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2 戦闘開始します

 デビュタントらしく控えめで可愛らしいドレスを身に纏い、慣れない夜会会場に気後れしたように不安げな表情を浮かべてみせる。

 周りの紳士淑女から微笑ましげな視線を向けられた。

 社交界デビューしたばかりの女性の武器はなんといっても初々しさで、わたしはそれを最大限に活用している。扇で顔の下半分を隠しながら、興味津々に会場内を見渡しても、眉をひそめられることはない。

 すると若い男性が近づいて来て、わたしの隣にいる人物に話しかけた。

「やあ、フィル、久しぶりだね。こちらのお嬢さんを紹介してくれないかい?」

 年齢から見てフィルの学友でしょうね。ちょっと軽そうな人だわ。

「ああ、久しぶりだな、ジョーンズ。彼女はアイリーン・オストン。オストン伯爵のご令嬢だよ。アイリーン、彼はジョーンズ・レント。レント伯爵の次男だ」

 人を紹介する時は必ず家名や爵位も付け加える。でなければ紹介してもらう意味がない。

「アイリーンですわ。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。ということはフィルの婚約者なんだな。なんてことだ、せっかくこんなに可愛らしい女性と出会えたというのに、口説くこともできないなんて」

「まあ・・・」

 わたしは恥ずかしそうに顔を俯けた。

「あまりからかわないでやってくれ、ジョーンズ」

「からかっているわけじゃないさ。今年のデビュタントの中でも随一の可憐さじゃないか。君は地位もお金も持っている上に、苦労せずしてこんな可愛らしい婚約者を手に入れられるなんて、羨ましい限りだ」

 ジョーンズ氏が恨みのこもった眼差しでフィルを見る。

「まあ、確かにアイリーンは可愛い。俺が運のいい男だというのは認めるよ」

 フィルは紳士らしく優しい目でわたしを見ながら言った。

 顔が赤くなったわたしは扇でそれを隠す。

「やめてくださいな、フィル」

 か細い声で抗議するも、彼はわたしから視線を外さず、笑みを深くする。

「お熱いことだな。それでは邪魔者は退散することにするよ」

 呆れ顔で肩をすくめてジョーンズ氏は去っていった。別の売約済でないご令嬢を探しに行くのでしょう。

「あっ」

 何気なくその後ろ姿を見送っていると、その先にずっと探していた人物を発見した。

「・・・ふふふふふ」

 思わず怪しい笑いが漏れてしまう。まあ、どうせフィルにしか聞こえていないからいいですわよね。

「いらっしゃいましたわぁ、メリッサ様」

 ニタリと口を歪ませ、目を輝かせた。今日は出席していないのかと諦めかけていたのよ。会えるなんて嬉しいですわ。

 隣でフィルはうなだれていますけど。

「もう少し夢を見させてくれ・・・」

 なんだかブツブツ言っていますけど、これは放っておきましょう。

 今日のお勤めは終了しました。わたしは彼女と遊んで来ますわ。



 彼女との接近をどうにか阻止しようとしていたフィルは、どこぞの押しの強い紳士に強制連行されて行きました。ありがとうございます、紳士。

 わたしは嬉々としてメリッサ様に挨拶をしに行った。

「ごきげんよう、メリッサ様」

 自分でもわかるくらいの極上の笑みを浮かべている。さながら数ヶ月ぶりに会う恋人同士のような。

 彼女はわたしが来ることをわかっていたようで、余裕の笑顔を返してくる。

「ごきげんよう、アイリーン様。ようやく彼を解放してあげたんですのね。まるで監視するかのように、ぴったりとくっ付いておられましたけど」

「あら、いやですわ。解放してくれなかったのは、彼のほうですのよ。心配でたまらないみたいなんですの」

 事実ですわ。監視されていたのはわたしの方です。

「ま、まあ、優しい方ですものね。社交界に不慣れなご令嬢を放っておくわけにはいきませんもの。でもそれにしても可哀想ですわ、フィリップ様も。これからはずっと婚約者の面倒を見なくてはいけないなんて。まだお若いのですから遊びたい盛りでしょうに」

 これは婚約者が羽目を外すのを大目に見ろというか、毎回夜会に同伴して来るなという意味でしようね。別にわたしはいつもフィルが夜会に出席するたびに、くっついて来ているわけではないのですけど。

 それにしてもこれくらいの嫌味で、わたしが気にして身を引くと思われているのなら、ナメられたものですわ。

「あら、わたし彼の社交の邪魔をするつもりはありませんのよ。それにご心配いただかなくとも、フィルは既に大きな人脈を持っていますわ。わたしが社交界デビューする前に、それだけの時間はあったみたいですの。ところでメリッサ様はフィルととても親しいのだと、わたし勘違いしてしまいましたわ。違うんですのね」

 メリッサ様の扇を持つ手が、力の入れすぎで白くなった。

 顔は変わらないけど、腸煮えくり返っていそうですわね。

 わたしのデビュー前にオトせなかったくせに、ごちゃごちゃ言ってんじゃないですわ、という意味をちゃんとわかっていただけたようです。

「ふふ、年下の婚約者の前では、他の女性と親しくしているなんて、言えるものではありませんわ。アイリーン様はまだご存知ないでしょうけど、大人の付き合いというものがあるんですのよ」

 意味深な流し目をしながら言う。ほらを吹くことにしたらしい。

 それにしてもわたしと歳はそう変わらないと思っていたけれど、もしかして結構歳上なのかしら、この人。

「そうでしたの・・・。ではメリッサ様の名前を出した時に、すぐには誰だかわからないようだったのは、演技だったんですのね・・・」

「そ、そうですわ」

 声が動揺している。どうやら本気でショックだったみたいですわね。

 ちょっと可哀想ですけど、これくらいで手を弛めるわたしではありません。

「でしたら大人らしく、このような公の場では、身分相応の、慎ましい振る舞いをしていただきたいですわね。淑女らしからぬ行動が何度かあったと聞き及んでおりますが」

 フィルにアプローチしている時の様子を細かく教えてくださった、噂好きの奥様方がいらっしゃるのですよ。わたしは身分相応という部分を強調して、居丈高に言ってみた。

 メリッサ様は地方の准男爵の娘で、正確には貴族ではないのです。わたし自身は別に身分にそれほどこだわりはないし、昨今では貧乏貴族と金持ちの平民の間で婚姻を結ぶことはよくあることなので、たいして効果はないだろうと思っていたのだけど、これは彼女にとって痛いところだったらしい。

 貼り付けたような笑顔が怒りに変わった。

「・・・あなたがた由緒正しい貴族の方々は、身分が低いというだけで、すぐに人を馬鹿になさるのね」

「え・・・?」

 いえ、ちょっと待ってくださいな。身分が低いというだけで馬鹿にした覚えはありませんよ。行いについて非難したでしょう。

 だいたいあなたのやっていることって、結構酷いんですから。遊び癖のない貴族の嫡男を誘惑しようとしたり、その婚約者を排除しようとしたり。

 相手がわたしだったからよかったものの、社交界のことをまだよくわかっていない普通のデビュタントなら、本当にあなたが愛人なのだと勘違いして泣いていますわよ。

 そうなると婚約自体が撤回されかねません。結婚後に夫に愛人ができてもどうしようもありませんが、結婚前に婚約者に愛人がいて、その人にいびられたとなれば、娘の父親は黙っているわけにいきませんもの。

 自分の行動を省みてから発言していただきたいのですが・・・。

 どうしましょう。わたしは正論で彼女をやりこめたいわけではないので、どう反論するべきか。

 しかし悩んでいるうちにメリッサ様が行動を起こしてしまう。

 近くのテーブルに置いてあったグラスをわざと倒したのだ。

 グラスは割れなかったものの、勢いがあったせいで、中身のワインがわたしに向かって飛んでくる。

 素早い足捌きでわたしはそれを避けた。

 危なかった。直撃方向ではなかったから、なんとか当たらずに済んだ。警戒しておいてよかったわ。なんという典型的な手を使うのですか。

 しかもこれ赤ワインではないですか。シミがついたら落ちませんわよ。いくらわたしの家がそこそこお金があるとはいっても、ドレス一着いくらすると思っているんですの。

 これ実際にやられてみると、かなりあくどい嫌がらせですわね。

「申し訳ありません。手が滑りましたわ」

 メリッサ様が無表情でのたまった。

 そしてわたしをひと睨みしてから、さっと踵を返して去っていく。

 失礼極まれりだ。

 わたしはその後ろ姿を見ながら、口元だけで笑みを作った。

 よろしいですわ。そちらがその気なら、わたしも一切容赦はいたしませんので。

 

 

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