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8 ズレてますわ

 ハルトンさんが帰って二人きりになった部屋の中で、わたしは隣に座っているフィルに向き直った。

「どうした?」

 さっきまでの、普段通りの態度とは違ったものを感じたのでしょう、フィルが不思議そうな顔をする。

 腹立ちますわね。昨日は帰りにハルトンさんの話題を出されてうやむやにされてしまいましたけど、あの夜会でのやり過ぎの行為について、なんとも思っていないのかしら。わたしが本気で恥ずかしがっていたことはわかっているくせに。

「フィル」

 怒っているのだと主張するために、低い声を出した。

「なんだよ」

 フィルは心なしか動揺している。

 わたしは彼の顔を見て、きっぱり言った。

「夜会でキスするのはやめてちょうだい」

 フィルが全身の動きをピタリと止めた。

「あそこまでする必要なかったでしょう。あなたにくっ付いていた女性はいなくなっていたのだから。またからかわれたらどうしてくれますの」

 慣れたとはいっても、からかわれたいわけではないのです。いえ、からかわれることよりも、人前でされるということが嫌なのですけど。

「・・・頬にしただけだろ」

「頬でも夜会ではしないでちょうだい!」

 そういったことに奔放なお隣の国とは違って、この国では社交場である夜会の人前でそんなことをする人なんて、他にいないはずですわ。夜会によっては人目を避ければしている人もいるでしょうけど。

 別に頬にキスくらいなら、子供の頃はよくしていた。最近はほとんどないですけど、それ自体が嫌なわけじゃない。人前でされると恥ずかしくなるから嫌なだけで。

「わかった。夜会ではしない」

 フィルは神妙な態度で言った。

 これは真面目に答えていますわね。いいですわ。この件に関しては、もう何も言いません。

 この件に関してはですが。

「それから」

 わたしはぐいっとフィルに詰め寄った。

「まだあるのか!」

 フィルの頬が若干ひくついている。どことなく怯えているように見えるのはどうしてかしら。

「あの絡まれていた女性ですわ! どうしてもっと強く拒絶しませんの!」

「え?」

「大勢に囲まれていたのならともかく、一人だけだったではないの。いくら女性に優しくするのが紳士の役目とは言っても、それで勘違いされたり、付け込まれたりしたらどうしますのよ!」

 いくら何でもあれで誘惑されているとは思わなかったなんてことはないはずですわ。フィルがもっとはっきり拒絶していたら、わたしもあんなことをしなくて済んだのです。

「そんな態度ではいつまた愛人目当ての女性がすり寄ってくるかわかりませんわ。毎回あんなにベタベタさせる気ですの!?」

 フィルはかなり驚いている。ポカンとした顔でわたしを見ていた。

 ベタベタは言い過ぎでしたわね。でも自分で口にしながら、段々と更に腹が立ってきたのよ。

「ああいう女性にまで丁寧に接していたら、付け込まれるんですのよ。フィルはそういうことが全然わかっていませんわ。これからは必要以上に近づいて来る女性に優しくしたら駄目よ!」

 わたしは怒りながら、悲しくもなった。

 こんな風にわたしからフィルに行動を制限するようなことを言うのは初めてではないかしら。逆ならよくあることだけど。

「・・・愛人は持たないって言ってるだろ。信用ないのか?」

「ないわけないですわよ。でも見たくないのですもの」

 どう言えばいいのかわからなかった。

 フィルが愛人を持つかもしれないと思っているわけじゃない。でも本当に全く1ミリもそんなことは疑っていないのかと問われれば、それは違うのかもしれなかった。フィルがそんな嘘を吐くはずがないと思っているというのに。

 なんだか情けない気持ちになってきたわ。

 でもそんなわたしとは裏腹に、フィルは片手で口を覆って、僅かに顔を逸らす。何か笑っていないかしら、この人。

「わかった。必要な時以外、女性には優しくしない」

 くぐもった声で答える。

 いえ、女性全般に対して言っているわけではないのですけど。わたしの言っている意味わかっていますわよね。

 わたしはフィルの反応が不可解で、表情をよく見ようと顔を近づけた。

 そんなに大きく動いた訳ではないのに、フィルはビクッと体を震わせた。目元が少し赤くなっているような気がする。

「なんだよ」

 なんだと言われましても・・・。

 これはもしかして。いえ、それはおかしいと思うのですけど、でも・・・。

 わたしは試しに隣に座るフィルに全身で抱きついてみた。端にいたせいで避けられなくて、がっしりとわたしに捕まえられる。

「何している!」

 フィルの顔を見ると、やっぱり赤くなっていた。

 驚いてわたしを離そうとするけど、力は強くない。だからわたしはくっ付いたままでいた。

「フィル、もしかして恥ずかしがってますの?」

 心底不思議だ、という顔をしてわたしは聞いた。

「悪いか!」

 フィルは更に赤くなる。もう近くで見なくてもわかるくらいには、赤くなっていた。

「悪くはないけど、どうして今、ですの?」

「はあっ?!」

 素っ頓狂な声が上がった。まるでわたしが非常識なことを言ったみたいに。

「だって人前ではないでしょう。この部屋わたしたちしかいないではないの。誰もいないのにどうして恥ずかしがるんですの」

 フィルは絶句して固まった。ーーのは一瞬で、すぐに復活する。

「誰もいないからだろうが!」

 怒鳴られましたわ。でもそれ変ですわよ。

「人前で何をやっても平然としていたじゃない。しかもわざとやっている時もありましたわよね。それなのに誰もいなければ、これくらいのことで恥ずかしがるって、どういう神経していますの?」

 と言いますか、わたしは別段フィルを恥ずかしがらせるようなことはやった覚えがありませんわ。どこにツボがあったのか、見当がつきません。

「君は誰もいなければ、それでいいのか・・・」

 フィルは呻くように言った。

「そういう訳ではないけど、見られているから恥ずかしいものじゃないの?」

 その逆が恥ずかしいだなんて、どういう思考回路なのよ。見られていれば平気だなんて。

「フィルってズレた神経してますのね」

「それは君だろ・・・」

 フィルはわたしに抱きつかれたまま、天井を仰いで嘆くように言った。

 

 

 

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