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4 作戦会議です

 コレットを家に招待した日、わたしは事情を話すために、ブリジットに早めに来てもらっていた。

 オペラハウスでたまたま知り合った人で、恋人との間に心配事があるようだったから、協力できることがあればしたいと思っている、という風に。

 その恋人が貴族ではないということはひとまず黙っておきましたわ。コレットは知られたくないかもしれませんしね。

「わたしでは上手く聞き出せないでしょうから、ブリジット、お願いしますわ」

「それは構わないけど、わたしだって聞き上手なわけではないわよ」

 わたしが丸投げしたせいか、ブリジットは不安そうな顔をする。

「でもお節介ですわよね」

「・・・それ褒めてるの? 貶してるの?」

「もちろん褒めてるわ」

 真剣に言ったというのに、なぜか疑わしそうな目で見られましたわ。

「まあ、いいわ・・・。でも、アイリーン。あなた人の恋愛を気にかけている場合ではないでしょう。フィリップ様との間に何かちょっとでも変化はないの?」

「今更どんな変化があると言うんですの。何もないわよ」

「はぁーっ」

 盛大なため息を吐かれましたわ。嫌味かと思えるくらいの。

 これって考えろと言われたことと関係があるからかしら。すごく呆れられているような気がしますわ。

 オペラハウスからの帰りに、久しぶりに喧嘩をしたことを言ってみようかしら。

 いえ、やめましょう。余計に馬鹿にされそうな気がしますわ。だいたいあんなの喧嘩のうちに入りませんし。翌日にはお互い普段通り元に戻っていましたしね。



 コレットが到着したようなので、応接間まで来てもらい、ブリジットと二人で出迎えた。

 昼間見る彼女は年上らしい落ち着きを持ちながらも、純朴そうな雰囲気を纏っている。飾り気のない服装のせいもあるかもしれませんが。

「お久しぶりね。コレットさん。あなたとお茶会ができるなんて嬉しいですわ」

 ブリジットは去年の夜会で少し話をしたというコレットに微笑みかけた。

「コレットで結構ですわ。わたしもお茶会なんて久しぶりで嬉しいわ。招待してくださって、ありがとう」

 コレットに椅子を勧めると、メイドに紅茶とお菓子を用意してもらう。

「そういえば今年は夜会でも見かけなかったわね。どうかなさったの?」

 ブリジットは首を傾げて、心配そうな顔をする。

 わたしも夜会やお茶会でもコレットの姿を見たことがないような気がしますわ。貴族令嬢の顔を全員覚えているわけではないですから、あやふやですけど。

「実は父が流行病に罹ってしまって・・・一応完治はしたのですけれど」

「まあ、そうでしたの・・・。治られてよかったわ」

 純粋に喜ぶブリジットに対して、コレットの様子は浮かない。

「実はよかったとも言えないの。高熱が何日も続いたせいで、脳に後遺症ができてしまって・・・。だから、もう病気は結構前に治っていたのですけど、まだ領地で療養中ということになっているの」

「それは・・・大変でしたのね」

 仮病を使い続けなくてはいけないということは、軽い症状ではなさそうですわね。あまり突っ込んだことは聞けませんけど。

「では流行病ではなくて、別の病気で療養中ということになってますのね」

 わたしが確認すると、コレットは頷いた。

「ええ、だから内緒にしておいてほしいの」

 ブリジットと同時に、もちろんだと答える。

「でもお父様が社交界に出られないのなら、あなたとお母様が出なくてはいけないのよね。それに結婚も急かされているのではないの?」

 爵位は彼女の父親が持ち続けるのでしょうけど、今後どうなるかわからないから、コレットにはちゃんとした庇護者がいたほうがいい。

 それを指摘すると、コレットはあからさまに落ち込んだ。

「それなのよ・・・。お母様は早く貴族の次男か三男を婿に迎えなくてはいけないと言うの。わたしの家は女系相続なら可能だから」

「もしかしてコレットって兄弟がいないの?」

「ええ、うちはわたしだけなの・・・」

 それは思っていたよりも複雑だわ。

 女系相続が可能ということは、コレットに爵位は継げないけれど、コレットの息子なら相続権を持っているということになる。

「恋人がいるのよね? その人と結婚してはいけないの?」

 ブリジットが恐る恐る聞いた。

「デリックは貴族ではないの。おまけにお金持ちの実業家で、うちは貧乏貴族なのよ」

 答えながらコレットはますます落ち込んでいく。

「あぁー。爵位目当てだと思われたわけですわね」

 納得しましたわ。そんな状況ではそう断定されても無理はありません。

 コレットと結婚した場合、夫は子爵にはなれませんけど、彼女の父親が亡くなった時に、息子がまだ子供だったなら、後見人として夫は便宜上、子爵を名乗る権利を持つのです。正式な子爵は息子なのですけど。

 もし息子が大人になっていたとしても、子爵の父親にはなれますし、どの道貴族界でのコネが手に入るだけでも儲けものです。

 男女逆である場合が多いですけど、実業家が子供にそういった結婚をさせて、コネを手に入れて、更にのし上がっていくということは、ままあることですわ。

「でもコレットは彼のことを爵位目当てではないと信じているのね?」

 ブリジットがまた恐る恐る尋ねた。まあ、話だけ聞けば、やっぱり爵位目当てなのではないかと思いますわよね。

「当たり前だわ。だいたいデリックは貴族があまり好きではないのよ。貴族と縁続きになんかならなくても、仕事で成功してやるという信念を持っていたの。だからわたしが貴族だとわかった時は、急によそよそしくなってしまったのよ」

 コレットは必死になって訴え出した。

「でもわたしのためにその信念を曲げることを決めてくれたの。成り上がりだって馬鹿にされる社交界で生きていくって決めてくれたのよ。それに彼は父の病気のことでもとても親身になってくれたし、わたしが沈んでいると、いろんな所に連れて行ってくれるし、それに社交界のことも、自分よりわたしが悪く言われるのではないかと心配してくれているし・・・」

「わかった。わかったわ、コレット!」

 暴走気味のコレットをブリジットは慌てて止めた。

「そうね。いい人だと思うわ。爵位目当ての性格の悪い男には、そこまで優しく気を使うことなんてできないわよ」

 ブリジットが納得したことを告げると、コレットは泣きそうな顔で安堵した。今までどれだけ疑われたのか、その顔を見ただけでわかるというものだわ。

「アイリーンも信じてくれる?」

 縋るような目を向けられる。

「元から疑ってませんわよ。フィルがそんな人間ではないと言ってましたもの」

 昨日ちゃんとフィルにハルトンさんがどういう人なのか聞いていましたもの。コレットが騙されている可能性も、一応は考えていましたから。

 でもフィルがそれはないと断言していましたから、わたしも信じますわよ。

「ありがとう、二人とも」

 コレットはふわりと表情を緩めた。笑うと少し幼く見えますのね。

「でもハルトンさんって貴族嫌いでしたのね。フィルとは友達のようですけど」

「貴族の中では唯一の友人だと言っていたわ。貴族全体に偏見を持っているわけではないのよ」

 貴族嫌いの人の、唯一の貴族の友人が公爵家の嫡男だなんて、突き抜けていますわね。まあ、フィルは公爵家の人間っぽくありませんけど。フィルを見ていると、たまに公爵って何でしたっけという気分になりますわ。

 まあ、今はそんなことはどうでもいいのですけど。

「では、やっぱり子爵夫人が結婚に反対していることが問題ですのね」

「そうなの。お母様はデリックが貴族ではないことが、とにかく気に入らないのよ。会ってさえくれないわ」

 会えないのなら、認めさせることもできませんわね。

「ハルトンさんを夜会に招待して、そこで引き合わたらいいのではないかしら」

 提案してみると、コレットは期待のこもった眼差しを向けてきた。

「招待してくれるの?」  

「わたしの家では近々夜会を開催する予定はありませんけど、フィルに頼めば何とでもなりますわ」

「じゃあ・・・」

「ちょっと待って、二人とも!」

 わたしとコレットが話を決めようとしたところで、ブリジットが待ったをかけた。

「それはやめておいた方がいいわ。心象が悪い状態のままで会っても、頭の固い人には意味がないわよ。それよりもハルトンさんの印象を少しでもよくするのが先じゃないかしら」

 もっともな言葉にはっとする。

「それはそうですわね」

 子爵夫人はとんでもなく頭が固そうでしたわ。

「でもわたしがいくら説得しても、お母様は全く考えを変えてくれなかったわ」

 コレットはもどかしそうに言う。

「騙されていると思われている人が、一人で説得するからよ。他人の意見が加わったら、また変わってくるかもしれないわ」

「そうですわ! わたしとブリジットがまず、説得に加わりましょうよ」

 子爵夫人がどれだけ反対しているかも確認したいですしね。今後の対策はその後にすればいいですわ。

「そうね・・・。ありがとう」

 コレットは少し肩の力が抜けたように言った。

 味方ができたことに安心したのかしら。彼女の目には涙が溜まっていた。

「あのね・・・わたしもう、彼以外の人との結婚なんて考えられないの。だってすごく好きで・・・彼もわたしのことを好きだって言ってくれるのよ。こんなに嬉しいことはないって思ったわ」

 とても綺麗な顔でコレットは笑った。幸せそうで、少しだけ悲しそう。

「こんな気持ちを知ってしまったのに、他の人と結婚なんてできるわけがないわ。だからもしお母様が許してくれなかったとしても、それでもデリックと結婚するの」

 それは駆け落ちしてでもということかしら。

 本当にハルトンさんのことが好きなのね。

 こんなに誰かを想っている人に、わたしは初めて会ったかもしれない。

 でもそんなコレットを見ても、わたしは羨ましいだとか素敵だとか、そんな感情は抱かずに、ただなぜか━━無性にフィルに会いたくなった。 

 



 

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