7 似ていないようで似ています
付き添いのメイドと一緒に馬車を降りると、わたしは公爵邸の玄関に向かった。
いつもと同じようにこちらから呼びかけるよりも先に、来客に気づいた優秀な執事が正面玄関の扉を開けた。ロマンスグレイの細身の男性が柔和な笑顔を浮かべている。
「いらっしゃいませ、アイリーンお嬢様」
「こんにちは、ジャン。フィルはいますわよね」
「はい。ご来客中でございますが」
「知っていますわ。ハルトンさんですわよね。同席してもいいか聞いてきてもらえるかしら」
彼が公爵邸を訪れることを知ったからこそ、ここにいるのです。フィルにも言っているので問題ないはずですが、勝手に部屋に乱入するわけにはいきませんから、ジャンにお伺いを立ててもらわないといけない。
「かしこまりました」
ジャンが丁寧なお辞儀をして去っていくと、入れ替わりにエントランスの大階段から人が降りてくるのが見えた。
「まあ、小父様、お久しぶりです」
現れたのはこの屋敷の当主、アーノルド公爵だった。
皺一つない最高級のフロックコートを身に纏い、代わりのように厳めしい顔には常に眉間に皺を寄せている。周囲を威圧する空気を放っているのは、機嫌が悪いわけではなくて、いつもこんな状態だというだけのことですわ。
この人の前ではほとんどの人間が緊張してしまいます。わたしは子供の頃から見慣れているので、それほど気になりませんが。
顔立ちはよくよく見ればフィルと似ている。表情と雰囲気が違いすぎるので、あまりそうは見られないようですけど。
「アイリーンか。久しぶりだったか?」
相変わらず声まで厳めしいですわ。渋くていい声ですのにもったいない。
「この前お会いしたのは先々週ですわ。ですからお久しぶりです」
わたしが答えると、公爵の威圧感がほんの少しだけ和らいだ。
「つまり毎週会っていたということだな。アイリーン、社交界デビューしたからといって、若い娘が社交以外であまり出歩くものではない」
でも言ってることは堅苦しいですわね。わたしにはまだ甘いほうではあるのですけど。
「わかりましたわ。出かける時はなるべくフィルに連れて行ってもらうことにします」
公爵はなんとも言えない顔をした。何か言いたそうにしながらも、開いた口を閉じる。ここで怒ったり突き放したしたりしないということは、公爵にとって優しい態度で接しているということになるのですわ。
「まあ、いい・・・。あまりアレを振り回すなよ」
「あら、フィルの言うことはちゃんと聞いていますわよ」
細かいことは無視していますけど、概ね聞いています。
「しかし、アレはお前に甘い」
「まあ、親子ですわね。フィルも同じことを言っていましたわ。小父様はわたしに甘いって」
「・・・・・・」
公爵は無表情で沈黙した。ちょっとショックだったのだと思いますわ。誰にでも平等に厳しいつもりでいらっしゃるので、わたしには甘いと言われるのが嫌なようです。
でも公爵家には男子しかいないから、彼らに比べて女であるわたしに甘いのは当たり前のことだと思うのですけど。
会話が途切れた隙をついて、ジャンとは別の執事が公爵に帽子とステッキを差し出した。
「お出掛けですの?」
エントランスにいるのだから外出するに決まっていますけど、一応尋ねてみた。
「ああ、帰りはちゃんと送ってもらえ」
「わかりましたわ」
あまり遅くならないつもりですし、距離も遠くないので、そんな必要はないのですけど、公爵が言うのなら従わなくてはいけません。
「いってらっしゃいませ、小父様」
背後で整列している使用人たちよりも一歩前に出て、扉が閉まるまで見送った。
するとそれまで張りつめていた空気がフッと軽くなる。大きく息を吐いている者までいた。でもこれは公爵家の使用人ではないわね。
わたしは同行してきたメイドを軽く睨んだ。
でも彼女にはわたしの非難の眼差しなど、どうというものではなくなったらしい。
「お嬢様、よく普通にお話できますね。わたし今にも叱責されそうで、息を止めてしまいましたわ。威圧感が凄まじい方ですね」
彼女がここまで緊張していたのは、もちろん身分差によるものが大きい。公爵家の当主ともなれば、他の貴族とは別格になる。そこに加えて本人の厳しい雰囲気が、より一層周囲を萎縮させてしまっていた。
でもわたしは説教はされても、怒られた記憶なんてほとんどない。そこまで恐がる理由などなかった。
「こんにちは、アイリーン嬢。オペラハウス以来ですね」
応接間に入ると、ハルトンさんが立ち上がって挨拶をした。
この間は気づきませんでしたけど、彼はそこそこ整った顔立ちをしています。貴族であれば、社交界で理想的な結婚相手のうちの一人として数えられるかもしれないくらいには。でも爵位よりも安定した生活がほしい女性には、貴族ではなくとも十分魅力的に見えるでしょうね。この方ご実家だけではなくて本人もかなりの資産家のようです。
「こんにちは、ハルトンさん。その後コレットとは会えまして?」
わたしが尋ねると、彼は表情を暗くした。
「あまり会えないんだ。子爵夫人が夜会以外の外出を許さないから。この前オペラ鑑賞に行けたのも、かなり運がよかったことなんだ」
そうですわね。子爵夫人からしたら、外出させればいつ結婚させたくない男と会うかわからないのですから。
「それについてアイリーンに協力してほしいんだが」
フィルがこっちに座れというように、自分の隣を指し示しながら言った。
「お茶会とかの口実をつけて、コレットを連れ出せばいいんですの?」
昼間の女性だけの集まりであるお茶会も、立派な社交です。たとえ大規模なものではなくとも、疎かにするわけにはいかないので、コレットを連れ出す口実としては最適ではないかしら。
「ああ、ブリジット嬢にも協力してもらえるか」
「ブリジットなら問題ありませんわ。きっと協力してくれます」
わたし一人では限界がありますしね。
「申し訳ない。感謝する。アイリーン嬢」
ハントンさんが本当に申し訳なさそうに言った。なんだかちょっと頼りなさそうに見えますわね。やり手の実業家ではないのかしら。
「元々その話をするために来たのですわ。手紙などもあればわたしがコレットに渡しますわよ」
コレットが連絡手段がどんどんなくなっていくと言っていたので、どうにかしたいと思ったのです。ハルトンさんがコレットの家に手紙を出しても、彼女の元まで届かない可能性が高いですけど、差出人がわたしでしたらそんなことにはなりませんから。
「ありがとう。とても助かる!」
かなり感激されてしまいましたわ。やっぱりあまりやり手には見えませんわね。仕事となると別なのかしら。
ハルトンさんは社交界に本格的に出入りして、地位を確立するための手段をフィルと話し合っていたようです。わたしも協力できるらしいですわ。
しばらく話をして、大まかな経緯を決める。それから仕事があるハルトンさんは帰って行きました。だいぶ表情が明るくなっていましたわね。
さて、ここからがわたしの本題です。
いえ、さっきのことが本題ではあるのですけど、わたし個人のこととしてのです。
昨日、なし崩し的にフィルに言えなかった文句をたっぷり言うつもりで、今日は来たのですよ。