6 何やっているのでしょう
短いです。
ブリジットやコレットと別れて、そろそろ帰ろうかとフィルを探す。
しかしなかなか見つからない。いつもこれくらいの時間には帰るようにしているのにおかしいと思っていれば、会場の片隅で女性と二人きりでいるのを発見した。
フィルはその場を離れたそうにしているけど、相手は彼の腕に手を当てて引き止めている。仕草に色気が醸し出されていますわ。あれは既婚女性ですわね。つまり愛人候補です。
何か腹が立ちますわ。
どうしてそんなに親しげに触れているんですの。
おかしなことに、今まで大して気にならなかったこの光景を見て、不快感とよくわからない焦燥感のような感情が湧き上がってくる。
放っておこうとか観察しようなどとは思えなくなっていた。むしろなんとかしなくてはいけないわ。
最近ではフィルが女性たちに囲まれることは、ほぼなくなっていたのに。
わたしはこっそりと二人の死角に入って近づいた。
別に彼女と喧嘩をするつもりはありません。そういうことをするのはもうやめました。
それに口で直接追い払わなくとも、もっと簡単に撃退する方法がありますもの。これまではどこか抵抗があったその方法を実践すればいいだけです。
「フィル!」
わたしはフィルの背後に回り込んで、彼が気づいて振り返るのと同時に、勢いよくその腕に抱きついた。
突然現れたわたしに、隣の女性は目を丸くしている。
「わたしを放っておいて、何をしていますの? ずっと探してたんですのよ」
なるべく可愛く拗ねているような声を出す。
「今日はわたし以外とダンスを踊らないと約束してくれましたでしょう? まさか誘ってなどいませんわよね」
眉尻を下げて、ちょっと不安そうな顔をしてみせた。
これくらいの演技なら、どうということもないですわ。このところ夜会に出るたびにからかわれていたので、羞恥心が振り切れたような気がします。
フィルは驚いているのか、僅かな間わたしをじっと見た。それから優しく微笑んで、わたしの頬に片手を添える。
「そんなわけないだろう、アイリーン」
わたしは心の中でホッと息を吐いた。
予想通りノってくれました。
ええ、予想通りです。
それなのになぜ、実際にされてしまうと、こうも恥ずかしくなるんですの。
「君との約束を破るわけがない。信頼してくれないなんて、愛情表現が足りないのか?」
近い! 顔が必要以上に近いです。そして甘い言葉が過剰すぎますわ!
顔が赤くなる。
自分から仕掛けておいて、しかも演技だとわかっているのに、馬鹿みたいに赤くなってしまった。
何をやっているのよ、わたしは。
「信頼していないわけではありませんのよ」
わたしは一歩引いて、フィルの手から逃れた。
視界の端で女性が大きくため息を吐きながら去っていくのが見える。
彼女が引き下がってくれたことよりも、もう演技をしなくてもいいことに安堵した。
でも、これで終わりではなかった。
「じゃあ、ヤキモチを妬いてくれたのか?」
フィルは笑いながらも、わたしの顔から視線を外さずに聞いてくる。
そうですわね。他にも人目があるかもしれませんもの。急に止めるわけにはいかないですわね。
でもだからって、やたらと羞恥心を煽るようなことを言わないでほしい。凝視もやめて。わざとなのかしら。
「それは・・・」
そうだと言ってしまったら、その後フィルがどんな反応を返すかわからなくて怖い。もうすでにわたしは限界なのに、フィルは少しも恥ずかしそうではないのだもの。
かと言って違うと答えるのもおかしかった。
どうしようかと逡巡するも、わたしの顔は赤いままだから、見ている人がいれば、きっとはっきり答えているようなものだと思われている。
結局黙ったままでいると、フィルは苦笑を洩らした。
「否定しないのなら、肯定なのだと思っておこう」
「────っ!」
フィルは一瞬で距離を詰めて、素早くわたしの頬にキスをした。
だから、だから、やり過ぎなんですのよ。
頬とはいえ、夜会ですることではないでしょう。
「では、帰ろうか、アイリーン」
いつまで続けるのかと思えば、フィルは何事もなかったかのように、あっさりと言った。
なんか卑怯ですわ。
でも今はとにかく帰りたい。この場から立ち去りたかったから、差し出された腕を掴んだ。
出口に向かうまでの間、わたしは居たたまれなくてずっと顔を俯かせていた。もしあのやりとりを見ていた人がいたら、またいつもの生温かい目で見送っているに違いない。
振り切れたと思っていた羞恥心には、まだまだ先がありましたわ。
屋敷を出て外の空気に触れる。
大勢の人の気配がなくなって、ようやくわたしは普段よりも力を込めてフィルの腕を掴んでいたことに気がついた。
緩めようとして、でもやっぱり一層きつく掴むことにする。
ついでに恨みがましい顔でフィルを見上げれば、気がついた彼が見下ろしてきた。
文句を言いたいけど、まだ一応、人の姿があるから目で語る。
するとフィルは微かに笑って立ち止まった。そしてなぜか空いているほうの手で、わたしの頭を優しく撫でた。
・・・何なんですの。