15 よくわかりません
「さあ、アイリーン。何があったのか話しなさい」
ブリジットがにやりと笑いながらジリジリと迫ってくる。
怖いわよ、その顔。どうしてそんなに楽しそうなの。まるでこの時を待っていたと言わんばかりの態度よ。
わたしはソファーの上で後退しようとして、当然のことながら背もたれに阻まれる。
昨日からのブリジットの行動は早かった。
コレットから話を聞いたらしい翌日には、こうしてわたしの家にコレットと二人で押しかけて来るのだから。
コレットにはまた今度話すと言っていたし、もちろん色々と助言してくれたり、心配してくれていたブリジットにだってちゃんと話すつもりではいた。
でもこうして前のめりになって聞く姿勢を取られると、腰が引けるというものですわよ。
急に口が重くなったわたしは、彼女からふいっと目を逸らした。そんな聞き方をしないでという意思表示のつもりで。
でもここで優しい態度に切り替えてくれるブリジットではなかった。彼女は座っていたソファーから立ち上がり、わたしの隣にストンと腰を下ろして、腕に手を絡めてきた。
反対側にはいつの間にかコレットがいて、同じように腕を固定されている。何という連携プレーなの。
コレットはにこにこと穏やかに笑っているようでいて、絶対に逃がさないとでも言うようにがっしりとわたしの腕を掴んでいる。
だから怖いんですってば。
「まさか今更話したくないだなんて言わないわよね。ねぇ、アイリーン」
笑顔に圧力を感じる。
わたしは悟った。コレットがブリジットと同類であると。彼女もこういう話が大好きなんだわ。
「さっさと吐きなさい」
ブリジットが畳みかけるように言う。逃げ場がない。
わたしは観念して前回の夜会であったことを話し始めた。ああ、嫌だわ。
なるべくかいつまんで話そうとしたけど、それでもいざ自分の口から、あの時のことを説明しようとすると、身悶えしそうになる。
おまけに二人は歓声を上げながら根ほり葉ほり聞いてくるから、わたしの精神的ダメージは甚大だった。
このままではまずい。そう思ってわたしは矛先をコレットに向けることにした。
彼女とハルトンさんの話だってちゃんと聞いたことはない。ブリジットは絶対に興味があるから、わたしの代わりに餌食になってもらいますわ。
という魂胆で水を向けたというのに、なぜかコレットは頬を染めて嬉しそうに訥々と語り出してしまった。本当になぜなの。
羞恥心は一応あるようなのに、自分からしゃべっているように見える。聞いているこっちが恥ずかしくなるくらいに話してくれますわ。
おしゃべりをしていただけなのに疲労困憊になってしまったわたしは、誰かこの状況から助けてくれないかと視線をさ迷わせた。
するとちょうど部屋に入ってきたメイドが、わたしに用事があるらしく近づいて来る。
助かった。
そう思ったのは一瞬で、メイドはとてもいいタイミングでとんでもないことを言ってくれた。
「お嬢様、フィリップ様がいらっしゃいましたわ」
ビシッとわたしの体の動きが止まった。
ゆっくりと二人のほうに顔を向ける。聞こえていないはずがないのに、わざわざそれを確認してしまったわたしはとても後悔をした。
ブリジットとコレットは満面の笑みを浮かべていた。
「うふふ、ちょっと長居しすぎてしまったみたいですわね」
「ええ、そうね。わたしたちはお暇させてもらいましょう、コレット。お邪魔してはいけないもの」
お邪魔の部分をやたら強調してブリジットが言う。
どうやらフィルからもあれこれ聞き出そうとする気はないようで安心したけど、この笑顔に居たたまれない気持ちにさせられる。
「では、またね、アイリーン」
手を振って部屋を出て行く二人が、どうかフィルとかち合いませんようにと、かなり切実に願った。
「ブリジット嬢たちが来ていたのか?」
入れ替わりに応接間に入ってきたフィルが言った言葉にほっとしたものの、彼女たちの含みのある笑顔が思い出されて、フィルにどんな態度を取ればいいのかわからなくなる。
「・・・ええ」
妙に余所余所しい返答しかできない。
でもフィルは特に気にした様子もなく、わたしの隣に腰を下ろした。
正面のソファーが空いているというのに、どうしてここに座るのかと顔を見上げてみると、目の前にキレイに包装された平らな箱が差し出される。
「え・・・?」
意味がわからず、きょとんとフィルを見た。
「プレゼント」
あまり表情のない顔で端的に告げられる。ますますよくわからなくなった。
「何かありましたかしら・・・?」
誕生日にしては少し早いし、プレゼントを渡すようなイベントもなかったはずですけど。
首を傾げるわたしに、フィルは少し呆れたように言った。
「婚約者なんだから、特に何もなくてもプレゼントくらいするだろ」
うっ・・・。
心の中で呻き声を上げてしまった。
確かにそうだわ。一般的な、夜会で見初められてプロポーズされたような婚約者なら、何もない日でもプレゼントをもらうことはあるだろうし、それが自然なことよね。
でもわたしたちは幼い頃に親が決めた許婚という、ちょっと特殊な関係になる。それなのに、そんな一般的な、本人に望まれてなった婚約者のように扱われて、わたしの頬にじわりと熱が籠もった。
ーーああもう、やっぱりわたしってフィルのこと好きなんだわ。
そんなことを再確認させられて、プレゼントを受け取りながらあまり上手く喜べなかった。
とりあえず中身を見るために包装紙を取る。
すると豪華な小物入れのようなものが出てきた。でもこれはただの入れ物よね。そう思って蓋を外して中を見たわたしは絶句した。
「・・・フィル」
「・・・なんだ」
「宝石がたくさん付いているのですけど」
いえ、たくさんという程でもないのかもしれない。数えてみると七つだった。
でもどれも大きいし、それらを縁取っている装飾も細かくて美しい。それはかなり豪奢なネックレスだった。
「気に入らないのか?」
フィルが抑揚のない声で聞いてくる。
「え? いえ、まさか」
ちょっと意外でしたけど、フィルが選んで贈ってくれたものに気に入るも入らないもない。こんなに立派なアクセサリーを身に付けたことがないから驚いてしまっただけで。
でもとにかく高そうですけど、そこは問題じゃない。公爵家の財産からしたら、どうということもない出費でしょうし、何より公爵家の嫡男が婚約者に贈るなら高価ものでなくては、フィルが恥をかいてしまう。
だからわたしが気になったのは別のことだった。
「でもデビュタントがこんなに豪華なネックレスを身に付けていていいのかしら。何か特別な日のためのものなの?」
フィルは微かにふうっと息を吐き出した。今のため息かしら。
「いや、それは日常的に身に付けるものだ。だからいいんだよ」
「そうなの?」
「そういうものなんだよ」
なんだかいつもより言葉数が少ないことを疑問に思いながらも、わたしはそういうものならと納得した。
宝石の類ってあまり興味がなかったから、詳しくないのよね。ドレスや帽子の流行を追うのは好きなんですけど。
でも言われてみればこれとよく似たアクセサリーを身に付けている人を、夜会で見かけたことがあるかもしれない。七つの宝石のほとんどが異なる種類だなんて珍しいデザインですけど、もしかしてこれから流行るのかしら。
それについてはフィルに直接聞いては女の沽券に関わるので、別の人に尋ねてみよう。
わたしはネックレスの入った入れ物をフィルに差し出した。
「付けてくれる?」
そう聞くとフィルは驚いたように目を見開いた。
何かしら、その反応。わたし変なこと言ったかしら。
さっきからじっと見ているから、今付けたほうがいいのかと思ったのだけど。日常的に身に付けるものだと言うし。
メイドは下がっているからフィルに頼むしかないですし。自分で付けれないこともないかもしれないけど、高価なものだから丁重に扱いたい。
わたしの訝しげな顔に気づいたフィルは、何かを誤魔化すような表情をしてから、ネックレスを手を取った。
体の向きを変えて、わたしはフィルが付けやすいようにうなじを見せる。どこかぎこちない手つきでフィルはそれを付けてくれた。
首に馴染みのない重さが加わる。
わたしは顎を引いて自分の首元にあるものをじっと見た。決して趣味だとは言えないというのに、なぜか頬が緩んだ。
「ありがとう、フィル」
今度は笑顔でお礼を言う。
するとフィルは片手で口を覆って顔を逸らしてしまった。あまりよく見えないけど、頬がほんのり赤いような。
もしかして照れているのかしら、この人。
わたしが顔を覗き込もうとすると、逃げるように後ろを向く。
やっぱり照れていますわ。
お礼を言っただけですのに、相変わらずフィルのツボってよくわかりませんわね。