注意はしているんでしょうけど。でも気づきなさいよ。うっかりじゃないですから、その人。わざとですから。

 他の女性が色仕掛けをしようとした女性に非難の眼差しを向けて、険悪な空気が漂い始める。

 でも自分から注意が反らされたフィルは、これ幸いとその場を離れようとして、慌てて引き止められていた。あの人、逃げることしか考えていませんでしたわね。

 よくわかったわ。

 こうやって周囲には彼にアプローチをしている女性が知られ、本人だけがわかっていないという状態が作り上げられていったのね。

 ・・・器用ですこと。

 二度の挑戦に失敗した色気のあるご婦人は、すごすごと退散して行きました。お疲れ様です。

 なんだか納得がいきませんわぁ。なんでアレがモテるのかしら。

 女性の視線に敏感な、お相手のいない紳士方! もっとがんばってください。男は地位とお金ばかりではありませんわよ、多分!



 そんなくだらないことを考えていたせいなのか、フィルに見つかってしまいましたわ。ばっちり目が合ってしまいました。

 知らんフリをすると後で怒られそうなので、仕方なく近づいて行きましたが、この女性の壁を越えるのはすごく嫌なのですが。

「アイリーン」

 なんて思っていると、フィルの方から少し大きな声で呼びかけてきた。

 周りの女性たちが道をあけて、フィルがこちらに来る。

「少し顔色が悪いね。疲れたかい?」

 ・・・この人、わたしをダシにして帰ろうとしていますわね。

 まあ、わたしも帰りたかったので、いいんですけど。

「ええ、疲れてしまいました」

 弱々しく笑って、申し訳なさそうに言ってみる。

「では、帰ろう。気がつかなくて悪かったね」

 いかにも優しい婚約者という風に肩を抱いて歩こうとする。そしてふと気がついたように後ろを振り返った。

「皆さん、すみませんが、これで失礼させていただきます」

 にっこり笑って退出の挨拶をした。女性方は口々に気になさらないでとか、また今度とか言っている。

 ちょっと、今の笑顔、思いきりいりませんでしたわ。そんな不要なサービスをしているから、いつまでも女性に囲まれるんですのよ。そっけないか、愛想を振りまくか、どちらかになさいよ。

 はっきりしない男ですわね。



「それで?」

 帰りの馬車の中、フィルは腕を組んで座っている。

 説教する気満々ですわね。

「メリッサ嬢と何の話をしていたんだ?」

「ドレスにワインをかけられそうになってしまいましたわ」

 眉尻を下げて上目使いにフィルの顔をじっと見つめた。これ、必殺技ですわ。

 わたしの顔は先程、可憐という評価をいただいた通りに、大人しそうな深窓のお嬢様っぽいものです。亜麻色の髪と相まって、かなり弱そうに見えるようなんです。

 この婚約者からは「外見詐欺」というありがたい名称をいただいておりますわ。

 フィルはうっと言葉に詰まって、顔を逸らした。

 この人、演技だとわかっているくせに、毎回これでちょっと怒りが削がれるみたいなのよね。お人好しなのか、単純なのか。

「君が先にやったんじゃないのか?」

 言い方は怒っているようでも、勢いがない。全然怖くないわよ。

「わたしはまだ手は出していませんわ」

 でもいずれ出すというのは宣言しているし、彼の前でワインがどうのという話もしてしまっているので、疑われるのは仕方がない。だから真面目に答えた。

「まだじゃなくて、これからも手は出すな」

「そこは相手次第ですわ。先に出さないことは約束します」

 ワインのお礼はさせていただきますけどね。これはわたしからやったことにはなりませんわよ。

 フィルは少し苛ついたように頭を掻く。

「そうじゃなくて、くだらない喧嘩はするな。全く、メリッサ嬢は捕まえられなかったし・・・」

「フィル、もしかして、メリッサ様と話をつけるつもりでしたの?」

 わたしは驚いてフィルに詰め寄った。

「当たり前だろ。愛人になりたがっているというのは信じられないが、それが理由で君に酷いことを言ったのなら、俺が話をつけるべきだろ。たとえ君が楽しんでいるのだとしても、ほっとくわけにはいかない」

 ムスッとした顔で言う。フィルが彼女に怒っているのだと、わたしはようやく気がついた。

 それはそうだわ。フィルは無責任な男じゃない。愛人を持つ気がないなら、自分が話を収めるべきだと思うでしょうし、彼女の行動に怒りを覚えもするでしょう。

 男としては至極まっとうな考えだわ。

 でもわたしは女として賛成できない。

「ねぇ、フィル。メリッサ様は未婚女性なのよ」

 わたしが真剣な顔で言うと、彼は眉をひそめた。そんなことはわかっていると言いたいのでしょう。

「メリッサ様がフィルにアプローチをしていることは一部の人には知られてしまっているわ。その上でフィルがはっきり断ってしまったら、メリッサ様の名誉が傷つくのよ」

 女性から男性にアプローチをすることは、はしたないことだとされている。これが既婚女性ならそれほど問題にはならないし、むしろ遊び好きの男性からは歓迎されているらしいけど、でも未婚女性となると、途端にふしだらな女性というレッテルを張られる。貰い手がなくなってしまうというわけだわ。

 つまりメリッサ様は体当たりでフィルに迫っているのよ。本人には気づかれていないけど。

 でもフィルが愛人を持たないと言っている以上、その努力は無駄になってしまう。その上、本人にきっぱり断られて、万が一それが周囲に知られてしまったら、メリッサ様の名誉は地に落ちてしまう。いい笑い者だわ。

「わたしがメリッサ様を追い払ったと思われたほうがまだマシなのよ。わたしはメリッサ様を負かしたいと思ってはいるけど、落ちぶれさせたいわけではないわ」

「・・・彼女はそれをわかっていてやっているんじゃないのか」

「そこまでお利口さんには見えませんわ。わたしだって可哀想だと思って、こんなことを言ってるんじゃないのよ。これはわたしの相手をしてくださることへのお礼ですわ」

 ただこの先彼女の相手をする男性が残るかもしれない、というだけのものですけど。

「君が彼女とやり合うための口実にも聞こえるんだが・・・」

 遠慮がちにフィルは疑いをかける。

「それもありますわ。いえ、むしろそっちが本命です!」

「取り繕えよ、そこは!」

 フィルは怒鳴ったあと、脱力してしまいました。何か言う気力がなくなってしまったみたいね。

 なぜそんなに疲れているのかしら。

 でもともかく説教は終わったのだから、このままメリッサ様との戦いを続けていいということよね。

 


 


 

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